三十一話 通り魔
いつものように過ごしていただけだった。
安い酒を飲んで、酔っぱらって、明日はどうするか、もう一儲け狙ってみるかと下らないいつもの話をしていただけだった、はずだ。
それが一変したのは知らない男が来たからだ。
「お前らさ、ちょいと話聞かせてくれねぇか?」
顔の半分は髪で見えない。
けど、着ている服は上物だ。
こんな裏路地にいるようなやつじゃない。
つるんでいた仲間たちに目を配るが、誰も目だけで知らないと訴えてきているのが分かる。
「あれ? 聞こえてねぇか? 話聞かせてくれねぇかって聞いてんだけど」
「な、なんだよ、てめぇ!」
「お、ちゃんと聞こえてんじゃん。ちゃんと返事位しろよなぁ」
俺たちの中でいつもまとめ役をやっている奴が男に詰め寄る。
「ここに何の用があるって聞いてんだ!」
少しだけ震えが残る声だったが、手はポケットに入っている。いつも持ち歩いているナイフに手をかけているんだろう。
男は面倒くさそうに頭をかく。こちらを怖がっていないどころか、何も脅威に思ってない。
「酒場とかでやけーに金回りがいい奴とかいなかったか? あぁ、いつもよりも上機嫌だった奴とかでもいいぞ」
「し、しらねぇよ! 知らねぇからどっか行けよ!」
まとめ役が言いながら、詰め寄る。ナイフもポケットから出しかけている。
もう一歩というところで、不自然にまとめ役の動きが止まった。
「おいおい、飲みすぎだぜ、兄弟。こんなところで寝ちまうなんてな」
そう言って髪の長い男がいつの間にか出していた手を引くと、まとめ役がうつ伏せに倒れて、痙攣し出した。
おかしい。
なんだよ、これ。
何が起こってるんだ。
頭が、状況の理解を受け付けない。
「おい、お前はなんか見たか」
髪の長い男と目が合った、と思う。
思い出せ、思い出さないと今そこで転がってるのと俺が同じことになるんだぞ。
早くしろ、何でもいい。
「どうなんだって聞いてんだが?」
若干イラついた声音で、時間が少ないことを知る。
どうだった、今日じゃなくてもいい。
なんでもいいんだ。
あ、そうだ。
それは一つの記憶。
そこから紡がれるようにどんどん思い出していく。
「いたっ! 金回りのいいやつ!」
「へぇ……どんな奴だった? 何話してたか聞いてたか?」
「金持ってるってだけで威張り散らしてるムカつく野郎だよ。最新式の拳銃を見せびらかしてきたりよ。何話してたかなんて、俺達だって話してるんだから知るわけないだろ!」
「あ、俺は、ガキが、とか、楽な仕事、とかまぁ、ここらでは別に珍しくないことなら言ってたのを聞いた」
よし、これだけ言えばもう見逃してくれるだろう。
ちゃんと吐けるものを吐いたんだ。
「そいつらは、ここら辺に住んでるのか?」
「この近くに宿取ってるってのは聞いたことがある。安宿ばかりだけどよ。金持ってるならもっと大通りの宿に泊まれよ。な、もういいだろ、俺たち行っても」
さっきまで聞きの態勢に入っていた男が思い出したように解いた。
「あぁ、もう逝ってもいいぞ」
「は?」
天地が逆さまになった。
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欲しい情報は手に入ったので、入り口にある家の陰で人形と落ち合った。
情報を合わせてみても、俺が聞いた野郎で正解のようだ。
「目撃者とかは?」
「そんなへまはしない」
こいつがそう言うならそうなのだろう。
俺も死体はしっかり燃やしてきた。
結局あの路地裏で情報を素直に吐いたのは最後に来たやつらで、それ以前の奴らを殺すことになってしまった。
この人形はきっと苛立ちながらやっていたんだろうな。
俺もそうだ。
こんなチマチマした作業好きになれるわけがない。
「その宿に行って、お嬢様の下に運ぶ」
「途中で騒がれたら?」
「締め落とせばいい」
「難しいんだよな、人間相手は」
「お嬢様の獲物だ。私たちが手を出して良いわけないだろ、筋肉頭」
「締め落とすんなら手出してんじゃねーかよ」
「全然違う。分かってないな。騒ぐ獣の躾をしているだけ。ただの躾だから手を出しているわけじゃない」
どう考えても屁理屈だろ。
頭をガシガシかきながら、別の話題にする。
「どうやって侵入するんだ?」
「窓を割る」
「どこに泊まってるか分からねぇだろ」
「特徴は聞いてきた。感知した人間と同一の特徴か照合して一致した部屋だけを見ていけばいい」
どういう理屈でそれが出来るのか、さっぱり理解が出来ないがこの人形が出来るというなら出来るのだろう。
「それじゃあ、さっさと終わらせて帰ろうぜ。お嬢も待ってるし、夜が明けちまう」
「珍しく意見が合いますね。早く終わらせましょう」




