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三十話 憤怒

「大丈夫よ。絶対に見つけ出してあげる」


 レティシア様はサリーを抱き締めていた。

 そして、落ち着いたところで、マリアを帰り道に伴わせて屋敷から出て行った。

 レティシア様はサリーが出て行った扉を見つめたまま動かない。

 表情も変えない。

 ただ、ジッと見つめるだけ。

 不気味なほど静かに。

 いつもと違う雰囲気のレティシア様に私は圧倒されて、動けなかった。

 これまでこんな事は無かった。

 アルフレッドは慣れたようにいつもと変わらぬ柔和な笑みを浮かべているし、ガレオンはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。


 マリアが玄関の扉を開けて帰ってきた。

 そこでようやくレティシア様が動く。

 私たちに背を向ける。

 その靴音が普段の数倍の音を立てたような気がして、私たちは一斉に膝を付く。


「お前たち、いえ、マリア、ガレオン、二人はポートリフィア領に行って攫った奴を連れてきなさい」


 レティシア様の爪が伸びたり縮んだり、手を握り締めたり、開いたりと忙しない。


「商人の方ではなく?」

「ええ、そっちもやるわ。けど、今は攫った奴らよ」


 レティシア様の口調がいつもよりも荒い。

 いつもの柔らかさもない、冷たい口調。

 領民に見せられない顔だ。


「攫った方も大事でしょうか?」


 アルフレッドもよくこんなレティシア様に普通に聞けるものだと感心する。

 私には無理だ。


「当たり前でしょ。私の領民を攫った奴よ」


 振り返ったお嬢様の顔に表情はない。

 けど、その目は吊り上がっている。


「私の物を奪った奴らは全員殺す。それだけよ」


 アルフレッドもそれ以上は言葉も何も言わない。

 レティシア様もまた前を向く。


「ポートリフィア領の路地裏のゴミ掃除もしてあげようかしらね。見つけるためなら、好きにしていいわよ」


 いつもならしない命令だ。

 ガレオンとマリアが頭を下げたまま、返事をした。


「私も着替えて村の人たちと探しに出るわ。アンナ、アルフレッドは先に行ってなさい。全員、始めて」

「はっ」


 全員が声を重ねて返事をした。

 そう言うと、レティシア様は階段を上っていってしまった。

 残された私たちはレティシア様が階上に消えたと同時に立ち上がり、外に出た。


「お嬢、珍しくブチ切れてたな」


 ガレオンが喉を鳴らして笑っていた。

 笑い事ではないだろうに。


「私はレティシア様が怒るのを初めて見た」

「あぁ? そうだったか?」

「レティシアお嬢様は気が長いお方ではないですが、逆鱗に触れる人間がしばらくいませんでしたからな」


 アルフレッドに言われてみれば、確かに商人のレザードや、レティシア様にそれなりの敬意がある方ばかり。

 失礼を働く人間には合っていなかった。


「しかし、まぁ、お嬢も切れてるおかげで仕事はしやすくていいわ。半殺しなんて加減しなくてもいいからな」

「ええ、人間は脆すぎる。少し手を出すと壊れてしまう。どこぞの筋肉頭位頑丈だったら手加減しなくてもいいのだけど」

「あぁん? なんだ、お人形ちゃんが」

「あら、私はどこぞの筋肉頭といったのだけど、貴方のことだったかしら?」

「二人とも馬車はいりませんか?」


 ガレオンとマリア、二人にしておくとどこまでも言い合いを重ねてしまう。


「いらねぇな。ちんたら馬車なんて使ってたら、お嬢に殺されるからな」

「お嬢様のために一分一秒も惜しいので、要りません」


 そう言って二人とも歩き出す。


「二人とも行ってらっしゃい」


 そう言って声をかけると、ガレオンは振り返らず手を振るだけ、マリアは振り返り口元だけの笑みを見せた。しかし、マリア、顔だけこちらに向けてくるのはやめてほしい。絵面が怖い。


「あのレティシア様を領民が見たら、怖がるでしょうね」

「ええ、ですが、レティシアお嬢様はそれはしないでしょう」


 アルフレッドと一緒に村の方に歩いていく。

 疑問に思い、横を向く。


「レティシアお嬢様は領民に対しては、良い領主であろうとするからです」


 いつも微笑み、領民たちのことを助け、教える。

 子供が粗相をしたとしても、大丈夫よと怒らないで、気を付けなさいと優しく諭す姿は領民たちにとっては優しく領民思いの領主に見えるかもしれない。

 いえ、見えていて欲しい。

 しかし、領民を脅かす物は、レティシア様にとっては自分の箱庭を壊そうとする外敵に過ぎない。

 それらを処理するにあたって、選択肢の中に殺すというものが平然と入ってくる。

 その選択肢は私たちにとっては普通のこと。

 それぐらい私たちの手は血で汚れている。

 私の場合は無駄に汚し過ぎた。

 だから、もう慣れてしまった。

 みんな慣れてしまっている。


「ポートリフィア領の人攫いたちにはレティシアお嬢様は悪魔に見えるかもしれませんな」


 そう言って、アルフレッドが笑う。

 立ち位置によって変わるだけだ。

 私の昔の行いもそうであったように、だ。


「仕方ない。先に手を出したのは私たちじゃない。向こうなんだ」

「そうですな。誰に手を出したのか、そろそろ思い知るべきでしょう」


 夜の闇の中でも私たちの視界は効く。

 遠くに揺れる炎を見た。

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