二十七話 頭を下げる
人間に頭を下げて懇願するのは初めてのことだ。
今までは力で抑え込んでいた。
それで十分だったから。
力こそが正義。
それは変わらない。
ただ今の状況はそれでは変えることが出来ない。
むしろ、状況は悪くなる。
「頼み事をするのに、頭が高いのではないか?」
この国には嫌な習慣がある。
いつの時代からなのか分からないが、気が付いたら根付いていた。
やれということだろう。
ソファから立ち上がり、床に膝を付く。
床に手を射て、腰を折り、頭を床に当てる。
「その金額ではすぐにご用意出来ません。どうか、少しばかりご容赦いただけないでしょうか」
嫌な習慣だ。
私はなんて格好をしているんだろうか。
罪人が許しを請うような恥ずかしい姿ではないか。
「分かっているのなら、最初からそうしていれば良いのだ」
「……申し訳ありません」
ソファから立ち上がる音がして、近付く足音が聞こえる。
それは私の前で音が止まった。
上から見下ろされているのがありありと分かる。
だけど、今だけは頭を上げることは出来ない。
今あるお金は国への税と氷の季節を乗り切るための物、そして領民への配当である。
最後のは無くても良いのだけど、払うと言っていた手前、少なくてもやるべき事だと私は思っている。
「それが貴族のやることか」
「……」
何も言わない。
ただ、口の内側を血が滲んできそうなほど噛み、耐える。
それが面白くなかったのか、頭に重さを感じた。
カーディルの足が頭に乗せられているのだ。
怒りでどうにかなりそうな心を領民のことを思い出して耐えようと試みる。
「そんな無様を晒してまで頼み込むとは、よほどここの領民が大事なのだろうな」
「……カーディル様も同じだと思います」
大事にしない領主などいないはずだ。
面白くなかったのか、いっそう強く踏まれた後に頭から足が離れた。
「それで何だったか?」
「……税の値段でございます」
足が遠のいて、ソファが沈む音が聞こえた。
「あぁ、そうだな、そうだったな…………三袋でどうだ」
「……ありがとうございます。カーディル様」
まだ高いとは思うが、これ以上は下げられないだろう。
あまり低い金額を要求していると、領民自体そう言う目で見られることになりかねない。
頭を上げて、カーディルを見ながら、後ろにいるはずのアルフレッドに声をかけた。
「アルフレッド、用意を」
「はい、レティシアお嬢様」
アルフレッドが部屋から出て行く音がした。
立ち上がり、髪を直して、ドレスに着いた埃を軽く払う。そして、最初から座っていたようにソファに座り直した。
それから、アルフレッドが帰ってくるまでカーディルと二人での会話が始まったが地獄だった。
自分の顔によく笑顔が張り付けれたと感心する。
従者共の顔はいい、趣味はいいから始まった言葉は、私の容姿の方にまで飛び火してきて、もう少し肉付きが良ければと下から上まで嘗め回すように見られたうえ、そんな体でどうやって陛下を誘ったのかとか、よほど体の具合がいいのかと言われ続けた時には、手が出そうになるのを抑えるのに必死だった。
アユムには文句を言おう。
ちゃんとやっているのか、と。
それから、アルフレッドが金貨袋を持ってくると、中身を確認して、もう用はないみたいに早々に立ち上がった。
屋敷から出て行くカーディルを入り口まで案内して、見送りをする。
屋敷の前に止めてある馬車に向かって歩き出したが、歩みを途中でやめた。
「次からは貴様の方から払いに来い」
「……分かりました、カーディル様」
「次からは金貨袋五袋だ。用意出来なければ別の物で払え、いいな」
「……はい」
まだ要求してくるらしい。
馬車に乗り込むカーディルに頭を下げて、腰を折りながら、スカートの端を摘まむ。
「またいつでもお越しください、カーディル様」
彼の馬車が去って見えなくなるまで、頭を下げていると、そのままの体勢でマリアが呟いた。
「殺しましょう」
確認ではなく、断言。
私が一言肯定したら、彼女はきっと駆けて行って本当にやるだろう。
それぐらい殺気をはっきりと放っている。
「ダメよ」
「どうしてでしょうか、あのような愚物を。お嬢様への失礼な物言い、あれだけでも万死に値します」
「私へのことは……確かに腹は立つわ。けどね、今はまだダメよ。あれでもポートリフィア領の領主だから」
今のところは大人しくしておかないといけない。
マリアの気は収まらないかもしれないけど。
「分かりました。お嬢様がそう言うのであれば」
「そう言ってくれて嬉しいわ」
「マリア」
「何でしょう、お嬢様」
「髪悪かったわね。せっかくやってもらったのに」
「いえ、そんな……私のことなど気になさらないでください。お嬢様の方が……」
「いいのよ。今は」
嫌な時間だったけど、こうして従者たちと話しているとそれはそれで心洗われる。
二人を伴って、屋敷の中に入る。いつまでも表にいてもしょうがない。
「そろそろレザードの荷物が届くころかしら」
「ええ、手紙は届いてましたので、近日中には来ますでしょうな」
執務室に戻って、書類に目を落とすけど、今はこれ以上仕事をやる気分にならない。
アルフレッドにお茶を用意してもらっている間、本を手に取る。
アユムの書いた魔術書。
一通りは目を通したが、理解出来ない新たな術式があるため、まだ興味の尽きない代物だ。
アルフレッドがお茶の用意を済ませてくれたので、少しだけ気を抜く。
「しばらくポートリフィア領にアンナをお使いに頼もうと思うのだけど、アルフレッド、どう思う?」
「どのような用件で、でしょうか」
「大したことはないわ。ただのお使いよ。それにあの子が一番人間との付き合い方になれてるのもあるし」
アルフレッドでも良いのだけど、そこは言わないで聞いてみた。
「そうですな、アンナであれば適任でしょう」
「貴方がそう言ってくれると心強いわ」
大したことのないお使い。
そのはずだ。
街の様子を見て回ってもらう。
たったそれだけのお使いだ。
そうなるはずだった。
謝辞
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