二十九話 変化
領主様がここに来て、もう二つの季節が巡ってきた。
最初私たちが何も知らないで、自分たちの村に来る領主のことをちゃんと知らされていなかった。
それが突然着たのが、私たちよりも年下に見える女の子。
女の子が自分のことを領主だと言った後、魔族だと宣言した。
この子は何を言っているんだろう。
魔族だなんてもう伝説の存在であり、昔話に出てくる悪役だ。
子供の頃に「悪いことをすると魔族に食べられちゃうぞ」なんて母親に言われたものだ。
私たちにとっては伝説のような存在。
それが今目の前に。
だけど、見ている限り私たちのように見える。
けど、それは次の瞬間に破られた。
彼女たちの背中から蝙蝠のような真っ黒のような翼が広がり、女の子の犬歯が鋭くはっきりと口から飛び出るほど長く伸びた。
そこで初めてこの人が伝説の魔族なのだと怖くなったのを覚えてる。
だけど、その人は私たちを食べたりはしなかった。
魔族だから私たちを知らないうちに食べたりしているのではないかと思っていたがそんなことはない。
魔族らしいことをしないでずっと変なことばかりしていた。
子供や私たちに勉強を教えてくれたり、この前の商人とのやり取り。
何がしたいのかと思っていた。
狙いは分からない。
けど、私たちに害意あるものではない。
最初に領主様、レティシア様がそう言っていたように、私たちが住むこの村を豊かにしてくれるそんな風に思えてきていた。
今もポートリフィア領から商人が取引に来てくれたりする。
少し前まで人の出入りなど無かった村なのに。
「エリック、レティシア様は悪い魔族ではないのかもしれないわ」
「お前がそう言うんだな」
一緒に作業していた夫のエリックにそう話しかけていた。
最初にエリックにあの人は怪しいと言ったのは私だからだ。
私の性格をよく知っているエリックからしたら驚きだろう。
分かってる。
けど、認めざる得ない。
あの人は悪い人ではないと。
「しかし、レイの奴遅いな」
エリックが言うように、他の子たちはもう別れて自分たちの家に向かうところだった。
日も傾いてきている。
もう帰ってくるだろう。
「心配しすぎよ。すぐに帰ってくるわ」
だけど、いつまで経っても息子のレイは帰ってこなかった。
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夜も遅い時間、屋敷の扉を激しく叩く音がして書類から目を上げた。
私がわざわざ出て行かなくてもアルフレッドが対応してくれるので、ここで待っていてもいい。
こんな時間に尋ねてくるなんて、誰なんだろうかと思っているとアルフレッドが部屋に入ってきた。しかし、その顔は少しばかり困惑しているようだった。
「レティシアお嬢様、サリー様が……子供のことを知らないか、と」
「どういうこと?」
意味が分からなかった。
アルフレッドの言葉の意味が理解出来なかった。
「いいわ。まだサリーは玄関?」
「はい」
アルフレッドの脇を抜けて、部屋の外に出る。
階段上から玄関に目を向けると、サリーがアンナに詰め寄っていた。
すぐに階段を下りる。
「サリー、どうしたの?」
「レティシア様っ!」
私が声をかけると、切羽詰まり、もう泣きそうな顔をしたサリーが私の方に駆け寄ってきた。
「どうしたのかしら?」
「息子、息子のレイを知りませんか……?」
サリーの息子のレイ。
元気のいい、母親譲りのちょっと吊り上がっているけど、大きな瞳で可愛らしい子だ。
「知らないけど、どうして?」
嫌な予感がする。
けど、これは聞かなきゃいけないことだ。
「息子が、帰ってこなくて……今まで、ずっと探していても、見つからなくて、私……っ!」
サリーは力が抜けてしまったように座り込んでしまい、顔を手で覆って泣き出してしまった。
こんな小さな村で人がいなくなる。
なぜだ。
森に行ったのか、それならみんなを使って探さないと。
あれ、本当に森に行ったのか。
「サリー、サリー、落ち着きなさい」
そう言って、私は膝をついて震える彼女の体を優しく抱きしめる。
今はそれぐらいしかしてあげれない。
「安心して、サリー。私が必ず見つけてあげるわ」
安心させるためにゆっくりと語り掛ける。
けど、なんでいなくなったのだろう。
人が出入りしない村で、人さらいなんてあるわけがないし。
人の出入り。
「フィリーツ領領主であるレティシア・ヴァリアス・アドガルド・フォン・スカーレットが必ず見つけると約束するわ」
人の出入りはあった。
ここ数日、ポートリフィア領の商人が出入りしていた。
それは今日もだ。
そこまで気が付けば、怒りが一気に燃え上がった。
今すぐにでも私の領民をさらったやつを、死よりも酷い目に合わせてやりたい。
サリーが私の顔を見れない状態で良かったと思う。
それぐらい醜く私は怒りで顔をゆがめている。
「大丈夫よ。絶対に見つけ出してあげる」




