百四十八話 氷の思い出
馬車の中、閉じていた瞼をゆっくりと上げる。
お嬢が座る隣にはマリア、俺の隣にはアンナが座っていた。
「ようやく起きたのですか」
「あぁ?」
目の前の女も目を閉じているのだが、どうやってそれで見ているのだろうか。
気にならないが、俺ばかり言われるのも癪だ。
「お前だって、目閉じてるだろ」
「私は目だけで見ているわけではありませんので、閉じていても何も機能としては問題ありません」
どういう仕掛けなのかさっぱり分からん。
隣に首を向けると、アンナは首を振るだけ。
お嬢の方に目を向けるが、お嬢は何かの書物を読んでいて、興味は全くなさそう。
だが、どうやら俺の視線に気が付いたのか本から目を上げてくる気配はないがそのまま声をかけてきた。
「私もマリアの全てを知っているわけではないわ」
「じゃあ、どれぐらい知ってんだ」
「彼女が神造兵装のある意味到達点であるということ」
お嬢の隣でマリアが腕を組み、胸を反らした。
偉そうで腹が立つ。
だから、どうしても語気が強まってしまう。
「どういうことだよ」
「武装一つ一つの美しさ、そして、全てが神造兵装と同等。そして、私の外見でしょう。このフォルムは私を作った者のデザインセンスの良さを表わしています。美しさであれば、お嬢様の上ですが」
「そんなことはないわ。美しさで言えばあなたの方が上よ、マリア」
二人が何やら譲り合いをしているようだが、そんなことはどうでもいい。
「それでどこが到達点なんだよ」
「間に挟まらないでください、筋肉頭」
「あぁ?」
「そうね、一つは神造兵装でありながら、様々な神造兵装が扱える点よ」
お嬢は未だに本から目を上げようとしないのだが、しっかりと内容を理解しているのだろうか。
ま、俺にはあまり関係ない事だからいいんだが。
「マリアが持つ武装、それは神造兵装なのだけど、私でも理解出来ないような造りの物が多くて、機能等についてはさっぱりな部分が多いわ。けど、この子は全てを把握して十全に使いこないしている」
そうなのか。
俺から見たら、前の時もそうだったが力任せに振りかざしているだけに見えたのだが。
「もう一つ、この子には知能がある」
お嬢の口元に笑みが浮かぶ。
「神造兵装というのは、私が持っている物、出会ってきた物は、基本的にその機能しか持っていない。それ以上のことは不可能だし、それ以外のことなど出来ない。マサキの目は精霊を見て、操ることが出来るのだけど、魔界に繋ぐ門を開くことが出来ない。それはあの目が精霊王の目であり、魔界に繋ぐ門を開く効果を付与されていないからでしょうね」
それはそうだろう。
神造兵装と言っても、道具に過ぎない。
人が作った、神の力の模造品。
誰かが使うことを想定して作られている。
「もし、マリアに知能がなければ、ただの殺戮人形だったのだけど、ちょっと使い勝手が悪いわね。命令してもその通りにしか動いてくれない。融通も効かないしで、今みたいに色々お願いも出来ないわけだし」
お嬢がそう言っているが、この女、今だって融通は効かない。
お嬢の命令には絶対に忠実で、曲げないし、突き進むのだが分かっているのだろうか。
そして、隣で嬉しそうに胸を反らして誇示してくるのも若干不快だ。
そもそもこいつとは馬が合わないので、そう思ってしまうのも仕方のない事だと思う。
命令にしても、気が乗ればまぁやる気が出て、少しは忠実にやろうとは思うのだが、気が乗らないものはやりたくないし、やれと言われても全くやる気も欠片も起きない。
しかし、目の前の女は全くそんなことはない。
お嬢の命令とあれば、何でもこなす。
それも嬉々としてだ。
男に抱かれて情報収集して来いって言われてもしてきそうだ。
抱かれた男は幸せかもしれんが、その後本当に昇天させられそうだがな。
マリアは人間が嫌いだし、そういう目で見られるのも嫌悪している。
