二十四話 失敗と成功
レザードを見送って、客間に帰ってくるとサリーとソーニャが呆然とした面持ちで残っていた。
金貨の袋を眺めている二人を見ながら、私もまたソファに座る。
「どうだったかしら?」
「あ、えっと、何が、ですか?」
「取引」
そう端的に答えると、二人とも俯いてしまった。
まるで怒られるのを待つ子供のよう。
「その、扱ってるお金の額が思ってたよりも大きくて……」
「全然分かりませんでした……」
二人とも本気で落ち込んでいる姿を見て、口元が緩んでしまった。
いけないと思い、何度も塞ごうとしたけど、やはり我慢が出来ないで吹き出してしまった。
私が笑い始めたのを聞いた二人はポカンとした表情を浮かべている。
「いえ、ごめんなさいね」
笑ったことを謝る。
サリーが机の上の金貨の袋をチラチラとみていた。
「いつも、こんな大金のやり取りをしているんですか?」
「そうね……いつもは私が買う方だから、こんなにも払うことはないわね。金貨の袋一個とかかしら」
「十分多い……」
そうなのかしらと首を傾げる。
サリーがそう言うのだから、きっとそうなのだろう。
「けど、今回のは失敗ね。ちょっと格好付けてみようかと思ったのだけど、レザードにはしてやられたわ」
「どこがですか? 十分だと思いますけど」
「最初にもう少し吹っ掛けて揺さぶるべきだったわ。アユムにはきっと私に払った倍以上の金額を最初に言うはずよ」
「想像付かない……」
「わ、私たちが扱える金額じゃありませんよぉ……」
アルフレッドが紅茶を注いでくれたので、口を付けた。
今回の取引は私自身価値が曖昧で臨んでしまったのが失敗だ。
もう少しアユムにでも、それとなく情報を仕入れておくべきだった。
けど、活動するための資金としては十分なものを手に入れたので良しとしよう。
「二人なら大丈夫よ。今見たじゃない」
知っているのと知らないでは大きく違うのだ。
だから、大丈夫だと二人に安心させるように笑みを向けた。
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揺れる馬車の中、二人の少年を向かいに座らせ、王都までの道を馬たち無理のないペースで進んでいた。
良い取引だった。
王都で活動していたが、これまで城内にコネクションを作るきっかけがなかった。
情報にせよ、売買にせよ、城内に手が伸びれば我がロデリック商会は更に安泰するだろうと思っていた。
そこに今回のレティシア様の話が来た。
あの人はいつも何年も空けた後ふらりと私たちの店を訪れる。
祖父の時も、父の時もそれは変わらなかった。
けど、今回初めて手紙をもらい、私が訪れることになった事への変化。
これは何かあったと勘が働く。
レティシア様は私を利用したい、私もレティシア様を利用したい。
そして、行ってみれば、良い品々と私が喉から手が欲しくなるコネクション。
もう少し吹っ掛けられるかと思っていたが、優しい値段で思わず疑いそうになったが、表情の裏に隠しておくことにした。
これからアユム様に飛竜の品々をどれだけで売ろうかと、そこからもっと先安定した取引が行えるようにするにはどうしたらいいかと頭を巡らしていると、正面左側に座っていた短髪の少年が声をかけてきた。
「鱗ですが割れている等理由を付けて、値下げしてもよろしかったのではないですか?」
そう言えば、この子たちはレティシア様に会うのは初めてだったか。
知らないのであれば、そう言うことを言える。
けど、知っていればそんな事は思わないし、口にもしないし、出来るわけがないと知る。
「そのようなことを口にしたら、私はお前たちを見捨てるよ。二人が勝手に言い出したことです、失礼なことを言うこいつらの命でもなんなりお好きにどうぞ、と。」
二人とも驚いているが、私としては当然のことだ。
レティシア様相手に喧嘩を売るようなことは、愚か者のすることだ。
「お前たち、覚えておくように。そういうクレームをつける相手は選ぶようにしないと命がいくつあっても足りないよ」
はぁと気のない返事が聞こえてきた。
そう言う危機に出会ったことがないからそう言える。
レティシア様が怒っているときは、出来たら別の大陸にでも逃げていたい。
それぐらいの怖さがあるのを知らないのは幸せなことだ。
「あと、私たちは商人です。それが真実でなかった場合、私たちは信用を失う。そうなれば、私たちは終わりですから、肝に銘じておきなよ」
実際にそうやって信用を失い、消えて行った商人をその目に見てきた。
今の言葉に真剣な目になる間は、まだこの二人にも見どころがある。
もう少し経験を積ませたあと、またレティシア様から手紙が来たら取引させてもいいかもしれない。
窓の外に目を向ける。
王都までまだ距離はある。
私は再び、アユム様との取引に思考を傾けることにした。




