二十六話 来訪
朝は目覚めは穏やか。
朝食の後の紅茶は美味。
領内の人たちは、皆変わらず活気ある姿。
いつもと変わらない日々。
このまま過ぎていくものだと思っていた。
しかし、アルフレッドの一言で終わった。
「レティシアお嬢様、お客様がお見えになりました」
執務室で書類仕事をしていた指が止まる。
朝食の時にも確認はしていたが、今日は何も予定が無かったはず。
「誰かしら?」
「ポートリフィア領領主カーディル・リール・ダード子爵です」
あぁ、嫌がらせをしてきていたカーディルか。
忘れたくても、忘れられない名前だ。
直接来るのは予想外。
しかも、連絡もなし。
完全に下に見られている。
けど、対応を疎かにするわけにいかない。
「いつも向こうから面倒がやってくるわね」
「レティシアお嬢様が人気の証拠でしょうな」
二人で笑い合い、一息つく。
「すぐに行くように伝えておいて。あと、マリアに用意を手伝うように伝えておいて」
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いつもの服装で出て行くわけにもいかず、マリアに手伝ってもらって準備をした。
いつもと違って髪をしっかりと整えて、化粧も施す。黄色のいつもよりも少しだけ華やかなドレスに着替える。あとは、イヤリングやネックレスなどの装飾品を出来る限り付けて、身を着飾る。
マリアを伴って、客間に入れば、一人の男がソファに座っていたので、そちらに体を向き直す。
「お待たせしました。準備に時間がかかってしまい申し訳ございません。ポートリフィア領領主カーディル・リール・ダード様。レティシア・ヴァリアス・アドガルド・フォン・スカーレットです。この度は我が領地にお越しいただきありがとうございます」
笑顔を浮かべて、ドレスの裾を掴み、頭を下げた。
「田舎の男爵がどんな奴かと思っていれば、小娘ではないか」
表情を歪めないことに苦心した。
椅子にふんぞり返るように座っているカーディルは短く切り揃えられた髪に、整えられた髭、大柄な体は若干ではあるが肉が付いているように見える。
鋭い目つきに深く刻まれた皴と威圧感を与えるのと、人間では五十代に入っているであろう見た目をしていた。
カーディルの向かいのソファに腰を下ろした私はニコリと明るい外行きの人好きする笑顔を張り付けた。
今はアルフレッドとマリアが同じ部屋にいるのだが、アルフレッドは表情と一緒に消しているが、マリアから殺気が放たれている。全く隠す気がない。
「それでカーディル様、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「いつまで経っても、私のところに挨拶に来ないのだから、私がわざわざ足を運んでやったのだ」
笑顔のまま固まってしまった。
不味い。
口を動かせ。
「……それは申し訳ございません。何卒、新参者でありますので、領地の経営並びに貴族としての礼儀についてはまだまだ勉強不足でして」
ふん、と鼻を鳴らして笑われた。
顔には明らかな嘲笑が浮かび上がっている。
首輪に締め付けられた。
思わず、首を跳ねてしまいそうになったのを首輪に止められた。
安い挑発だと分かっているのに乗ってしまった自分を恥じた。
「所詮は田舎の小娘だな。爵位を与えられたと言っても、陛下にその股でも開いて媚びたのであろう? お前になぞ、貴族の何たるかなど期待してらんわ」
アユム、本当に躾けはやったのかしら。
爵位は私の方が確かに下ではあるが、それでこんな態度を取るものなのか。貴族の何たるかを理解していないのはそちらではないかと口に出そうになったが、何とか飲み込んだ。
言ったところでどうしようもない。
この男はずっとこういう態度で過ごしてきて、今更私のようなのが何を言っても聞く耳は持たないだろう。
だから、口を噤み我慢しなきゃいけない。
罵詈雑言、不快な態度に対しても。
だから、我慢しなきゃいけない。
誇り高い一族の私が腰を低くして、とても不本意であるが。
目的がなければこんなものは切り捨ててしまうのに。
「多忙の私がわざわざこうして出向いたのはな、挨拶と税の徴収のためだ」
どういうことだ。
税は国に収めるもので、一領主に支払う話など聞いていない。
「元々、ここは私の領地だったのだ。それを国が、新たに開拓したいと言い出して、分けてやったのだ」
ここまでは理解出来る。
理性が一応冷静な判断をしてくれている。
「分け与えてやった私に対しても支払う義務があると言う事だ」
ここで理解できなくなる。
この男は何を言っているんだ。
カーディルの言う事が正しいとして、昔まだここがポートリフィア領の一部だったとしてここを買ったのは王国である。
国の状態について、理解があるわけではないが、それでも豊かな国だ。
叩くような値段でもなく、十分な支払いは済んでいるはず。
ただ、そんな事を馬鹿正直に言ってもこの男に通じない。
「我が一族が代々守ってきたこの地をたったの三十袋で寄越せと言ったのだぞ」
十分ではないか。
私にとっては喉から手が出そうな金額だ。
「お前のような小娘がまともな統治など出来るわけないだろう。ここに来るまでの道のり全て、私が管理しているから上手くいっているのだ。だから、その分も寄越せということだ」
懇切丁寧に説明してやったぞという態度が鼻に突く。
「いかほどでしょうか?」
考え込むような仕草に殺意を覚える。
「金貨五袋程度だ」
「……は?」
思わず声が出てしまった。
声を出してしまった。
やってしまったが、もう訂正は不可だ。
カーディルに頭を下げた。
「不躾な発言、申し訳ございません。その金額では……すぐに用意は出来ません」
今はとりあえず、頭を下げてどうにか金額を下げてもらうしかない。
頭を下げるのはいい。
しかし、下手に出て媚びを売るように振るわないといけないのが腹立たしい。
契約がなければ、こいつの首だけ領地に送り返してやるところなのに。
私がここの領主でなければ、こんなのは一瞬で終わるのに。
殺してしまいたい。
だけど、我慢しないといけない。
殺してしまえば楽になるのに。
私が合図を出せばマリア、いや、アルフレッドでも一瞬で片を付けるだろう。
歯を食いしばる。
私は誇り高きスカーレット家であるが、今はフィリーツ領の領主だ。
私が領民である、私の所有物たちの今後を決めるのだ。
絞り出すように言葉を紡ぐ。
「どうか、少しばかりでいいので、ご容赦いただけないでしょうか?」
謝辞
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