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三十三話 客人への手土産

 レティシアお嬢様は随分と不埒なお客人と遊んでおられた。

 それもこれもお嬢様の機嫌を損ねた輩が悪いわけだが。

 情報を引き出せるだけ引き出した後、お客人の先にいる者への手土産にするための加工を施した。

 もう日も高い位置に昇ってきている。

 大きな木の箱を屋敷の中から持ち出した。


「それじゃあ、私はアユムのところに行ってくるわ」

「レティシアお嬢様、馬車や供回りは如何しましょうか?」

「どちらもいらないわ。貴方たちには貴方たちに与えた役割があるし、馬よりも私が本気で走った方が遥かに早いわ」


 そう言うと、お嬢様は胸元に刺していた花と持ち出した種を屋敷の庭に蒔いた。

 庭と言っても区分がないので、どこからどこまで我々の土地と決まってはいないが。


「頼むわよ、我が愛しき隣人たち。それじゃあ、行ってくるわ」


 風と共に駆けだしたレティシアお嬢様はすぐに見えなくなった。

 私たちが本気を出して追いかけてもあの速度に到達するのは不可能。

 この世界で今主流なのが魔術である。

 予め術式が組み込まれたものに魔力を流し込むことで、術式に描かれているものを発現する。この世界の住人であればほぼ万人が使いこなせる。

 そして、廃れたものとしてあるのはレティシアお嬢様が使ったような隣人たちの力を貸してもらい、まるで無から有を生み出すが如く強大な力を行使することが出来る魔法だ。

 ただ、使用する絶対条件として隣人たちを認識できなければいけない。

 私たちがこの人間界に来てから徐々に人数は減って、アンナが私たちと歩むことになる頃には、隣人たちを認識できるようなものを確認していない。


「あれがお嬢の魔法だったか。派手さはないけど相変わらずすさまじいな」

「そうですな。さて、私たちもレティシアお嬢様が帰ってくるまでに済ませてしまいましょうか」


 全員が頷いて答えた。

 狙うは二つの商会。

 私たちは二組に分かれ、それぞれに手土産を持ってポートリフィア領に向かった。



 昼間に襲撃するプランもレティシアお嬢様と考えていたのだが、さすがに騒ぎになるのは良くないとして、夜に決行する手筈。そのために馬車でゆっくりとポートリフィア領に来て、郊外に止めてここまで歩いてきた。

 そして、目にするは大通りに面したところに建てられてる商店。

 ここ最近、急激に市場を広げている商会の一つ、カムール商会。


「どうですかな?」

「熱源はある。建物の下の方」


 横に立つマリアがそう答えるのであれば、本当に熱源があるのだろう。

 従業員は全て出て行った。

 店の中の電気は消えていて、人のいる気配はない。


「それでは行きましょうか」


 私が先に行き、扉に手をかけるが鍵が閉まっている。

 このまま無理矢理力で空けてもいいのだが、それをすると大きな音がしてしまう。


「マリア、お願いできますか?」


 私が聞けば、指先を細いナイフに変えて扉の隙間に入れれば、扉の抵抗が消えた。

 二人で店の中に入っていくが、店内にはやはり誰もいない。

 暗闇でも見える目を持っているので困りはしないが、どこに隠れているのか分からなければ探しようがない。


「マリア、位置は?」

「下。多分、どこかに地下への入り口があるはず」


 それさえ分かれば、上々。

 普段は出さない靴音を少しばかり響かせて、部屋を歩いていく。

 すると、わずかだが音が違う箇所を見つけた。

 その周りを歩いていると、隠されていた取っ手を見つけ、引き上げると地下へ通じる穴とかけられた梯子が姿を現した。

 二人で降りていくとしっかりと周りはしっかりと固められた土に床も踏み固められていて作りは問題なさそうだ。

 マリアが木箱を背負い、私が前を歩いていると何かを鞭打つ音が聞こえてきた。


「あの女領主が邪魔なせいで、せっかくの行路が使えない。そのせいでお前たちが売れないんだよ!」


 熱中しているご様子で私たちに気が付いていない。

 それもいいだろうが、大きな声で言うものだから聞いてはいけないものを聞いてしまった。

 さっさと首を取ってもいいのだが、この商人もまだ裏で手を引いている奴の証拠を固めるための道具でしかない。

 物言わぬ道具に意味はない。

 故に殺せない。


「夜分遅くにすみません、ご主人」

「はぁ?! な、お前たちどこから入ってきた!」


 驚きは一瞬だったが、すぐに身を引いた。

 トラブルになれている、といった様子だ。


「私どもフィリーツ領レティシア・ヴァリアス・アドガルド・フォン・スカーレットの使いであるアルフレッド・スカーレットとマリア・スカーレットでございます。先日こちらに我が領の子供が連れてこられた情報をいただき、参上した次第であります」


