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三話 辺境へ行くための制約

 私の言葉には何も答えず、そのままゆっくりと歩いてくる。


「お茶も何も用意していないお茶会だけど、ようこそ」


 一向に応えない相手に少しだけ意地悪したくなる。

 

「アユム・レイエル・ナカハラ、さっきまであなたのことを肴にしていたのよ」


 名前を呼ばれた目の前の人物が立ち止まった。

 そこで初めて相手が示した反応らしい、反応だ。


「どうして」

「もしかして、どうして分かったのかという意味かしら?」


 肯定という意味での沈黙だろうか。

 私のことを初めて警戒したのか、白いロープの下から綺麗な宝石の付いた杖を取り出した。

 警戒というには随分とのんびりしている。

 それだけ平和な場所にいたのかもしれない。

 または、この魔術を随分信頼しているのか。

 私は薄く笑みを浮かべ、相手に先を促す。


「なぜ分かった」

「あなたが纏っている雰囲気が違うのよ。この国、いいえ、この世界の人とはね」


 素顔は見えない。

 しかし、ロープからはみ出して見える黒髪 それだけでもこの国の人とは違う。

 夜の帳のような黒髪はとても珍しく、人間界で目撃したのは過去に片手で数えるほど。

 仮面の奥から鋭い視線を感じるのは、睨んできているためか。


「やはり……いや、お前はどこまで知っているんだ」


 肩をすくめる。

 一番つまらない質問だ。

 私が誰であるか知っているのなら、どういう生き方をしてきたか知っているはず。


「私は私がこれまで歩んできて得た知識しか知らないわよ?」


 沈黙が場を支配する。

 風に揺れる葉の音もしない草原は、異常な静けさだ。

 そして、先に口を開いたのはアユムの方だった。


「まぁいい。それよりもここに来た要件を済ませよう」


 ローブで肉体のほとんどが隠れてしまっているせいで彼女がどんな人間か察しにくいが、裾から見える手や、足の一部を見ればまだ若々しく見える。


「私と従属の契約を結んでほしい」


 従属の契約。

 私と従者四人が結んでいるものだ。

 一般的に奴隷等に対して結ぶもので、逃亡を防いだり、強制的に命令を効かせるために行われるものだ。

 魔力の多さで効き具合が変わってくるのが難点であるが、私から契約する場合に限って言えば、万全の状態で結ぶことが出来るが、私に結ぶとなれば話は別だ。

 私が同意しなければ、無効に出来るほど種族として、生まれからして魔力の量が違う。

 そんなことは相手も分かりきっているはず。

 ただ、一点。

 従属の契約は魔法だ。

 魔法は精霊を介して行われる。

 もちろん、精霊が見えない人間には不可能だ。

 そのせいで魔法については、この世界でほぼ失伝していたはず。

 何で知りえたのか、どうやって知ったのか、なかなか興味をそそられる。

 それを聞くことを条件にしてもいいのだが、彼女が用意してくれているものあるはずだろう。

 それを先に聞くの一つの手だなと思い、先を促した。


「それで、あなたは私に何を差し出すの?」


 何を差し出すのか楽しみだ。

 命だったら、それはとてもつまらない。

 そんなものは私にとってはさして必要なものではないからだ。


「私が持つ神造兵装、このサークレットを除いて全部でどうだ?」


 神造兵装。

 神が造りし、強大な力を秘めた道具と人間界では言われている。

 私が生まれるずっと前、太古に作られし物であるせいか、使い方についての資料が乏しい。だから、調べている私であっても、正確にその能力を十全に引きだせているかと言えば、怪しい。

