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百五十三話 開戦前の一時

「あなたたち、あたしが見てないうちに勝手にここを抜け出してるでしょ……!」


 目を吊り上げて、客間に入ってきたのはフィオリだった。

 どうしてそんなに目を吊り上げて入ってくるのか理解出来ない。


「抜け出して何か不都合があるのかしら?」

「あるに決まっています! あなたたちはただでさえ問題を起こすのです! だから、ここで大人しくしていてくださいって言っていたでしょう!」

「まだ何も問題起こしてないのだけど?」

「今は、です!」


 あぁ言えばこう言われてしまう。

 フィオリの怒りは一向に収まる気配がない。

 問題を起こしていないのは事実なのだけど、認めてはもらえない。

 それにいつも問題を起こしているのは私たちではない。

 問題はいつも向こうからやってきて、私たちはそれに対して受け身になっている。

 まぁ、問題が起きるのが分かっていて放置していたことは多々あるのだけど。

 それでも私たちから起こしたことなど……数えるほどということにしておこう。


「私は言い付けを守って、しっかりここにいたわよ?」

「あなたの従者です! ちゃんと主人なのですから、従者の管理もしてください!」


 私が従者の方を向けば、誰もが首を振る。

 そう言うことだという風にフィオリに向き直ると、ぎゅっと握りしめている手が強く握りすぎているのかプルプルと震えだしていた。


「そこの……えっと!」


 指差した方向を振り向く。


「ガレオンがどうしたの?」

「そうです! あなたです! 城下で目撃されています! あたしのところまで報告が来ているのですよ!」


 ガレオンは言われてもただニヤニヤと笑みを浮かべているだけで何も言わない。

 面倒なやり取り自体する気がないということだろう。


「あたしだって、外に出たいの我慢してるのに……!」

「じゃあ、連れて行ってやろうか、聖女さんよ」


 ガレオンが言い口実が出来たとばかりに誘いをかける。

 その言葉にフィオリは顔を上げるが、先ほどまで吊り上がっていた目は今はキラキラと希望に満ちたものに変わっていた。


「い、いえ、そんな誘いに乗りません! 魔族の誘いなどあたしが乗るわけないでしょう!」


 自制できるぐらいの理性は残っているらしい。

 だけど、私もいい魔族ではない。

 魔族らしく甘言を繰り出そう。


「マサキを呼べばあなたも外に出れるでしょう? そうしたらどうかしら?」

「そ、それは……」


 フィオリにも分かっていることだ。

 分かっているがそれは取れない。

 マサキも頼めば多分、気軽に了承してくれるだろう。

 だから、簡単に言うことが出来ない。


「や、やりません! あたしは聖女としてあなたたちを監視しておく義務があります!」

「そう偉いわね」


 彼女にそう言ってあげると、不満そうに口を尖らせる。

 そして、部屋の片隅に立てかけられている鎧を睨む。


「あれは何ですか?」

「今度の戦場で着る鎧を新調したのよ。今まで持っていたのもあるけど、神様からの授かりもの(ギフト)で壊されるのも嫌だから」


 魔王軍にいたころから着ている鎧は持ってはいるのだが、あれは特別製だ。

 魔界での技術がふんだんに使われている。

 そのせいで人間界では、いや、現代の人間界では再現不可能に近いものになっている。

 それを出して、壊されてしまうのは私としては当然だが避けたい。


「あなたに鎧など必要ないでしょう」

「ドレスで戦場に立てっていうの?」

「それでも問題ないのが魔族の体でしょ?」


 私たちの体は魔石がある限り再生が可能で、フィオリの言う通り鎧は不要でもあるのだが、それでもその部位が使えない時間を無くすという意味では鎧はあって損はない。

 それに今回用意した鎧はある意味で特別製だ。

 私の体に合わせたというよりも、私の体が吸血した血の量で変化するのもあって、フルプレートメイルでは何かと不都合が多い。

 全身を守るのが一番ではあるのだが、自分の体がそれに合っていない。

 だから、関節の位置を固定しないように手甲、肩から胸元まで覆う鎧、腰から下を守るためのスカート上の鎧と脹脛から踝までの脛当てのようなものの四つ。

 もっと分けてもいいのだが、これでも着こむのは面倒である。

 これ以上はもっと面倒になりかねないとして、これだけにしておいた。

 それに大事なところは守れているので十分だろう。


「そうは言っても神様からの授かりもの(ギフト)持ちの人間が多く出てきたら面倒なのよ。私たちの体は特別に頑丈ではあるけど、それでも彼らは軽い力で私たちの体を壊しに来るのだから」


 魔族の体だろうが関係はない。

 それは女神の持つ力の一端。

 この世ならざる者の力だ。

 この世で生きる人間にとってはひとたまりもないものであり、私たちも例外ではない。


「あなたが戦うこともないと思いますけどね」

「そうであることを願っているわ」


 それでも横槍を入れることは私たちの中で決まっているのだけど。

 激しい戦いの中、味方から撃たれてしまい死んでしまう悲劇は起きてしまうものだ。

 これはあり得ることで、私たちはそれをなそうとしているのだから。


「そろそろあたしたちも移動が始まる季節です。もう二度と抜け出そうなんてしないでくださいね! いいですね!」


 フィオリが強く言い。

 部屋を出て行く。

 そんな季節が近づいてくるのかと、窓の外を眺める。

 私の領は大丈夫なのかと、少しだけ考えてしまった。

謝辞


いつも読んでいただきありがとうございます。

いいね、評価、ブクマ、誤字報告もありがとうございます

これからもどうか、本作「美少女吸血鬼の領地経営」をよろしくお願いします

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