だったらなんで、美しさを保つためかと言えば、お嬢のためだろう。
全てはお嬢のため。
それがこの女の行動理念だ。
「人形であるなら、そっちの方が正しいんじゃねぇのか」
「ええ、そうね。けど、ただの人形でないから、私の手元に置いているのよ」
お嬢が初めて本から視線を上げてこちらを見て、微笑んだ。
「私は満足に神造兵装を扱うことが出来ないし、勇者の武器を使うことは出来ない。瞬時に氷や炎を操ったりも出来なければ、すぐに全力で拳を振るうことも出来ないわ」
魔族の中で吸血種というのは強い部類ではある。
ただし、血が十分に吸えているのであればという条件が付く。
お嬢の場合はわざと吸っていない状態を保っているのだが、そのせいで魔界にいた時、魔王軍で他の将と並んだ場合でもなめられる立場にいた。
それもそうだ。
自分から弱くなっているのだから。
魔界では力が全てだ。
弱い者はそれだけで舐められ、殺されても仕方のない。
「それを行えるあなたたちはとても希少で、私の大事な蒐集物よ」
お嬢の出来ることは少ない。
ただ、それでも俺たちを引き寄せる何かを持っているのは確かだ。
じゃなければ、俺がこうしているわけがない。
「お嬢、まだ王都には遠いんだな?」
「ええ、まだずっと先よ」
それだけ聞けば十分だ。
俺は瞼を閉じた。
▼
お嬢との出会いは魔界だった。
俺は一人だった。
いや、俺が一人でいるところにも元々の主がいて、家臣なのか手下だったのか分からないがいたのだが、俺がここに居座る時に全部殺した。
だから、俺はここでいる。
元々、火山だかなんだかで尋常でない高温で誰も立ち寄らなかった場所だ。
けど、俺が全員殺したところで、全てを白く染め上げた。
ドロドロと溶け出した溶岩も凍り付かせれば、新たなオブジェのようになり、森のような様相になっていった。
この一帯を凍らして、俺はその中で一人寝ているときに、マリアとアルフレッドのおっさんを連れて現れたのが、お嬢だった。
「あなたを魔王軍に勧誘しに来たのだけど、どうかしら?」
女性にしては高い身長、この白い世界でも輝いて見える銀の長い髪。
美しさは隣にいる女と同等か、いや、隣の女にはない妖艶さがある。
「あぁ? んなの、俺にはどうでもいいんだよ」
「私も魔王様直々の命令なのだから、それを聞いてあげることは出来ないわ」
二人が下がり、銀髪の女が一歩前に出る。
「それなら、やることは決まっているわ」
銀髪の女が踏み込めば、地面が割れた。
「こちらの方があなたは好きでしょ?」
「あぁ、間違いねぇな」
自分の口元が笑っているのを感じた。
そこから、三日なのかそれ以上なのか分からない。
ずっと戦っていた。
ここに居座っていたやつにも見せたことがなかった本気を見せても、まだその女は戦意を喪失させない。
それどころか、そんなものかとただの力でねじ伏せようとこちらに挑んでくる。
邪魔もない。
ただ思うがまま、全力で力を振るう。
銀髪の女も最初はドレスだったのだが、徐々に破れていく。
そして、それがただ体の一部を隠すだけの布に代わる頃に決着がついた。
最後まで立っていたのは銀髪の女だった。
地面に伏せているのは俺だ。
とどめを刺すように銀髪の女が爪を伸ばすが、途中で止まる。
「憐れみでも向けようってことか?」
「いいえ、違うわ。あなたのこと気に入ったの」
銀髪の女もかなりの出血をしているのだが、全く意に介していない。
「魔王様の下に連れて行こうかと思っていたのだけど、止めましょう」
それなら、一体これまで何がしたかったのか。
ただ戯れにこんな事がしたかったのか。
それなら随分な気狂いだ。
「あなた、私の下に来ないかしら?」
銀髪の女が俺に手を伸ばしてきた。
それをどうしたのか、言わなくても分かっているだろう。
謝辞
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