 世界を歩き回ってみたが、私でも数は持っていない。

 それに扱うために必要な資料も、片手の指で足りるほど。

 さすがにここまで少ないと作為的に見えることもない。


「数によるわね」

「指輪型が四種類、法衣が一種、外套、杖も一種ずつ。他にも小物で三種類」


 悪くない。

 好奇心をくすぐる数だ。

 笑みを隠すように口元を手で覆う。


「全部扱い方を理解していて?」

「いいや、十全に使えているわけではないだろう。そもそも機能を正しく解析も出来ていない」


 従属するだけなら暇を持て余すと思っていたが、これは長い時間楽しめそうだ。

 条件としては十分だが、ただ従属させるだけではないだろう。

 契約したとしても、力尽くで破ることもできるのだから。


「それだけ差し出すとして、あなたは何を望むのかしら?」

「私はもう十年もしたら寿命が尽きる。しかし、これから数年後に私は娘を生む。だから、私の死後、娘が成人を迎えるまでこの国に尽くして護ってほしい」

「未来を見てきたようなことを言うのね」

「未来を見てきたから」


 面白い冗談を言う。

 それが出来るのなら、是非とも見てみたいものだ。


「私じゃなければいけなかったのかしら?」

「この世界で魔法が使え、人を超えた力を持つお前ではないと不可能だ」


 随分と私を買ってくれているのだが、私と彼女は初対面のはず。

 長く生きているのもある。

 人間界でも、生まれた魔界でも色々と活躍していたから名前も知られているだろう。

 古書や歴史書に名前や逸話が残っている可能性は十分にあるが。


「他大陸の耳長の子たちだって出来るわよ」

「アイツらはダメだ。魔界との戦い以降、人を信用していない。それに大陸からも、森からも出てこない引き篭もりだからだ」


 吐き捨てるように言い切ってしまう。

 酷い言い様だけど、間違っていない評価だ。

 それが下せるだけの理性はしっかりとあるようで何より。


「国への忠誠も私への忠誠も必要ない。必要なのは私の命令に従うことだけだ」

「犬のようにあなたに尻尾を振れと?」

「ああ、必要なのはそれだけだ」


 従順でいろと言われるならば、そうすることも出来る。

 私の目的もあるから。

 だが、ただ従うというのも面白くない。

 私よりも弱く、短命な者たちに顎で使われるのは、プライドが邪魔をする。


「命令するなら、私を楽しませるものしなさい。そうでないなら、殺すわよ?」

「そんな事は知らん。それにお前の前に立つのに何の準備もしていないわけがない。簡単に殺されるわけがないし、こっちもお前を殺す手段がある」


 アユムが杖を私の方に向ける。

 一触即発の空気が辺りを包む。

 その仮面の下はどんな顔をしているのか。

 それにしても、感情が駄々洩れだ。

 きっと前線にあまり出てこなかったタイプだろう。

 憎しみがこちらに伝わるほど漏れてきている。

 今すぐにでも剥いで見たくなるのだが、きっと阻まれるだろう。

 だから、私の方から肩の力を抜くことにした。

 私の雰囲気が変わったことでアユムの方の纏う空気も霧散する。

 杖を仕舞い、何枚かの羊皮紙を自分の周りに蒔いた。


「私たちが人間相手に本気を出すはずでしょ? 冗談よ」

「お前の遊びに付き合ったまでだ。それに今度はこちらに付き合ってもらう」


 羊皮紙に描かれた文様が光り出せば、闇の精霊たちが彼女の周りに集まり出す。

 それを意に介してないのか、または見えていないのか、そのまま続けるようだ。


「それでは契約を始める。制約については――」


 ▼


「お嬢様、良かったのでしょうか?」


 アユムが去り、影から現れたマリアが一番に聞いてきた。

 従属の契約が正しく発動して結ばれた証とも言える楔の形をした紋様。

 首元に出来たそれを指で触る。


「何がかしら?」

「従属の契約です。それにさっきの制約です。動きを縛るにしては多すぎではないでしょうか?」

「そうかしら? 私の動きを縛るにしては最低限に聞こえたけど」


 基本的に王国に逆らえないように、アユムの命令に従順であることが練りこまれた制約を課せられたが、抜け道などいくらでもある。

 その抜け道の一つが従者たちだ。

 アユムと私は契約を結んだけど、私の従者たちとはしていない。

 つまり、私の従者たちは私の好きに動かせるわけだ。

 それに最大のミスとしては、私の魔力を押さえ付けていない。

 今の私が最大だと思い込んでいるのであれば、思い違いも甚だしい。

 それは油断でしかない。

 だから、全然足りていない。


「それで、この国に拘束されて良かったのでしょうか?」

「ええ、都合がいいから話に乗ったのよ」

「それはどういう事でしょうか?」


 ゆっくりと歩を進めて、四歩歩いたところで足を止める。

 そうして振り返った。


「しばらくこの国に留まるつもりだったから、ゆっくりと住めるところが必要だったのよね」


 お金を払って王国に家を買うのもいいが、平民というには私には少々目立ち過ぎる。

 生活の質を落とす事も出来るけど、平民の同じは難しいかもしれない。

 それもあって、貴族の地位が貰えて土地も住むところも用意してくれるなんて願ったり叶ったりだ。

 従者の四人は膝ついて頭を下げていた。


「それに、もう一個だけ目的があるんだけど、それはまたその時に、ね」


 それだけ言うと、代表して言葉を紡いだのはアルフレッドだった。


「私たちは貴方の御心のままに」

「ええ、付いてきて頂戴ね」

「はい、どこまでも」


 彼らにそれだけ告げて、前を向いた。

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