百四十七話 領主代理
レティが涼風の季節の終わりに領を出て行った。
アタシとゆりなはそれと同時に行動を開始した。
防壁の改修はもう仮の図面だが渡して、職人さんたちに任せてしまっているらしい。
全然知らなかった。
そのせいでゆりなはずっとレティのことをぶつくさと言っていたんだ。
「ねぇ、ゆりな」
「何」
アタシの隣を歩くゆりなはいつもの仏頂面。
何やら最近、日光が眩しく感じるらしい。
レティもよく日差しを歩くときには日傘をさしているのだが、それと関係あるのだろうか。
吸血鬼になると日光に当たったら溶けちゃうのだろうか、などと思考が逸れてしまったので頭の中で軌道修正を行う。
「日本のことまだ覚えてる?」
「当たり前でしょ」
「そっかー……」
それが少し羨ましい。
アタシの記憶はどんどん抜けて行ってしまっている。
まだ昔のことだからただ忘れてるだけってこともあるかもしれない。
小さい頃だから忘れてることの方が多い記憶だけど、それでも遡ることが出来ない。
どうして、と思う。
けど、きっと、これのせいでというのは分かっている。
分かっている、というよりも感覚的にこれだなというものはある。
「あんた忘れてるんだ」
「え? なんで分かるの!?」
びっくりした。
表情にも出していないつもりだし、そういう雰囲気も出していなかったと思う。
もしかして、ゆりなってエスパーなの!?
驚いてまじまじと見てしまうが、ゆりなは私の方をちらりと見るだけで、大きくため息を吐いて前に向き直った。
「どれだけあんたと一緒に行動してると思ってんの? それにあんた隠し事下手過ぎ。全部顔に書いてあるから」
「へ? 嘘嘘! アタシ、めっちゃもう普通にしてたし!」
実際、最近気が付いたことだし、慌ててはなかったはず。
ちょっとだけ嘘。
自分の過去の記憶がない事にちょっとだけ、ほんのちょっとだけ暗い気持ちになった。
それでもそれをゆりなには伝わらないようにしたし、気のせいだと頭の片隅に追いやったり、楽しいことをして忘れるようにしていた。
「普通このタイミングで聞いてこないでしょ、そんな事」
「そうかな?」
「そう。前振りもなく突然、日本のこと話すとか何かあったなってかかる方が普通」
「そっかー……」
そのままこの話題を流そうとしたが、ゆりなは流されてくれなかった。
「それでどうしてそうなったのか、分かってるんでしょ。教えなさい」
ゆりなはどんどんレティに似てきたような気がする。
「えっと……多分、精霊にどんどん近づいてるから、かな」
「その目のせい?」
「うん、あと多分、精霊の主が空席、なのかな。こんなにも精霊はいるのに」
たくさんの精霊がこの世界に溢れている。
家の中、畑、家畜小屋、山の中。
他にもたくさんの場所にいる。
それを知るのはアタシとレティだけ。
「選ばれちゃったから、アタシ。みんなに選ばれちゃったから、そうなっちゃったみたい」
「……本当にろくでもないところね、ここ」
ゆりなの顔は髪に隠れて見えない。
怒っているのか、悲しんでいるのか。
怒ってくれるのは嬉しい。
けど、憎んでいるならちょっとだけ嫌。
複雑だなーって思う。
けど、アタシってそういう感じだしね。
「アタシはここも好きだよ。いろんな人に会えたし、ゆりなに出会えたし」
言いながら、ゆりなの顔を覗こうとして、横から見てみたが顔を逸らされて見えない。
「……よくそんな事素面で言える」
「もしかして、照れてる?」
「照れてない」
照れているか照れていないか話していると一軒の家の前に到達する。
そこまで来ると、ゆりなは顔を上げて、わざとらしくコホンと咳をした。
さっきまでのいつもの屋敷で過ごす時のようなリラックスしたような顔ではなく、真剣な表情に切り替わっている。
アタシもそうした方がいいかもしれない。
顔を作ろうとすると、
「あんたはそのままにしてれてばいい。わざとらし過ぎる」
酷い評価をもらった。
だから、私はいつもの顔、ゆりなからはへらへらした顔と言われるものでゆりなの隣に立つ。
ゆりなが扉をノックすると、扉の向こうから「はい」と返事がした。
そして、ゆりなが扉を開けるとそこにはサリーさんとソーニャさんが席に着いていた。
「ごめんなさい、少し遅れました」
「いえ、そんなことありません、領主代理様」
ここはサリーさんの家。
前に丸く切り抜かれてしまったけど、それを直そうとしたけど、立て直した方がいいということでレティが立て直していた、と思う。聞いただけだから、ちょっとだけ自信がない。
「畏まらないでください、お二人の方が私より上ですから」