 そう言って指を鳴らすと、マリアが木箱を床に下ろす。

 そして、木箱正面を開けると、そこには肉付きがいい男だったものが押し込められていた。

 だったと言えば、死んでいると思うかもしれないが、一応まだ息をしていて生きてはいる。


「この男がそう証言しておりましたので、間違いはございますでしょうか?」

「知らん! そんな男顔も見たこともない! 俺を陥れるためにどっかのバカが雇った野党だろ!」


 顔を真っ赤にして答える割に腰が引けているところを見ると、虚勢ではないかと考える。


「アルフレッド、奥、人の呼吸音と声多数」

「分かりました」


 マリアが相手には届かない小声で端的に教えてくれたことに笑みを作ってしまう。

 ゆっくりと男の方に歩いていき、男が身構えるがそのまま横を通過していくと、呆然と男が動き出して止めようとしてきた。


「おい、勝手に奥に行くな!」


 手を伸ばしてくるが、軽くひねると一回転して床に叩きつけてしまった。

 戦闘の経験は皆無であれば、私たちに万一もない。

 奥に進むと檻に閉じ込められ、手足に枷が付けられて繋がれた子供が大勢いた。

 両手で余りそうな数に驚きもするが、これが一気に市場を広げるための商品といったところですか。


「お前ら、一体――!」

「うるさい。私の質問に答えろ、そうでないならすぐに撃ち殺す」


 立ち上がろうとする男の喉元に傘の先端を押し付けるマリア。

 傘の先端には穴が開いていて、傘の手元にある引き金には指がかかっている。


「奥の物をどこに売った?」

「……」


 男が目を逸らして、答えないと思えば銃口を下ろして、肩を打ち抜く。


「二度目は期待するな。さっきと同じ質問をする。答えないならお前の命か玉を打ち抜く、分かったな?」

「……わ、分かった」

「奥の物はどこに売った?」

「……帝国だ」


 肩からは血が流れ、痛みをこらえてるのか眉間に力が入っている。


「どうして私たちの領に手を出したんだ」

「……手を出したつもりはない。俺たちも頼まれた商品を仕入れるためにやったことだ」

「誰に頼まれた」

「ここの領主さまだよ。もういいだろ、俺だって、そんな多く知ってるわけじゃねぇんだ!」

「ええ、それだけ囀ってくれれば十分」


 男が脱力した瞬間、銃弾が眉間を貫いた。


「マリア、首だけ落として木箱に入れておいてください。それと檻に入っている子供を手前から解放していって持ち帰りましょう」


 マリアにそう指示して、一番奥に向かった。

 そこにも少女が二人檻に繋がれていた。

 一人は目に包帯を雑に巻かれていて、もう一人は厳重に猿轡を噛まされている。

 両者髪の色が黒髪で、目を包帯で巻かれていない方の瞳の色は黒色。

 正確に言えば一人は先端が金髪になっているが。

 それでも小さく丸くて幼さの残る顔付きなどレティシアお嬢様が話していた特徴と一致する持つ者たちだ。

 こんなところで出会えるのは幸運だ。

 檻の鍵を軽く力を入れて壊す。

 二人ともびくりと体を震わせた。


「この子は静かにしてたから、もう鞭で叩くのはやめて!」


 私をあの男と勘違いしているのだろう。

 それとももう一つの可能性を考える。


「いいえ、貴方たちを助けに来ました」


 意識して優しい声音で話す。

 猿轡を噛まされている少女が包帯を巻いた少女に抱き着く。


「信じていいわけ?」

「あなた方を傷つけません。我が主レティシア・ヴァリアス・アドガルド・フォン・スカーレットに誓って」


 一拍置いてから、包帯を巻いた少女が頷いた。


「分かった。信じる」


 二人に笑みを向ける。

 この二人がいたことはまさに幸運。

 レティシアお嬢様が長年欲しがっていたものだ。

 いいお土産が手に入ったと私は満足感を得ながら、二人を解放した。

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