百四十六話 移動
火の季節が終わり、残火の季節に移り行く。
何事もなく過ぎていくのが嘘みたいだが、今日もやってきたフィオリによって打ち破られた。
「それは本当の事かしら?」
「はい」
いつもの子供のようなフィオリではなく、聖女の振る舞いをしている。
「次の氷の季節から開戦まで、レティシア・ヴァリアス・アドガルド・フォン・スカーレット男爵には王城であたしの管理下に入ってもらいます」
「拒否権は?」
「ありません。正式な書状は後日届きます。断わってもいいですが、良いことは起きないと思いますよ」
フィオリは真面目な顔でこちらに言ってきている。
だったら、これは陛下からの通達と受け取ってもいいかもしれない。
「従者たちも連れて行くわよ?」
「構いません。織り込み済みです」
それならば、話も早い。
「承りました、聖女フィオリ・レイエル・ナカハラ様」
フィオリに合わせて、芝居がかった言い方をしてみると、フィオリはこちらに嫌悪の表情を向けてきていた。
酷いものだ。
そちらに合わせてあげたというのに、そういうことをしてくるなんて、ちょっと傷つくわ。
「分かってもらえればいいですが……」
王都に行くか。
荷物も多くなりそうだし、早めにアルフレッドたちに頼んで用意してもらうか。
そう言えば、というように思い出した。
「陛下にあげたあの男は殺されたのかしら?」
「……いえ、そのようなことは聞いてない。けど、陛下が便利に使えると喜んでいた、って」
従属の契約というのはそういうものだ。
契約する方に高度な魔術の知識と多量の魔力、または精霊を行使出来る力がないと契約を発動させることが出来ないから、そう易々と行えないのだが、結んでしまえば大きな強制力を生む。
そして、契約を結ばれる方に同意させることが出来れば、成立してしまう緩さも魅力だ。
同意も、相手が望む望むまいと関係ない。
一言言ってしまえば、鎖が巻き付き、契約者に縛られる。
縛りも、私の従者たちのように緩くすることも出来るし、パトリシアのように様々な行動を縛ることも可能になる。
そして、ただの人にそれを解除するのは不可能に近い。
契約自体が強固であり、契約者との魔力差や力量差が大きくないと無理矢理突破も叶わない。
私がフィオリやアユムの契約を無効に出来るのはここが大きい。
二人が付けているサークレット、名前は『一から無限を』だったかしら、あれが本当に無限に近い魔力を生み出して、行使することが出来るのなら私が無効にすることは不可能だ。
けど、人の体はそうは出来ていない。
魔力の出力は自分の内にある魔力量以上使えない。
いくら魔力を増やしても、出力が決まっているので私との差は埋まらず、無効に出来る。
無理矢理出力を増やしても、一度広がった穴は塞げない。
そのままずぶずぶ出力量が多くなって、魔力が無くなり枯渇するのかどうなるかは分からない。
魔族はそもそも魔力を操るので、人間が何人も力を合わせて行うことを一人でこなしてしまうほどなので、そんな間抜けな者はいなかった。
だから、私が契約を結べば、ほぼ解かれることはない。
使い勝手のいい契約だ。
「帝国に帰して、安全に情報を得ることが出来るし、便利よね」
「安全って……」
「安全よ。それに罪人で、敵国の人間よ。価値があるから生かしてあるのだけど、この国の者ではないわ。それぐらいやらされることをしたのだから当然でしょう?」
フィオリがなぜそう複雑な顔をするのか分からない。
この国に害を与えてきたものだ。
多少の益をもたらしたところで、帳消しにできるわけがない。
「……彼のおかげで、一部ではありますが、まだこの国に侵入していた諜報部隊、そしてそれを支援していた者たちを捕らえることが出来ました」
ずっと潜んでいればいいものを危なくなったとすぐに逃げようとするからこうなる。
捕まるのが早いか遅いかの問題だったかもしれないが。
「部隊を率いている者も捕まえて、どうやってかは不明ですが従属の契約を結び、さらに情報を引き出しているところだという報告は受けています」
従属の契約か。
諜報部隊でもそうなってはもう隠し事も出来ない。
どうやって、そんな者と契約を結んだのか、きっと愉快な方法を取ったのだろう。
フィオリが何やら考え込んでいた。
「どうしたのかしら?」
「いえ……あたしは報告を受け取っているだけなので分かりませんが、よくそのような者と契約を結ぶことが出来たと……陛下のお力ということでしょうか」
フィオリが目を輝かせている。
そんな御大層なことをしているとは私には見えないのだが。
一つ夢を壊してあげよう。
「手段としては簡単よ。駒もあることだし」
「何をいっているんです?」
「どうやったのか、私だったら、だけど、やり方を教えてあげるわ」
フィオリが真剣な顔になる。
そんな真剣に聞くことでもないのだが。
「まずその隊長さんに家族や恋人がいると仮定するわ。帝都にいる男を使って調べさせてもいいし、そいつに聞いてもいいわね。隊長さんの大事な人を帝都にいる男を使って拉致してくるの」
フィオリがショックを受けたような表情をしたが、それを一番に思い浮かべるべきだ。
家庭を持っていなくても、何かしらで大切な人はいるだろう。
それがこんな野蛮な行為とは無縁な者が好ましい。
「拉致してきた大事な人をね、その人の前で拷問するの。拷問というよりも暴虐ね。若い女性なら凌辱してもいいわ。死なないように、けど、心が壊れるぐらいのことを目の前でしてあげるのよ。一人で折れないなら、どんどん連れてきたらいいわ。罪のない者たちが傷つく様子をしっかり見させるの。目を逸らすなと、お前のせいで罪のない大事なの人たちが壊れていくぞって」
私の語りにどんどんフィオリの顔が歪んでいく。
それもそうだ。
心を折るのだ。
思いつく限りの残酷な手段を取るのが普通だ。
その想像力が欠如していてもしょうがない。
フィオリはまだまだ世界を知らない子供なのだから。
「王国にとってはいい事ばかりよね? 上手くいかなくても帝国の人間の数が減らせる。極少数だけどね。上手くいけば帝国の情報が手に入るのだからね。やり方としては、やっぱり――――」
「もういいですっ!」
フィオリの声に割り込まれた。
ここからが楽しいのに、残念でならない。
「私は出て行きますから、さっき言ったこと忘れないでくださいね!」
そう言って、執務室の扉から出て行ってしまった。
誰もいない執務室。
フィオリが出て行ってしまったので私は一人書類の整理に取り掛かることにした。
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フィオリに言われた通り、立派な書状が届けられた。
そして、氷の季節を前にして、私と従者四人は王都に向かった。
謝辞
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