ここでの年齢だと確かに二人の方が上かも知れないが、ゆりなは年齢が結構逆行している。
だから、見た目よりも本当は大人。
二人と同年齢ぐらいかもしれない。
「いえ……さすがにそれは……」
「そ、そうですよ。私たちは、その、よくしてもらってますけど、その、それでも、ただの平民ですから」
ここで、じゃあ、アタシの立場ってどれくらいってゆりなに聞いたら怒られそうだから、お口をチャックしていた。
「分かりました」
ゆりなはもうそれ以上言わない。
その扱いを受け入れたってことなのだろうか。
「どうぞ、領主代理様、お座りください」
サリーさんに椅子を勧められて、アタシたちは並んで席に着いた。
「それで私たちにどのような御用でしょうか」
「私の代わりに交渉してもらいたい相手がいるので、お二人の力を貸してください」
ゆりなが頭を下げると思って、アタシは頭を下げかけて止めた。
隣に座っているゆりながしてないのに、アタシだけ中途半端な姿勢になってしまった。
恥ずかしくなって、すぐに戻したけど。
ソーニャさんとその時に目が合って、眉尻が下がった笑顔を受け取ることになった。
ちょっとだけ恥ずかしい。
見られてた。
「誰でしょうか、それと何をでしょうか」
「相手はロジック商会のレザード・ジーニアス・ロジック氏。手に入れたいものは防壁に配備するための重火器、後は第五騎士団に回す銃器に予備の弾」
剣類は鍛冶職人に声をかけて、頼んでいる。
そこそこお金はかかったみたいだけど。
「領主代理様はここでも戦争を起こそうと思っているのですか」
サリーさんが鋭い目つきで、ゆりなを見ていた。
普段とは違う厳しい表情をしていて、思わず背筋が伸びた。
「いいえ、このフィリーツ領を守るために必要だからです」
「けど、交渉して欲しい物は全部武器ですよね、そんなものを揃えては目を付けられてしまうのではないですか」
「この備えは必要な物です」
厳しい顔をしているサリーさんに真面目な顔だが、熱くならないで冷静に答えるゆりな。
私とソーニャさんは少しだけ蚊帳の外になっている。
「何も起きなければ、そのまま村の備えとして使えます。そして、万が一何かあった場合、武器がしっかりと整備されていれば対応することが出来ます」
そこでゆりなが言葉を切る。
ゆっくりと息を吸って、口を開いた。
「無抵抗でやられてやるものですか」
アタシたちがもっと早くに力を正しく使えていたら、と思う。
そうしたらアタシたちはこんなことになっていたかもしれない。
一方的にやられたのは過去のアタシたち。
抵抗は無駄だと奪われるばかり。
奪われる方に選択肢はない。
ゆりなもアタシもそれは二度とごめんだ。
命はあってもあれでは人として死んだようなものだから。
それなら私は人として死にたい。
「あ、あの、領主、代理様」
ソーニャさんが手を上げて、発現する。
「また、あの、その……前みたいにここで戦うのでしょうか?」
「いいえ、防壁のところです。領内に入れないように尽力します」
ソーニャさんが胸に手を当てて、ホッと息を吐いた。
戦いは怖いから、安心するのは分かる。
「予算はどれぐらいでしょうか」
「真咲」
「はいはーい」
ゆりなに言われて、自分の影に手を入れて、宝石の原石を数種類取り出し、机の上に並べる。
ソーニャさんが目を丸くして見つめて、サリーさんが
「宝石ですか……商人の方から、貴族の人たちに人気で高騰しているとは聞いてますが」
「他にも、まだたくさんあります。金貨袋で言えば、二百以上は用意できるかと」
サリーさんが目を閉じた。
それが肯定なのか否定を表わしているのか分からない。
だけど、ゆっくりと目を開けると、ゆりなをしっかりと見つめていた。
「分かりました。私がレザード様と交渉を行いましょう」
「ありがとうございます、サリーさん」
さっきまで厳しい表情を崩しているが、その目は燃えていた。
「ようやく私の番が回ってきたので、次は勝ってみせます」
アタシとゆりなは何を言っているのか理解できず、首を傾げたが、やる気があるのならいいのではないだろうか。
とりあえず、今日二人に確認することはこれだけだから、ゆりなと席を立とうとする。
「それでここにレザード様を呼ぶのでしょうか?」
「いいえ、ポートリフィア領に来る用事があるみたいなので、そこで話を進めます。レザード様には伝えてあるので」
「いつ出発でしょうか?」
ゆりなが笑う。
すごいレティっぽい。
「明日の日が上り切る前よ」
謝辞
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