三十五話 断罪
子供はいい。
特に親の愛情を与えられて育てられた子供は。
大人のように変に我慢したり、感情を隠そうとしない点もいい。
帝国に売り飛ばす商品のだから壊すまでやることはしないが、売る前の味見としてはこれ以上のものはない。
それにしても忌々しいのは我が領地を奪い、フィリーツ領等とほざいて治めている小娘だ。
あいつがいるせいで帝国への移送するルートが使えない。
それに変な噂も耳にしている。
曰く、王都の大貴族と繋がっている。
曰く、陛下の隠し子。
根も葉もない噂でしかない。
しかし、万が一疑われるわけにもいかない。
やっていることは人身売買であり、立派な反逆行為である。
最初に手を染めたのは、帝国の商人から話を持ち掛けられた時だった。
「王国では珍しい力を持った子供が生まれると聞きます。どうでしょう、良いお値段で私たちに売ってはくれませんか?」
罠だと思った。
そんなうまい話はないと思った。
しかし、一度荒事になれている連中を雇い、何人かの子供を売り飛ばしてみるとこれが良い金額になった。
それからは定期的に子供を仕入れて、帝国に渡した。
そのおかげで街に潤いを与えて、更に発展させることが出来た。
これでいい。
何も知らない領民たちは私に対して、感謝しか抱いていない。
そして、やってきたあの小娘。
最近は帝国側からいつ次の商品が来るのかと何度も手紙が届く。
移送ルートが確立していない以上、危ない橋は渡れないのに。
そんな怒りをぶつける先として、売る前の子供に最初に鞭打ちしてみた。
これが存外気持ちのいいものだった。
支配欲やあの小娘を屈服させているような黒い感情がどんどん満たされた。
それからは習慣だ。
甘い汁を吸わせている商人から子供を借りては定期的に地下室に降りて、欲望を満たす。
今日もフィリーツ領の子供が手に入ったと聞いて、やってきた。
母親に助けを求め、泣け叫ぶ様子など滑稽でそれだけで溜まらない。
一日の終わり、いい汗をかいたと寝室に行く前に執務室に寄っていかないと行かない。
間違えて、上掛けを持ってきてしまっていた。
そして、扉を開くと一人の少女が私の執務机に腰を下ろしていた。
「随分、楽しんでいたようね」
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「随分、楽しんでいたようね」
尋ねたカーディルは信じられないような目をしてこちらを見てきた。
まるで幽霊でも見るように。
「あら、どうしたのかしら?」
「何故、貴様がそこにいる!」
もっともな疑問に答えてあげてもいいのだけど、それにしても前から思っていたが上からの物言いが腹立たしい。
「さっきから頭が高いわよ。跪きなさい」
そう言って、爪を瞬間的に伸ばして、膝を切り裂く。
カーディルがうめき声を出して、膝を抱えて蹲る。
「そう、それでいいのよ。それで、えーっと、なぜここに私がいるかだったわね」
蹲ったまま、こちらを睨みつけてきた。
「簡単なことよ。私が王国の犬であるから、王宮魔術師アユム・レイエル・ナカハラの忠実な犬でその主からあなたを断罪しに来た」
「な、そんな、違う! 何かの間違いだ」
「間違いではないわ。だって、あなた、私の領民を攫ったでしょ?」
さっきまで赤かった顔が青くなる。
人の顔はかくも変化するものかと楽しくなってきたが、やはり根柢の怒りは消えない。
「それは……」
「それだけじゃないわ。帝国の人身売買、これだけで私のところの拉致よりも重罪よ」
カーディルが目を見開いて、口がうまく動かないのかもごもごと動かすばかり。
「あなたのところで甘い汁を吸っていた商人二人、どちらももう罪を償ってもらったわ。その過程で自分から吐いてくれたわ。あなたから、だって」
違う、違うと呟く声が聞こえてきたが、私にとっては意味がない。
私はもうこの男がどんな罪を犯していたとしても、殺すと決めている。
それが今、帝国への人身売買になっているだけ。
「陛下からもあなたを断罪する許可をもらっている」
そうして、執務机から降りて一歩一歩罪人に詰め寄る。
「妻や……子供は……」
「もちろん、一緒よ。あなたの下らないお金儲けに付き合わされて死ぬのよ」
家は潰され、家督もなくなる。
例え、生き残ったとしてもここにいる限りは罪人の子だと後ろ指をさされて、石を投げられることを受け入れて生きていくしかない。
それよりも死というのはいくらか救済なのではと私は思う。
生き地獄となるここに比べて、死んでしまえばそんなこともなくなる。
「大罪人カーディル・リール・ダード、アンダート陛下から命により、レティシア・ヴァリアス・アドガルド・フォン・スカーレットが執行します」
爪を伸ばして振り上げる。
一息ついて、振り下ろした。
「これであなたの罪も償われるでしょう」
本当に償われるわけはない。
直接手を下していないだけで、その手は汚れているのだ。
「アルフレッド、こいつの首を回収しておいて。私はサリーの子を迎えに行ってくるのと……そうね、あとは野暮用を終わらせてくるわ」
「はい、レティシアお嬢様。では、後ほど」
影の中にいたアルフレッドに頼む。
まだやることはある。
民に知らせなければならない。
こんな形でも罪は罪だ。
しっかりと伝えなければ、それは不満になる。
部屋を出て行こうとしたところで、アルフレッドに呼び止められた。
「屋敷にレティシアお嬢様が喜びそうなお土産を用意しておきました。ぜひ早めの帰宅を」
「あら、それは楽しみね」
部屋を出て廊下を歩く。
怒りは消えた。
ただ、満足感というのは程遠い。
結局無傷でサリーの手元に返してあげられなかった。
今回の対応は全て後手だ。
私たちの力は確かにこの世界では限りなく強者だ。
役に立ったこともある。
けど、今回は怒りに任せて遠回りをし過ぎた。
領主としては程遠い行いだ。
彼に付いた傷は私の罪だ。
これから収めていくフィリーツ領で同じようなことをしてはいけない。
私は一つの決意を新たに進んでいく。




