四話 我が領地
「魔族……が何故……? 国王様は、知って――」
「もちろん、知ってるわよ。アユム・レイエル・ナカハラという名前は知っているかしら?」
「え、ええ……」
「そのアユムに従属する形になっているから。そのアユムが国王に提案して、私がここに来たのよ」
目の前の男は開いた口が塞がらないのか、何度もパクパクと口が動いている。
人間が魔族に支配される、そんな事を夢にも思ってなかっただろう。
それもそうだ。
人間界で魔族が生息しているなんて誰も考えるわけがない。アユムを除いては。
魔族と人間の大きな戦いがあったとされるのは五百年前。
それ以前には魔族でも人間界に住んでいる者はいたが、その戦いが起こってしばらくした後、魔族は人間界から姿を消したと言われている。
友好的とはいえ、魔族は魔族。排斥されたとしてもおかしくはない。
今の時代は分からないけど、戦いの後の魔族は嫌悪されていたが、それが徐々に畏れに変わった。
人々は、古書に、詩に、口伝として、私たち魔族の恐れを伝えていったが徐々に風化していく。
大戦を経験していない人が増えれば、魔族の畏れは消えていってしまう。魔族の姿も消えていたから余計に人々の記憶から抜けてしまっていたはず。
私たちも無駄に魔族であることを喧伝していないから、忘れ去られてもおかしくない。
どうしても明かさないといけなかった一部の人にも釘を刺してあるから、口伝で広がることもなかったはず。
「魔族が支配する土地なんて嫌かしら? 嫌なら出て行ってもらってもいいわよ?」
目の前の男は何も答えない。
手を握り締めて、強く口を閉ざしているだけだ。
「出て行くにしても、村のみんなに伝えてから出て行ってくれると嬉しいわ。その方が手間が省けるもの」
そう伝えて、私たちは背を向けて、私の屋敷になるはずの建物の方に向かって歩き出した。
「お嬢様、あれではこの村を去って行くのでは?」
そう聞いてきたのは、マリアだった。
「アンナはどう思う?」
「去らないでしょう」
アンナはさすがに分かっている。
マリアは人間の事情には疎い。あまり人間に関わっていなかったのもあるし、本人が人間のことをあまり好いていないというのもあるだろうが。
だが、こうして生活していく上でこれからは関係を増やしていかないといけないだから、これからは少しずつ慣らしていかないといけない。
「どうして? 違う場所で生活を始めたらいいのに?」
「私たちのように誰もが身軽じゃないんだよ、マリア。彼らはここを去るのであれば、次に生活するところを見つけないといけない」
「来るときに寄った町にでも行けばいい」
「そこで生活するにしても、お金がかかる。仕事を見つけて、食べるものを手に入れて、住むところを見つけ、全部にお金がかかる。ここにいる人たちはそんなお金を持ってるわけでもないからね。それが出来ないんだ」
マリアは首を捻って疑問に思っているようだ。
私たちの旅でお金に困ったことは一度もない。
私たちの旅はお金を使わないと思えば、いくらでも節約できてしまう。
人間のように食事の必要もない。住むところに悩むことはない。働く必要もない。
必要なお金は、世界を旅した中で手に入れることが出来る。
手段は何でもあり。
そんな生活をしていたから、仕方がないことではあるのだけど。
そういう苦労も主人である私がさせておくべきだったかと思うが、私自身あまり苦労をしたくない身であるのでやっぱりなしで。
「なら、山にでも住めばいいんじゃない?」
「山には獣や、運が悪かったら魔物に合うだろ。私達ぐらい力があって力を振るう経験があるなら、問題ないけど一度もそう言う事をしたことない人たちには無理だ」
「去らない理由は分かった。人間たちが弱いからだな」
アンナは頭を抱えて、ガレオンが喉を鳴らして笑った。
間違ってはいない。
人間は私たちに比べて、圧倒的に劣っている。
それに好んで争いを起こそうとはしない。私たちに比べてだけど。
「くく、どうしたらそうなるんだよ」
「筋肉頭、笑うなら分かったってこと?」
「ったり前だ」
「言ってみなさいよ」
「人間たちは金もないし、弱いからここにいるってことだ」
「マリアが言ったことと同じですな」
「やっぱり筋肉頭じゃない」
四人の会話を背中に聞きながら、歩みを進める。
あの男がどうしようが私としてはどうでもいい。
全員連れて行ったとしても、そうしたらそうしたで私たちは好きに生活をするだけ。
ただ、そうじゃない場合は、しっかりとしてあげよう。
そうしている間に目的地に着いた。
着いたと思う、がこの場合は正しいかもしれない。
誰もが目の前の光景に言葉を失っていた。
「……ここか?」
「ええ、そうね。そのはずよ」
「家……には見えませんね」
「そうね」
そこにはまだ家は立っておらず、家の基礎がむき出しの状態で終わっていた。
これが完成形なのか。
いや、違うだろう。
どう見てもここから、まだ家が建つはずなのだが立っていない。
「これであってんのか?」
ガレオンが聞いてくるが、何もかも間違っているはず。
それに村人の中にこのようなことが出来そうな人物を見当たらなかった。
「行けば、完成してるからって言われたから来たのだけど」
そのせいで城下に一季節足止めされていたのだ。
その時のお金はアユムに払わせていたから、私の懐は痛まなかったからいいのだけど、それにしてもこれはどういうことだろうか。
「さすがにここで寝るわけにはいきませんな」
「……そうね」
久しぶりに布団でゆったりと寝れると思っていたのに、これではそう言うわけにもいかない。
というか、私たちの寝泊まりする場所もない。
「領主なのに、野宿とはなぁ、くく」
ガレオンが笑うが、それしか手はないので今日はみんなで仲良く野宿することが決定したのだった。




