十九話 解体は終わり、骨を砕く
解体作業も終わりが見えてきたある日。
「今度鱗とか売るために馴染みの商人を呼ぼうと思うのだけど、貴方たちも同席しない?」
そう言って誘ったのはサリーとソーニャだった。
どうしてなのか聞いてこないでいるところを見るに、分かってきてくれている。
端的に言えば勉強だ。
取引の仕方と言えば、少し固い言い方になるが、商人との話し方を知っておくのもきっとこれから役に立つだろう。
私が全部やってもいいのだけど、そのうちに村の人の間で商いをやりたいと思う人間が出来るかもしれない。そうなった時、村人同士で教え合いが行えれば、それに越したことはない。
「仕事の邪魔、になったりは……?」
「問題ないわ」
二人が顔を見合わせてから、サリーが代表して、「お願いします」と頭を下げて答えてきた。
馴染みの商人。
もう何代も前からお世話になっているというか、良くしてもらっている。
私の払いがいいからという事を言われたことがあるけど、こちらとしても高価で入手が難しい代物を融通してもらっているため、持ちつ持たれつの関係になっているとは思っている。
屋敷に帰ったら、手紙を書くことを忘れないようにしないといけない。
頭の中の予定につけ足しておいた。
二人から離れて周りを見れば、子供と男グループ、女性グループに別れて作業が続いていた。
鱗も肉も大量に剥ぎ取られたから、膨大なものになっている。
そして、私の従者たちは残った骨の処理に当たっていた。
「そっちはどうかしら?」
「あぁ? お嬢か。大体焼けたんじゃねぇの」
ガレオンが焼ける骨の前に座り込んで眺めていた。
窯で焼きたいところだったが、このサイズの骨が入る窯を見つけるのは至難の道というか、私が今まで見たことある場所ではまずなかったから候補から外した。作るという選択肢もあるのだが、それは一朝一夕で出来上がるものではないため、こうして量がある分時間をかけて焼くことにした。
火を使っていて、しかも超高温であるため、人が近づかないようにしているから、石に座ってガレオンはのんびりしている。
ガレオンにかかれば炎の強さ、それに周囲にその熱を通さないようにしたりといった調整は呼吸するぐらい楽なものだから、お手軽なのもあるけど。
「お嬢はいつものお茶の格好じゃねぇんだな」
「もちろんよ。みんなが頑張ってるのに、あの格好じゃあ何も手伝えないでしょ?」
今はプリント地のグレーのドレスに丈夫な麻布で作られたエプロン。
領民たちの服装よりも高価かもしれないが、これぐらいしか私の手持ちになかった。
ガレオンの前で一回ドレスを翻すように回り、満足する。
「お嬢でもさすがにあんな恰好じゃあ汚しちまうだろうからな」
「ふふ、そうね。どれもお気に入りしかないから、汚すのはね。それで、どうかしら?」
「あぁん? まぁ、いいんじゃね? 珍しい格好だし」
ドレスに日傘の格好も最近はめっきりしていない。
これが終わればまたそんな日常に戻るだろう。
ガレオンが火を消すと、焼かれた骨から煙が立ち上がっていた。
「この後はどうすんだ?」
「砕くのよ。粉々に、欠片も残らないぐらいに細かくね」
「私の出番というわけですね、お嬢様」
後ろを振り向けば、人の背丈はありそうな大きな槌を両手で持ったマリアがいた。
健気で献身的な彼女に微笑みを向ける。
「ええ、マリア。お願いね」
「はい!」
そう言って、思いっきり飛び上がったマリアがまだしっかりと熱が籠っている骨に向かってその大槌を叩き付けた。
しっかりと火が通っていたのか、スカスカになっている骨に対してはその大槌の威力は過剰なもので、一撃で粉砕された。
しかし、残った残骸や圧し潰されたものを見てみても、まだまだ原型が残っているものがほとんどで、欠片も残らないというには程遠い。
マリアは何度も何度もその大槌で、大きな塊を叩き付けていたが、どんどん細かくなっていく骨片に対しては効率が悪いと感じたのか、小さな槌に変えて両手に持ち、人を遥かに上回る速度で地面に叩きつけ出した。
「あと十二時間ほどやれば目に見えるほどの欠片はなくなるかと思います」
「人間がやったらぶっ倒れるな」
「当たり前です。私だから出来ることです」
「マリア、後はお願いね」
「はい、お任せください、お嬢様!」
地面に向かって目にもとまらぬ速度で槌を連続して振り下ろすマリアに背を向けて、肉を調理している女性陣のところに向かったところでアルフレッドに声をかけられた。
「どうしたの?」
最初は言い淀んでいたアルフレッドだけど、アンナが近寄り首を振ったところで諦めたように言葉にした。
「このまま行きますと、大量の肉を廃棄することになりかねないかと」
「どうしてかしら?」
「作業の速度に対して、肉の量が多すぎます」
アルフレッドたちの影から顔を出し、働いている女性たちの方を見る。
竈はずっと稼働しっぱなし、だけどまだ山のようにある肉を見て、納得するしかない。
女性陣は朝から晩まで処理をしてくれたり、出来る限りのことをしてくれているのは知っているし、この目で見ている。
これ以上にやれというのは、さすがに酷である。
だったら、別の手段を取るしかない。
「じゃあ、こういうのはどうかしら? 屋敷の地下室が今開いてるからそちらにガレオンに頼んで氷漬けにしておくってのは、それで村人たちに欲しいときに取りに来てもらうか定期的に配るの」
「…………」
アルフレッドとアンナが見つめ合って、双方頷く。
「ええ、それなら良いかと」
「そう、良かったわ」
今一度、肉の山を見つめる。
これを運ぶのもまた一つ大仕事と言えるだろう。
「アルフレッド、マリアと……ガレオンがどこかで暇そうにしてるだろうから捕まえてきて、あと男性陣に声をかけて、これを屋敷まで運ぶのを手伝ってもらいましょう。ええ、それと、さっき言ったように保管しているだけで、欲しいときに取りに来るようにと伝えておいてね」
「分かりました、レティシアお嬢様」
アルフレッドが一礼して、素早く行動を開始した。
「アンナ、私と一緒に一度屋敷に向かいましょう。詰め込む先決めておかないといけないから」
「はい、レティシア様」
村を上げての一大解体作業。
氷の季節越えを安全に迎えるためとはいえ、時間はかかった。
残りは商人との取引のみ。
村のみんなや従者たちは頑張ってくれた。
あとは私がちゃんと成果を出さないといけない。