百五十二話 納期
ソーニャが机の上に置いた銃。
見慣れない形状のものだ。
それがどうしてこの場に出てくるのか分からない。
「これは……?」
「帝国製の銃です」
帝国製の銃。
貸してくれたのはイーラさんだろうか。
「私たちの領を襲撃してきた帝国の人たちが残していったものの一部です」
帝国の人はいるのだけど、それを言ってしまうと面倒になりかねない。
レザード様は口については信用は置けるのだが、それはお金のやり取りしている間だけ。
王城に繋がりを持っているため、お金を積まれたりしたら軽々と話してしまいそうだからだ。
レザード様が手に取って確認するが、銃身が折れてしまっている。
「壊れていますね」
「はい、このような物がまだ大量に領内にあります。こちらを修理してもらうのであれば、もっと納期を短く出来ないでしょうか?」
なるほど。
一から作るだけではなくて、今あるものを改修して使うことにするのか。
ソーニャは凄い。
私と違った視点を持っていて、色々なことを思いつく。
柔軟な考え方しているのを羨ましく思う。
レティシア様にもサリーは少しだけ硬く考えすぎることがあると言われたことがある。
「見たところですが、直せないものではありませんね……いえ、素人の目ですので、しっかりとした職人に見てもらわないと正確な状態は分かりませんが」
「はい、それで構いません。他にもまだありますので、全ての状態を確認していただければと思います」
これで銃の必要数は少なくなる。
値段交渉するにしても多少安くできるかもしれない。
「これでしたら、銃に関しては納期が短く出来るようになりますね」
後は重火器なのだが、私にも思い浮かんだものがある。
レティシア様のようなやり方であるのだが、今ここでは悪くない手ではあるはずだ。
「私とソーニャの宝石、それともう一つこれを」
先程の赤い物とは対照的な青い宝石だ。
これで少しばかりは足しになるはず。
「これだけありましたら、さすがに大きな工房の一つぐらいは私たちのために稼働させてもらえるのではないでしょうか?」
仕事の順番というのはある。
あるのだが、お金を積むことで割り込めることも出来る。
ユリナ様がそんなこと言っていた気がした。
レザード様が考え込むが、すぐに顔をこちらに向き直した。
「交渉を行ってみましょう。それでしたら、納期の方は後日お伝えすることになりますが……」
「いいえ、ここでいつ納めてもらえるか言ってもらえないでしょうか」
まだどこで作成を行うのか決めていないようにレザード様は言っている。
だから、こんな事を聞いても普通なら答える事なんて出来ない。
レザード様ならどうだろうか。
この人は私たちの力知っている。
そのために出来るだけお金を引っ張れるようにしたいと思っているはず。
レザード様との会話で、レザード様は全く隙を見せない。
私たちが会話を引っ張ってると思っていると、一手で逆転されてしまう。
そんな怖さがある。
そして、私たちはレティシア様に教えてもらって、商人の人たちと話して、安く仕入れさせてくれたりしてもらった。
けど、レザード様がいるのはその最前線。
私たちが行っている現場に比べて、天と地ほどの違いはある環境で毎日儲けが出るように働いている。
そこにすぐに対抗できるなんてわけがない。
私たちではまだまだレザード様をどうこう出来る技量がないのは重々承知している。
それでもただで負けていいはずがない。
そうでなければ、私たちが今までレティシア様の下で学んできたことが無駄になってしまうからだ。
「それは……なかなか難しい事かと。私は職人でありませんので、一つ作成するのにどれだけの日にちが必要であるか、やはり本職である職人の方々の意見を聞かないと判断のしようが」
「私たちも状況としては逼迫しています。悠長に待っているほど暇はありません」
私はしっかりとレザード様を見る。
ソーニャには助け舟を出してもらったのだ。
ここは私がやらないといけない。
「いつ最前線の領になるのか分からない私たちにはその力がどうしても必要なのです」
「……分かりました」
レザード様が頷いた。
「氷の季節の半ばです。これ以上は出来ません。それに私たちに支払うもの次第でございます」
「それなら何も問題はございません」
私がそう言い切ると、ユリナ様が指を鳴らす。
その足元には麻袋に詰められた、数々の宝石が入っている。
「如何程になりますでしょうか」
▼
帰りの馬車。
私としては上々の結果に終わったので気分がとてもいい。
頑張ったのは私ではなく、サリーさんとソーニャさんなのだけど。
「サリーさんにソーニャさん、今日はありがとうございます」
頭を下げると、二人は驚いていた。
なぜ驚くのか私には分からないのだけど。
「いえ、私たちは……いい結果とはいかないものでしたし」
「わ、私は何もしていないので、そ、そんな!」
「謙遜もいいですけど、私の感謝の気持ちも素直に受け取ってください」
あまり謙遜しすぎると卑屈に見える、だっけ。
そんなようなことを聞いたことがある気がする。
それに私では出来なかったことを二人はやってのけたのだ。
重火器も銃器も開戦前に、届けられることが確約された。
イーラさんたちに伝えて訓練の日程も組める。
良いこと尽くめじゃないか。
「それなら……はい」
サリーさんが納得は言ってないようだけど受け取ってくれた。
どこに納得いかない要素があったのだろうか。
「これで領を守る防壁の方に集中することが出来るのですから、良い結果を二人は出してくれたと思いますけど?」
「いえ……金額にしても納期にしてももう少しやりようはあったのではないかと思います」
宝石の大半は手放すことになってしまった。
けど、それは納期を縮めたことが原因ではないはずだ。
「けど、あれ以上縮めてしまっても、金額はどんどん上げられていくばかりですよ」
新幹線が在来線に比べて、とてもつもなく早い時間で遠い場所までいけるのもそれがあるからだ。
「時間も買っていたのですから、仕方ないですよ」
「そ、そうですよね。けど、レティシア様ならもう少し……って思っちゃって」
二人はレティシアのことをすごい人物だと思ってる。
実際にすごいのだけど、そこまで神格化するほどでもない。
レティシアの能力は高い。
ただ二人のように交渉が出来るのかと言ったら、私としては首を傾げてしまう。
それに最適化出来ているのかと言えば、出来ていない。
私が日本で勉強してきた知識の方が進んでいるのは確かなのだが、レティシアの場合独学でやってきたのか無駄な部分は多い。
教えればすぐに学んでしまうのは、レティシアの地頭の良さによるものだろう。
「レティシアにも出来ないことはありますよ。帰ってきたら聞いてみると良いですよ」
二人が怪訝そうな目で見てくるのだが、事実なのだから信じてもらえたら嬉しいのにと思う。
馬車の中は、先ほどまでの緊張感はない。
窓の外を眺める。
平和な風景。
これがずっと続けばいい。
けど、そういうわけにもいかない。
ここはちょっと野蛮過ぎる。
日本に比べて、血を見る機会が多い場所だ。
私たちの居場所を守るために、侵略者の排除が求められる。
それだけの力を私も持ってしまっていて、守る必要も出てきた。
自分だけではだめだ。
もっと広く、私の両手で掴めないほど多くの人たちを守ってあげなくてはいけない。
「レティシア、こっちが攻められないように、存分に暴れて注目されていてよね」
戦場ではレティシアの姿は目立つだろう。
少女が鎧も身に着けずに歩いているのだ。
あんたが相手に余力まで奪うほど暴れてくれたら、私たちの勝ちは保証されるというもの。
だけど、心配事も一つ。
「フィオリの胃は大丈夫かな」
小さな子供と言っても聖女でレティシアを監視しているのだが、そうなっていないことを祈るばかりだ。
謝辞
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