四十六話 アユム・レイエル・ナカハラ
時間は少し巻き戻る。
涼風の季節も終わりを迎える頃、アタシとゆりなはレティに連れられて、屋敷の裏の林の中にいた。
どうして、連れてこられたのか理由は分からない。
気まぐれかなって思ったが、自分も勉強教えているのだからないかと頭を振る。
「ねぇ、レティ、一体どこまで行くの?」
「誰にも被害が出ないところまでかしらね」
そう言って、それから体感で十分ぐらい歩いたところでレティが立ち止まった。
「ここならいいわね」
何がいいのかさっぱり分からない。
「これから二人の神様からの授かりものを確認するわ」
微笑みをこちらに向けてくるが、思わず苦い顔をしてしまった。
ゆりなはその神様からの授かりものについて、分かっているようだけどアタシにはさっぱりだ。
レティはアタシたちには当然の技能みたいな感じで言っているけど、それが当たり前じゃない子もいるのだ。
「アタシ、それ使えないから城から追い出されたんだけど……」
「それはあなたの相手をしていた人たちが無能だったってことよ」
レティって結構切れ味のいい言葉を使う。
城に住んでいる人たちに恨みでもあるのだろうか。
「ここ百年じゃないわね、五十年近くで呼び出す回数も増えてるのに、それも分からないなんてアユム以外無能が多いって証拠よ」
アユム。
どこかで聞いたことがある。
ゆりなもフルネームというよりも、苗字まで聞いてなんとなく聞いたことのある名前だと思って、引っかかっている。
「ねぇ、ゆりな、アユムって知ってる?」
「知ってるも何も、私の舌とあんたの目をくりぬいた本人じゃない」
「あってるけど、そうじゃなくて! ほら、日本でニュースになってなかったかなって」
「日本でって、アユムなんて珍しい名前じゃない……」
発言の途中でゆりなが考え出してしまった。
私で記憶のどこかで引っ掛かりを覚えてるのなら、昔何かで見たかもしれない。
そして、私よりも前に生きていたゆりなならもっと詳しく覚えてるかもって期待だったが、案外期待通りの結果になりそう。
「レティシア、アユムのフルネームは?」
「アユム・レイエル・ナカハラよ」
レティが口を挟んでこないから珍しいと思ったが、身を乗り出して聞きたそうにしていて、表情からもそれを隠していない。
「ナカハラ……中原? 中原」
ゆりなの頭の中で誰かとつながったみたいな感じがする。
「中原歩夢。失踪した女子高生で天才ピアニストってテレビでやってた子だ」
「あ、知ってる! それ!」
思い出した。
ニュースで見たことあるし、未解決事件的なものでもよく取り上げられてる。
あれ、未解決事件って確か、他にも……
「私と同年代で、コンテストだっけ、なんかいろいろと優秀賞とかとってて、テレビでよく見た子。それで大事なコンテストだったかな、当日控室から急に消えたって、もうそれからずっと取り上げられてた」
「ピアニストって?」
「ピアノの奏者って、ピアノが分かんないか……楽器の奏者で、私の世代だと特に有名だったと思う」
「楽器の奏者……知らなかったわね」
そう言う顔には知らなくて寂しいではなく、どうやってこれをネタにからかってやろうかというような悪い笑みを浮かべている。
「あれ、けどおかしくない?」
「え、何が?」
「あんたが最初に疑問に思いなさいよ」
そうは言われても何を疑問に思うのかも分からないのに、言われるのは理不尽でしかない。
どこがおかしいんだろう。
アタシが考え込むのを見て、ゆりなが呆れたため息を吐いた。
「私がここに来たのは……多分、一年前ぐらい? 外に出してもらえなかったし、景色も碌に見えなかったから分からないけど、それぐらいだと思う。けど、歩夢はもっと前からいるみたい。いくら何でも長生きしすぎじゃない?」
「あーじゃあ、歩夢の神様からの授かりものが長生きとか」
