百四十四話 嘘と真実と隠ぺい
「ど……どういうことですか?」
母様がそんな昔から生きている?
無理だ。
絶対に無理だ。
何百年前の出来事だというのか。
ユリナさんが嘘を吐いている可能性を考える。
今、あの手記を読めるのはユリナさんだけだ。
吸血鬼と共謀されていたら、と考えるが、そんなことをするメリットがあるのだろうか。
分からない。
情報が足りない。
「そのままの意味。中原歩夢は大昔にここにもう転移させられていた」
「え?」
転移ってどういうこと。
母様はこの聖リザレイション王国で生まれて、育ったのではないのか。
「母様はこの国で生まれたのではないのですか……?」
「違うわ」
答えたのはユリナさんではなく、吸血鬼の方だった。
「アユムはここの生まれではないわ。この子、ユリナたちと同じ場所、異世界である二ホンがあの子の出身よ」
二ホン。
聞いたことがない地名だ。
それに異世界ってどういうこと。
意味が分からない。
情報量が多すぎる。
「えっと……」
何か聞いたらいいのか悩んでしまう。
聞きたいことが多すぎる。
「母様は一体何者なのですか……?」
「この世界に呼ばれた異物。もしくはこの世界に呼ばれた被害者。何でもいい、今は話の続きをいい?」
「え、あ、はい」
ユリナさんがページを捲る。
「歩夢はそこから何十年も研究を続けて……すごい。一回帰ったみたい」
「どうやってかしら?」
吸血鬼がその言葉に食いついた。
「歩夢を召喚した神造兵装を逆利用して、帰ったみたいね」
「結果は?」
「失敗。年数が大幅にずれていた、って書いてある」
「どれくらいかしら?」
「……待って。えっと、東京大空襲でいいのかな、これ……ってことは六十年ぐらい前ってことかな……? 多分、それぐらい前に飛んでしまったみたいね」
なぜ、そんなことが起きたのか。
母様が失敗した、とは思えない。
母様はいつも正しかった。
それに誰よりも賢かった。
そんな母様がするわけがない。
「失敗の原因は途中で国が割れたこと。神造兵装が不完全な形になったせいで転送先がおかしくなったらしい」
「アユムにしては災難だったわね。それで戻ってきたのかしら?」
「ええ、こちらに帰ってくるための魔石を持っていったみたい」
ユリナさんの話は早く進むせいで、理解が追いつけないところもある。
ただ、それでもおいていかれるわけにはいかないので何とか咀嚼して理解を深めていく。
「何が目的だったのかしらね」
「そこまでは書いてない。手記に全部書くわけないだろうけど」
「そうね、そういうものは別の実験した時の書類に書いてあるはずね」
置いていかれているというか、あたしが持ってきた物なのに、蚊帳の外にされてしまっている。
いけない。
そんなことはいけない。
「あたしの……いえ、母様は誰と結ばれたのでしょうか?」
あたしは父様の顔を知らない。
母様もそれを教えてはくれなかった。
どうして教えてくれなかったのか分からない。
ただ、教えてくれないということは何か秘密があるからだろう。
「……王族ね。誰とは書いてないけど」
「え……?」
どういうことだろう。
あたしが王族って。
けど、そう言えばということもある。
陛下はずっとあたしに優しかった。
それはもう家族のように。
これを知っていたというのか。
だったら、何故教えてくれなかったんだろう。
「良かったわね。あなたも王族の血筋みたいね」
相手が分からないから、どう喜んでいいのか分からない。
聞いておいて、あたしはどんな顔をしたらいいのだろうか。
「……話を戻す。帰ってきたのが、アンナさんたちの戦いが終わった後ね。そこから召喚する神造兵装は制御できなくなったみたい」
「まだ使われているってことですか?」
「使われてるわよ。それでその結果がユリナとマサキでしょ?」
「あ……」
そうだった。
目の前にいるユリナさんもこの世界の人ではない。
呼ばれてこの世界に来た人だ。
軽率だったと言わざるを得ない。
しかも、応じてではなく、こちらから強制的にこちらに呼んでしまったのだから。
「それで、何でそこから生きていたのか、ということね。神造兵装を使っていたと書いてある」
「……そう」
「その神造兵装はどこにあるのですか? それがあれば母様は生きていたはずですが……」
