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二話 辺境へ行く前に

 王都が一望出来る丘の上。

 しっかりと整備された草原が広がっている。遠くに見えてなお、大きく存在感を発揮している。ここから見える王都はとても整備されているが特徴的な建物の建て方をしているがそれが街の景観の一つになっているし、美しい城壁が四方を囲み綺麗な箱庭に感じる。肌を撫でる風が気持ちよく、草葉の匂いも、街中の喧騒もないのでランチなどにはもってこいかもしれない。

 私はあまり食べる方ではないので、しないけど。


「お嬢様、掃除が終わりました」

「ええ、ご苦労様」


 私は顔を上げないで声をかける。

 一番最初に声をかけてくるのは大体が、マリア。

 マリア・スカーレット。

 銀髪の髪に翡翠のような宝石のような瞳がハマった細い目。

 生きている人間であれば、誰もが振り返るだろう美人であり、飾られている人形であれば、人と見間違えるだろう姿をしている。

 手元に置いておくには贅沢な人形だ。

 冷たい印象の彼女なのだが、多分感情表現は私たちの中では一番感情表現が豊富な方だと思う。ただ、口はとても良いとは言えないけど。

 彼女は私に仕えることに誇りを持っているし、他の従者よりも一段と人間を見下している。


「せっかくの景色がこれでは勿体無い……」


 アルフレッドはそう言って周りを見ているようだけど、鼻につく香りですぐに分かる。

 濃い血の匂い。

 大きな血だまりを作っているのは大きな狼のようなものたちの死骸。

 一匹だけではなく、何十匹にも及ぶ死体。

 ここでお茶をしようとしていたところ、いきなり襲われたので、私達の従者四人に相手してもらっていた。

 話し合いというよりも会話する能力もないような知性の欠片も感じず、会話しようとしたこちらを一方的に向こう側から殺す勢いで絡んできたのだから、仕方ない。私の従者たち四人に相手をしてもらっていたわけ。

 未知の生物だったので、好意的な子がいたら色々と調べたかったのに、残念でならない。


「掃除というのであれば、もう少し綺麗に片付けて欲しいですな」

「それは私に言っているのでしょうか?」

「そうじゃないの?」

「そう言うのは私ではなく、ガレオンにやらせるべき」

「あぁ? 何で俺だよ。自分でやれ、自分で」


 横目で死体を見てみるが、普通の狼ではない。

 普通の狼は人よりも一回り大きいわけない。


「お嬢、こいつらは一体何なんだ?」

「さぁ、何かしらね」

「狼ってゆーにはちょっとどころじゃないぐらいデケーし、人狼にしては体格が良すぎる、ベオウルフにしては、こんな数で襲ってくるのもおかしいしよ」


 この世界には魔物がいる。

 人狼やベオウルフもその一種。

 動物と魔物の違いは知性と言いたいところだが、種類によっては動物並みの知能しかない者もいるわけだし。

 だったら、何が違うのかといえば、魔物には動物のような心臓はあるが、そこが潰されても死なない。

 だったら、何を潰せば死ぬかと言えば体内にある魔石だ。

 これが体外に出されたり、壊されたりしてしまうと魔物は死ぬが、そうしない限りはどこを潰そうが生きている。

 最悪、頭を潰してもまだ生きているから、復活した後にやり返されると言う事もあるわけ。


「さぁ、何なのかしらね」

「お嬢でも知らないものがあるんだな」

「お嬢様が知らないわけないでしょう。ガレオンの知識のなさに同調してあげているお嬢様の優しさだと何故分からないのでしょうか」

「あぁ? 何だとこのポンコツが」

「何でしょうか? 筋肉頭」


 従者たちのいつものやり取りに耳を傾けながら、本のページを進める。

 読んでいるのは近代の魔術書。

 理論の大本を構築したのは王国随一、世界最高峰、天才魔術師と持て囃されているアユム・レイエル・ナカハラ。

 今、この世界で使われている魔術の基礎は彼女が作ったとも言われている。

 人が魔法を使えなくなって困っているときに、彼女が作り出して一気に広まった。魔法に比べて、扱いやすさがあるらしいのだが、魔術の発動に必要な人を描く教養が必要で一部の人間しか扱えない。

 本の中身にも興味をそそられるものが多いが、それ以上にその天才魔術師にも興味を惹かれる。

 どれもこれもここに書かれているのは、今までこの世界の魔術師が使っていた技術の二歩も三歩も先を行くものばかり。

 どうやって、この知識を得たのか。

 普通ではありえないことなのだが、こうして結果としてある訳だから、方法は必ずあるのだろう。

 私の予想通りであれば、面白い絵になるのだが、厄介な相手にも鳴るかもしれない。

 ただ、いくらでも時間のある私の暇を潰せる相手であればとても良い。


「レティシアお嬢様、お茶のおかわりはいかがでしょうか?」

「ええ、い――」


 静かだ。

 とても静かだ。

 木々のさざめきや小鳥の囀りも聞こえない。

 さっきまで頬を撫でていた風も止んでしまっている。

 不自然なほどの静けさは不気味にも思える。

 誰がこんな事を出来るのか。

 想像もつかない。


「貴方たち、少し影に入っていなさい」


 本を閉じて、机の上に置く。

 椅子や机、椅子までが影の中にずぶずぶと沈んでいく。

 私の得意な精霊魔法。

 闇の精霊にお願いして行う影への収納術。

 彼らへの触媒も私の持つ魔力で賄えるので相性がいい。


「どうしたんだよ」

「こんなお茶会にお客様が着たみたいなのよね」


 それだけで全員が殺気立ち、身構える。

 ガレオンはそもそも交戦的であるが、他の三人はそうでもない。ただし、外敵に対して当たりが厳しい。


「貴方たちは下がっていなさい。私の客なのだから」


 全てが影の中に沈んでしまえば、あとは四人だけ。

 その四人も私が一瞥すれば、それ以上何も言わない。

 私の言う事に納得はしてくれない。

 けど、みんな優しいから、分かってくれている。


「お嬢様、何かあれば、その時は」

「ええ、その時は、ね」


 そう言って、四人とも影の中に沈んでいく。

 全員が沈んで、一息ついたところで、空に虹色の光が走る。

 自然にかかる虹とは異なるもの。

 その直後、手にしびれに似た感覚を覚えるが、動けないほどではない。

 私達一行は多くの戦いを経験してきているし、種族としても気配を察知することは不得意ではない。

 それにマリアは、私たちの仲で一番索敵能力に優れているのだが、彼女が反応を示していなかった。

 どれだけ離れたところから、人員を裂いて、こんな魔術を発動させたのか。

 私の期待に応えてくれる相手が草を踏みしめて歩いてくる音が聞こえた。


「あなたを迎える準備をしていたのに、来ないかと思ったわ」


 丘の向こうから歩いてきたのは、白いローブに身を包み、柄一つない目の部分だけ切り抜かれているだけののっぺりとした白い面をつけた人物だった。


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