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美少女吸血鬼の領地経営  作者: ベニカ
来訪者編
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四十話 書類と勇者

 王城の中を歩いていく。

 何十、何百年と過ごしてきた王城の中はもう庭でしかない。

 王城の中であれば知らない場所はない、というよりも王族の秘密の逃げ道も、咄嗟の秘密の小部屋等も私が関わって作ったため、私の知らない場所はなし。

 オウリン陛下の執務室を開けて中に入る。

 陛下はまだ若い。

 短く切り揃えられた金髪に、綺麗な青い瞳は空のよう。武人として鍛えられた肉体に大きな体は戦いになれば、目立ち、兵たちの士気を上げる。


「陛下、報告書です」

「あぁ、そこに置いておいてくれ」


 そこ、と呼ばれた机の隅に置いておく。

 陛下の補佐もしているが、目を通す書類は多い。

 陛下が書類に走らせる筆の手を止めて、こちらを見てきていた。


「お前に陛下と言われるのはいつまでも慣れないものだ。私が生まれた時からいるし、ずっと補佐をしてくれていたんだ。もっと砕けた言葉でいいといったろ?」

「そう言うわけにもいきません。どこで誰が聞いてるか分かりませんから」

「そうならない仕掛けをしてくれたのもお前じゃないか」

「そうですが……はぁ、陛下も分かっているでしょう。このところ帝国のネズミが活発になっていると報告したばかりですが」


 このところ帝国の工作員が城内に入り込んでいる事がある。

 研究者に混じったり、商人に混じったり様々だ。

 どういうルートで来ているのか辿ってみているが、まだ詳細は不明。

 ただ、カーディルみたいに小遣いをチラつかせて潜り込んでいる可能性も出てきたため、また洗い出し始めているところである。


「お前が対処してくれているのは知っている」

「それが私の仕事ですから」


 陛下がまだ手を付けていない書類に手を伸ばす。

 陛下の時間も有限だ。

 書類を確認して、整理を開始した。


「私の代で終わりなのだな」

「ええ、けど、終わりではありません」

「そうだな……」


 寂しそうな陛下の声に、少しばかり心が痛むがもう時計の針は止まらない。

 私の体ももう終わりに向けて歩んでいる。


「それでお前の計画は順調なのか?」

「ええ……あの吸血鬼が予想外の行動をしなければ概ね」

「首輪をつけているのだろう?」

「首輪は付けてますが、あれが本気を出せばいつでも外せるでしょうが」


 それでもあの吸血鬼は外そうとしない。

 あくまで敵対はしないという意思表示だけかもしれないが。


「不安しかないな」

「ええ、けど、それも織り込み済みです。そのために生きてきたのですから」


 新しい命。

 私が紡ぐ命。

 愛した人ととの結晶。

 そして、私の希望だ。

 私の計画の要でもある。

 ごめんなさい。

 生まれてくる子に謝る機会があれば、謝りたい気分にはなるが俯いていられない。

 もう途中では終われないんだ。

 私の小さい願いと大きな復讐と死の旅は終わりに向けて進んでいる。


 ▼


「アンナ」


 屋敷から出て行こうとするアンナに声をかける。

 また村の人たちの手伝いに行くところなのだろう。

 アンナ自身は人間を見下していない。

 ただ、嫌な思いをしたから、好きにもなれない。

 それぐらいの位置だと私は思っている。


「何でしょうか、レティシア様」

「アユムから手紙は届いたわ」


 アンナが首を傾げた。

 なぜ、という風に思うのも当然だ。

 彼女とアユムに接点はない。


「私宛、でしょうか?」

「違うわ。あなたに伝えるべき内容が書かれていたのよ」


 きっと向こうはもっと早く知っていたはずなのに、今になって伝えてくるなんて、私の主は怠慢ね。


「勇者よ。新しい勇者が選ばれたそうよ」

「……そうですか。新しい……勇者」


 アンナが目を伏せる。

 何かに思いを寄せているのか、考え込んでいるのかは分からない。


「最後に選ばれたのが五百年前だったかしら?」

「ええ、そうですね」


 魔王を倒して、いなくなった勇者。

 それから長らく選ばれなかった勇者。

 それが今になって出てきたわけだ。


「本当にこの世界の神様は怠惰なのか勤勉なのか分からないわね」

「ええ、本当に」


 そう言うと、アンナは屋敷を出て行った。

 私はその背中を見送る。

 この世界の神様は、怠惰だ。

 今まで勇者の存在は語り繋がれるだけの架空の存在だったのに、急に選び出してくるから。

 そして、無駄に勤勉だ。

 召喚される異世界人に毎度しっかりと授かりものを与えるし、こちらに馴染めるようにケアしてくれている。

 それがどんな影響をこの世界に与えるのか分かっているはずなのに、止めようとしない。

 私の手で殺せるものなら殺してしまいたい。

 私の手が届かないのがもどかしい。

 アンナが出て行った扉を見つめる。

 勇者、か。

 私が語るべきか、アンナにやらせるべきか悩む問題だ。


「お嬢様?」


 階段から降りてきたマリアが首を傾げた。

 扉を見つめたまま動かない私に疑問を持ったのだろう。

 マリアはきっとマサキたちの世話をしてきた後だろうか。


「マサキたちの様子はどう?」

「二人とも順調に回復してます。ユリナの方は色々な調味料を舌に落として反応を見ましたが機能しているようです。だけど、マサキの方は……ちょっと、私では判断出来ません」


 マリアが言い淀むというのは珍しい。


「どういう事かしら?」

「不思議なことを言います。包帯をしているはずなのですが、見えている、と。そこにいるのは何? という風に聞いてきますね」


 何だろう。

 神造兵装の目が関係しているのは明確なのだが、何が見えているのか気になる。


「ふふ、そろそろ良い頃合いね。明日、二人の包帯を外してみましょう」

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