「その可能性もあるけど、神造兵装で伸ばしていたと私は思うわ」
「何でもありね、そのなんとかって」
「神の御業を人が使える物に落とし込んだ奇跡の産物、そう言う人がいるぐらいだけど、正しくそれぐらいの力があるのだから、馬鹿には出来ないわ」
アタシの目もそれなんだけど、と思わず間に入りたくなった。
この目のおかげで、見えているから不満を言いたくないのだけど。
さっき思い出して、また忘れかけていたことがあったんだ。
「ゆりなもそうじゃん。思い出したよ、神隠し事件」
「何それ?」
ゆりなが胡散臭そうに私を見てきた。
それもそうだろう。
神隠しに近いことには巻き込まれていたが、事件に巻き込まれたわけではない。
だけど、私の時代では呼ばれていた。
「その歩夢って人が失踪してから、ちょっと経ってたと思うけど、また同じようなことが起きたから未解決事件みたいなので、不思議がられてたよ」
ネットのまとめサイトで未解決事件では、よくこの神隠し事件があげられていた。
私も不思議だなって思ってみてるだけの一人だと思ったら、自分も巻き込まれた。
日本だと私も神隠し事件の被害者ってことになってるのかな。
「歩夢って人も知名度だと有名だけど、ゆりなの方は規模が規模だったからもっと話題になってたんだけど、だって――」
「ごめん、もう一回言って」
「え、どこを?」
首を傾げて、ゆりなに問う。
レティもなんだかさっきのいたずらっ子みたいな笑みが消えてしまっているが、何かまずいこと言ったのかな。
「私の方がなんだって?」
「だから、規模が」
言葉が詰まった。
そうだ。
一人じゃない。
他にも巻き込まれた人がいる。
バカだ。
なんでアタシは考えなしで言っちゃうんだろう。
ゆりなに馬鹿って言われても仕方ないことだ。
「何人?」
「えっと……ゆりな含めてだから、女性二人と男性四人だったかな……」
「そう……」
重たい雰囲気にしてしまった。
ゆりなは俯いている。
きっと他の人たちのことを考えているのだろう。
「大事な人がいたのかしら?」
ちょっと! と思わず言いそうになった。
なんで、こういう時に空気を読んでくれないの。
「彼氏と親友」
「え、ゆりな彼氏いたんだ」
「いたら悪いわけ?」
「そ、そういうんじゃないけど」
全然いた雰囲気もなかったから、意外過ぎた。
アタシ日本にいた時、彼氏いなかったから敗北感がある。
そして、それをゆりなに突っ込まれたくないからそれ以上そのことを話すのはやめておいた。
「ねぇ、レティシア」
「私は知らないわ。同じタイミングで日本で巻き込まれても、こっちの世界の技術はこの百年劇的に進化してるわけではないから、不完全で使いこなせてない神造兵装のせいでバラバラな時間で召喚されたかもしれないわね」
アタシたちの幸運はレティに出会えたことだが、他の人たちはそうはならなかったのかな。
「いるとしたら、帝国、王国の召喚された人たちを収容している施設があるみたいだから、そこになるでしょうね」
「そう、じゃあ、やっぱり、最低でも神様からの授かりものを使えないとダメみたいね」
「ええ、そこが最低ラインよ」
ゆりなはやる気スイッチが入ったようで燃えている。
希望があるから余計にやる気になっているのだろう。
けど、アタシはモチベーションが上がらない。
燃えてるゆりなとやる気のレティから離れるように一歩下がったところで、レティがこちらを向いた。
「マサキ、あなたからよ」
「え、アタシ? てか、だからさ、アタシはさ、そのないんだって、そういうの」
「いいえ、あるし、ちゃんとやり方は考えてあるわ」
その言葉を聞いて、多分アタシはレティにキラキラした目をして見ていたに違いない。
それぐらい、その言葉が嬉しかった。
「マサキ、あなたに一度死んでもらうわ」