そうだ、期限があったのかは分からない。
けど、その神造兵装を母様は持っていなかったと思う。
出なければ死ぬことはなかったはずだから。
「書いてない。どこにもない。消息は不明、かな」
「そうですか……」
神造兵装があればよかったのに。
いえ、どんな名前の物か分かれば、探す手掛かりになった。
少しでも手がかりが残っていれば良かったのにと思わずにいられない。
「それで他には……?」
「……最後はフィオリへのメッセージね」
「どんなですか!」
思わず身を乗り出してしまった。
けど、興奮が抑えきれない。
母様からあたしに、そんなのがあるだろうか。
いや、ユリナさんがあると言ってくれたんだ。
絶対にある。
嬉しい。
母様は最後にあたしにそう言うことを言ってくれなかったから、聞きたくて仕方ない。
「どんなのですか、ユリナさん!」
「……始めにいうけど、これは意地悪じゃないからね」
「なんですか?」
ユリナさんが吸血鬼の方を見るが、吸血鬼は何も反応しない。
それを見たユリナさんがため息を吐いて、言葉を吐きだす。
「フィオリが自分で文字を学んで、読めるようになりなさいって書いてある」
「え……?」
それはあたしがこの奇妙な文字を読めるようにならないと母様の言葉を受け取れないということか。
「私は別にいいんだけど、どうする?」
悩む。
非常に悩む問題。
母様の教えは守るべき。
だけど、今すぐにでも知りたい。
どちらを選ぶべきか。
悩むけど、あたしは母様のいい子供でいたい。
「教えてください」
「いいの?」
あたしと吸血鬼の方をユリナさんは見た。
だから、あたしは頷くと吸血鬼は
「教えてあげなさい」
と汲んでくれた。
「私、仕事あるんだけど」
「見てあげるぐらいしてあげなさい。母親からのものよ?」
ユリナさんが散々悩んだ結果、最後には折れた。
「分かった。合間になるけど教えてあげる」
「ありがとうございます!」
これで母様のメッセージを受け取ることが出来る。
あたしにここに来る目的がもう一つ出来た。
▼
フィオリが帰っていった扉を見つめた。
踊りだしそうな位の足取りで出て行ったのを思い出す。
「喜んでいた」
「そうね」
レティシアはそう答える。
ただ、私には納得していないことがある。
「あの手記ってさ、内容合ってるの?」
「概ねは」
それはいいのか悪いのか判断が難しい答えだ。
私はレティシアにどうしてなのか促した。
「八割はあってるでしょうが、後は嘘、それに伏せられてるわね」
「どうしてわかるのよ」
私が聞けば、レティシアは影の中に手を入れると、ローブや杖などを取り出した。
「これ、アユムの持ってた神造兵装よ」
「は?」
さっき見た手記には消息は不明と書いてあった。
それが目の前にある。
意味が分からない。
「アユムにもらったのよ。従属の契約をする代金としてね」
「何で言わなかったの?」
「言う必要がないと思ったから」
至極尤もだ。
知っている情報を全部吐き出すように言っていたわけではない。
ただ、手記を読んで、知っている情報から教えていただけだ。
その選択の自由はその人にある。
「嘘はこれが一つ。隠しているのは、フィオリの父親よ」
「それはそう、ね」
父親に関して書いてないのがまずおかしい。
普通は書くだろうことが書かれていない。
つまり、それを知られたら面倒なことになると判断したのかもしれない。
あとは読める人間を警戒していたのかもしれない。
全て推測だ。
間違っているかもしれないが。
当たってない方がいいことだ。
たまたま書き忘れて。
それが一番。
一番ない理由だろうが。
「レティシア、あんた相当警戒されてるわよ」
「私は仲良くしていたつもりなのに酷いわね、少し傷つくわ」
全然傷ついた様子もなくレティシアが告げる。
それにしても思わぬ事態になってしまった。
日本語を教える。
意味はあるのだが、ここの言語に比べて日本語って面倒なところ多いからどうしようか頭を悩ませた。
謝辞
いつも読んでいただきありがとうございます。
いいね、評価、ブクマ、誤字報告もありがとうございます
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