三十七話 診断
「ねぇ、あなたたち、二ホン人かしら?」
「え、もしかして、日本人なの?!」
包帯をしている子は本当に見えないのだろう。
口を利けない子が抱き着いたまま首を横に振る。
それを感じたらしい。
この二人のコミュニケーションの取り方も面白い。
「違うの? え、何で知ってるの?」
「それは私が探していたからよ」
ずっと探していた。
いや、居場所は分かっているのだけど、どうしても王都や帝国にいる以外の日本人が欲しかった。
王都にいるのはどうしてもアユムや王城にいる人間の息がかかっているし、帝国はちょっと誘拐するには難がある。
それがこうして手に入った。
「あれ、アタシたち初めましてだよね?」
「ええ、もちろんよ。あなたも私の名前なんて聞いたことがないでしょ?」
「あ、うん、全然初見」
首を傾げて、キョトンとしている。
「それで私の名前は覚えてる?」
「あーっとね……えっとね………………あ、うん、そうそう! レティシア! うん、レティシア! は覚えてる」
顔を逸らしてどこに顔を動かしていたけど、元気に答えるけど、口がきけない子が教えていたのは見えている。
「ねね、レティでもいい? そっちの方が可愛いし」
言葉に詰まった。
千年生きてきた中で私をそう呼んだ人は家族しかいない。
従者たちはもちろんそんな風に呼んでいない。
それに可愛い。
ガレオンみたいに喉を鳴らして笑ってしまう。
アンナが私を意外そうな目で見てくるが、私だってそんな風に言われたのが意外だったんだから、いいじゃない。
「良いわよ、特別にね。それであなたたちの名前は?」
「アタシ? アタシは関口真咲で、こっちはさいとうゆりなってアタシ今、目が見えないからゆりなの漢字は分からないし、書けないからごめん」
カンジというのが二ホン人が使う言語みたいだけど、書かれても分からないんだけどマサキは気が付いていないんだろうな。
ユリナの方は口がきけないからマサキの言う事に口を挟めないで不満そうな目をしているのだが、残念ながらマサキには見えていない。
しかし、二人とも不便そうではある。
「ねぇ、ユリナ、口の中見せてもらってもいいかしら?」
ユリナが頷いて、口を開いてくれた。
「ありがとう、ユリナ」
ユリナの顎を引き、しっかりと奥まで見つめる。
思ったよりも状態が悪かった。
舌はほぼ根元で切られているが、切り口が汚い。切れ味が悪い刃物でも使ったのか、慣れていないのかズタズタになっている。それに歯も数本ない。こっちはもしかしたら、カーディルにやられたのか。
歯は治せるかちょっと分からないけど、舌は多分大丈夫だろう。
もうちょっと綺麗にやってくれたら、早く治せるだろうにと恨んでしまう。
顎を引いていた手を離すとユリナが口を閉じた。
「ありがとう、ユリナ。マサキの方も見てもいいかしら?」
「あー……いいけど、グロイよ? 自分じゃ見えないし見てないけど、多分、あんま見てもいいもんじゃないと思うよ」
「グロいって?」
「通じないかー! グロい……うーん……と、グロテスク的な?」
「それなら平気よ」
「レティがそう言うなら良いんだけど……あ、これってどう結んである?」
自分で包帯を解こうとしたところでこちらに聞かれてもと思ったが、アンナがやったのだろう。
「アンナ、頼んだわ」
「はい、レティシア様」
アンナは何回も見ているはずだから慣れているはず。
そして、アンナが包帯を解くと、現われたのは窪んだ瞼。
あるべきところにあるべきものがないことを意味している。
「触ってもいい?」
「あんま驚かないとかヤバいね。うん、痛みとかはもうないしいいよ」
瞼を触ってみるが、そこに固さはない。
瞼を上げてみるが、何もない。
眼球を摘出されていると表現していいのか分からないほど、その痕が汚い。
こっちはどうしようもない。
眼球は治せないし、そこから目が見えるようにするために神経を繋がないといけないのだが、そんな事私には不可能。
「ありがとう、マサキ。アンナ、元に戻してあげて」
アンナが包帯を巻いてあげてる間に頭を巡らす。
ユリナは精霊の力の使えば多分行けるだろう。大掛かりにはなるし、ユリナにはそれなりの痛みを伴うものになるだろうが、そこは我慢してもらうしかない。
問題はマサキだ。
こっちだけは私の力では足りないし、知識も足りない。
医療というのは私達魔石を持つ魔族には不要の物。
それゆえに魔族で医療なんて学ぶものがいない。
私も人間界で過ごしていなければ、医療技術について知ることもなかっただろう。
それでも足りない。
最近、目というものに触れた気がすることを思い出す。
そうだ。
あの時はアンナじゃなくて、マリアといて――
「レティシア様?」
深い思考の迷宮に潜っていたところ、アンナに引き上げられた。
けど、思い出した。
もしかしたら、やれるかもしれない。
「マサキ、あなたの目どうにかなるかもしれないわ」
「マ?!」
「マ?」
「マ!」
「あーっと、マジ!? みたいな!」
余計に分からず、聞き返してそれでも分からず笑ってしまう。
二ホンの言葉は独特で面白い。
「本気、そう、本気なのってこと」
「本気よ。ただ、一か八かの賭けみたいなところはあるけど、どうかしら?」
「目が見えるようになるならやる!」
「いい返事ね。ユリナ、あなたも治してあげる。あなたの方は治る時にきっとすごい痛みを伴うと思うけど、どうかしら?」
ユリナも力強く頷いてくれた。
二人から了承はもらった。
「それじゃあ、明日早速やりましょう」




