四十一話 見える世界
包帯で目を隠されながら廊下を歩いている。
けど、誰かの補助は必要としてない。
見えている。
廊下の長さ、幅、前を歩く人。
全部見えている。
自分がこんなへんてこな体になったというのが、一番驚いているんだけど。
やっぱりレティに埋められた目が原因なんだろうな。
けど、これがないとアタシ目見えないし、文句も言えない。
前を歩く人、アンナさんが止まったので私も止まる。
そして、扉を開けたので、一緒に中に入った。
小さな子の姿が見えた。
これがレティなのか。
ほぼシルエットみたいで、色味とかは分からないけど。
「アンナの助けなくて、ほぼ一人で歩いてくるなんて、どうやって見えてるのかしらね」
レティはアタシの現状が分かっているらしい。
「けど、白黒? みたいな感じでちゃんと見えてるわけってわけじゃないし」
ソファを勧められて座ると、隣にはゆりなが座っていた。
初めて見るこの世界で出会った日本人。
同じ場所で過ごし耐えてきた仲間。
「ゆりなの姿、見える。見えるよー!」
そう言って抱き着くと、くぐもった声が聞こえた。
まだ口は閉ざされたまま。
「マサキ、ユリナが苦しそうだからやめてあげたら?」
「あ、ごめんごめん。もう嬉しくってつい」
ようやく見えることが出来た。
それにまだちゃんと見えたわけじゃない。
「マリア、ユリナの口の外してあげなさい」
「はい、お嬢様」
マリアさんがユリナの口についている物を外している様子はわかるけど、どんなものを付けているのか詳しい形状は分からない。
重なるとシルエットが全然分からないから。
そうして、外し終わったのだろう。
マリアさんが離れる。
「どうかしら、ユリナ」
アタシまで緊張する。
アタシはもう見えているのが分かっているからいいものを、ユリナのことは知らない。
だから、しゃべれるようになっていて欲しいし、上手くいっていて欲しい。
「……あ」
小さな漏れるような声が部屋の中に響いた。
「喋れ」
「やったー! やったよ! よかったよ、ゆりなー!」
思いっきり抱き着いてしまった。
けど、しょうがない。
嬉しいんだもん。
舌切られて、それが治るとか奇跡だし。
そんな奇跡起きてるから、信じられないから信じたくて、その存在を確かめたくてやってしまった。
「い、痛いから、離して」
「いいじゃん、いいじゃん! もっと喜んでよ! てか、アタシが嬉しいし、無理だけど!」
「嬉しいけど、恥ずかしいから」
ゆりなの声はちょっとだけ低めだけど、今はその音が嬉しい。
「マサキ、ユリナも困ってるわよ、離してあげなさい。それにあなたもその包帯を取らないといけないのよ」
「あ、そっか」
レティに言われて、身を離すとアンナさんが近づいてきた。
そして、包帯を取ることになるわけだが、何となしに目を閉じてしまった。
ちょっとだけ怖かったのもある。
実はこの色がこれからの世界かも知れないと思ってしまっていた。
白黒で、一応輪郭とかは分かるけど、詳しくは分からない。
どんな顔をしているのかとか、どんな表情をしているのかとか分からない。
目を覆っていた包帯が取り除かれた。
「目を開けても大丈夫よ、マサキ」
「う、うん」
そうして、レティに言われるがままゆっくりと目を開ける。
世界に色がある。
白黒ではない。
目の前にはレティが座っていた。
銀髪で赤い瞳の可愛くて、綺麗な女の子だった。
「見えている?」
「……うん、見えてる」
レティは満足そうに目を伏せて、口元に笑みを浮かべていた。
周りを見れば、アンナさん、マリアさんが視界に入り、そしてゆりなと目が合った。
黒い髪に小さな顔、黒い瞳に小さな体。
アタシよりも幼い姿。
「え、ゆりなってアタシよりも年下だったの!?」
「分かるでしょ、最初にあった時から抱き着いていたりしたから」
「いやいや、分かんないし! 手も手錠? みたいなので繋がられててちゃんと動かせなかったし、そんなベタベタ触れなかったじゃん」
ゆりなが遠くを見るように目を逸らす。
「そうだったような気がしてきた」
「ね、ね、それよりもゆりなってどんな字を書くの!」
「あら、それは私も知りたいわ」
そう言ってレティがアンナさんを見ると、アンナさんが紙と黒い液体の入ったガラスの容器に、鉄の尖った先が取り付けられた棒を用意した。
「何それ?」
「ペンとインクだけど?」
インクはいいけど、ペン。
この鉄の棒がペン。
「ボールペンとかじゃないの?!」
「何かしら、それ」
「あるわけないでしょ、バカ」
隣からは鋭いツッコミが入る。
もしかして、ゆりなはしゃべれない時でもアタシのことをずっとそう思っていたのでは、とか思ってしまった。
レティがペンの使い方を教えてくれたが、習字の筆みたいに使うのかと納得。
じゃあ、というわけで先に私が紙に書いてみる。
関口真咲。
久しぶりに紙に書くから緊張しちゃった。
アタシが名前を書くと、レティは興味津々という風に身を乗り出して、文字を眺める。
そんなにアタシの名前って珍しかったりするのかな。
「これが漢字?」
「え、そっち? あ、うん、そうだよ」
レティがノートに紙に書いた名前を何度も見ながら、真似して書き込んでいる。
なんでだろうと疑問が湧く。
「どこからどこで、セキグチなのかしら? マサキの方もどこで分けられてるの?」
「えっとね、それは――」
ふりがなをその上に書いていく。
「その文字は?」
「え、平仮名だけど」
「漢字知らないのに、平仮名も知るわけないでしょ」
「あ、そっか!」
ゆりなに言われてから気が付いた。
いつも通り過ぎて忘れていた。
「二ホン人ってすごいのね。二つの言葉を使い分けてる。他にも使えるの?」
「英語も少々」
えへへと笑って誤魔化す。
高校で習う程度ならぎりぎり使える程度で、日常とかは無理だけど。高校も怪しいからやっぱり中学程度にしておこうかな。
「ユリナはどう書くの?」
アタシがペンを渡すと、ペン先をインクに漬けて書き始めた。
斎藤ゆりな。
ようやく知れた。
「ユリナは漢字とひらがなが混じってるのね」
レティの興味を引くのが全く分からないけど、すごい食いつきっぷり。
そんなに珍しいものなのかな。
よく分からない。
「さて、それじゃあ、二人はこれからどうする? この村で過ごす? それとも、他にしたいことがあるのかしら?」
考える。
特にここでしたいことはない。
けど、村で過ごすというのもなんか違う気がする。
アタシにはアタシの生活があった。
そう、ここではない日本での生活がある。
「アタシは日本に帰りたいかなー」
「そう、帰ることは出来るわよ」
「マ?!」
「マ」
思い付きで言ったけど、良かった。
帰れるんだ。
ここにはあまりいい思い出がないけど、この屋敷で過ごした数十日はそれまでと比べてもいい日々だった。
アンナさんやマリアさんとも話して楽しかった。
ちょっとだけ離れるのが寂しいけれど、それでも日本には帰りたい。
「ただし、マサキ。あなたが望んだときに戻るのは不可能よ」




