百四十三話 母を訪ねて
正式に王国が帝国に宣戦布告された。
それは大陸中に知れ渡ることになった。
もちろん、私達の領にもその通達が来たので、領内で知らないものはいない。
他のところではバタバタと動き出しているようだけど、この領ではさして慌てる者はないない。
先の戦いを経験しているのもある。
私も慌てていない。
当主が慌てていたら目も当てられないのだけど。
今日は久しぶりにアルフレッドの紅茶を飲む時間もあるというものだ。
「いつも美味しいわね、さすがアルフレッドよ」
「いえいえ、レザード様が回してくれる茶葉がよろしいのかと」
アルフレッドがそういうならそうしよう。
「人が仕事してるのに、何のんびりしてんのよ」
ユリナが私を睨みつけてくるようにして、見てきていた。
「あら、それはあなたの仕事よ? 私の仕事ではないのだから、終わった私がゆっくりしているのは道理ではなくて?」
そう言って、またカップに口を付けた。
ユリナがやっているのはこの前攻められた時の防壁の改修するための書類だ。
頼んで終わりならそれで済むのだが、私達には如何せんお金がない。
支出に次ぐ支出で、払うばかり。
入ってくるお金もどんどん出して、回していかないといけないのが現状である。
だから、ユリナにはどうにか施行費用が安くなるように様々な場所に出す手紙や、そこから試算、他にもどのようなものにするか図面を引かせている。
図面自体は立派なものでなくてもいい。
ユリナは引いたことがないと言っていたのでアルフレッドに軽く手ほどきを受けて今、書いているが苦戦している様子。
ユリナがこちらを睨んできていた。
「確かにそうね。けど、もう少しお金の運用の仕方を考えたらどうなの。イーラたちのこともそうだし、あのスパイっていうか諜報の女のことだってそう。働き口を作るために家建てたりとか無茶苦茶よ」
「いいじゃない。ちゃんと収益は出しているのだから」
「まだ立てた費用も回収できてないんだけど。そういうのは回収出来てからいうものでしょ」
「お金に意地汚い娘になってしまったわ、アルフレッド」
「意地汚いんじゃなくて、そのせいで私がいらない苦労をしてるから文句言ってんの」
ユリナも私がからかっているのを分かっているから余計に怒っているのかもしれない。
だけど、久しぶりにこうしてゆっくり自分の領で過ごせるのだから、これぐらい寛いでもいいはずだ。
「あの聖女様から少しぐらい貰えばいいのに」
「あの子は私に従うことはないわ」
「利用はするくせに?」
「ええ、するわよ。従わなくても使えるのなら使うのは普通でしょ?」
知ってる、とユリナが図面に向き直りながら答えた。
私としてはもう少しお話してもいいのだけど、ユリナが話しかけてこないのであれば無理に話すことでもない。
陽が落ちるまでゆっくりとしていてもいいかもしれない。
そんな風に思いながら、紅茶の匂いを楽しんでいた時だった。
執務室の扉が勢い良く開いたのは。
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マサキさんから頂いた糸で作ったロープのおかげであたしは場内を歩き回れるようになった。
陛下を通じて発表されたのだが、それでもすれ違う人の中にはあたしが歩いていると驚き、こちらを振り向く人もいる。
それでもその人たちに余計なことを思わずに、微笑み、小さく手を振る。
母様がそうするように言っていて、あたしはそれを守ってずっと実行していた。
今日は元々母様の部屋で、今は私の寝室に来ていた。
ここにはまだ知らない本が多くある。
それはどこかの商人から買ったものもあれば、母様が書いたものも。
そして、そう言った魔術や学術書に混じり、母様の手記もある。
時折、母様はあたしの知らない言葉、この世界の言葉以外の言葉で手記を書いているときもあって読めない部分があった。
どうして、そんな風に変えてあるのか理解は出来ない。
練習していていたのか、それとも何かの覚書程度なのか。
読めないので判断が付かない。
誰が分かる人いないのだろうか。
それを聞いて回ろうと思ったのだが、止めた。
なぜ、そんな文章にしてあるのかということ。
どうしてわざわざ読めない文字で書かれているのか。
読まれてはいけないものかもしれない。
これが見つかったら、燃やされてしまうかもしれない。
そう考えると、迂闊に聞けなかった。
母様がどんな人間か知る手掛かりはこれにしかもう残っていない。
これが燃やされてしまったら、あたしはもう二度と母様を知ることが出来なくなってしまう。
信用できる人に相談するべきだろうが、あたしはこの城内でそこまで信用できる人がいない。
ずっと世話係をやってもらっている者は信用出来ているが、彼女がこういう言語に精通しているということ聞いたことがない。
だから、選択肢からは自動的に外れてしまう。
次に誰がいいか。
私の頭に思い浮かんだのはあいつしかいない。
あれはきっと知っているに違いない。
けど、頼るのはいいのか。
悩んだ。
ものすごい悩んだ。
頭から熱が出るほど悩んだ。
だから、結論を出した。
あの吸血鬼の屋敷に来てすぐに、執務室の扉を開けた。
「あら、噂をすればフィオリじゃない」
「悪だくみ?」
「それならフィオリを混ぜてするわよ。あなたを巻き込んだ方が大きいことが出来るからね」
そうやって人を面倒ごとに巻き込んでばかりだ。
ずっとこの吸血鬼のペースな気がする。
早く主導権を取らないといけない。
「それで何か用かしら? 早くしないと遊ぶ時間が無くなるわよ?」
「これ、読める?」
吸血鬼に母様の部屋にあった手記を渡す。
「これは?」
「母様の部屋にあったものです」
「それは興味深いわね」
私が手記を渡すと、吸血鬼が興味深そうに手記の中身を確認する。
じっくりと中身を確認していくので、それが終わるまでゆっくりと待つ。
そうして、最後のページまで捲る。
ゆっくりと手記を閉じた。
あたしに手記を返してきたので受け取った。
「全然読めないわね」
「はぁ!? 今までの時間何なの!!」
あたしの叫びが執務室に響いた。
ユリナさんに至ってはお腹を抱えて笑っている。
「当たり前でしょう。これ、この世界の言葉じゃないもの。それに私、読めるとは言ってないわよ」
それはそうだけど、納得できない。
いや、ちゃんと聞いていなかったあたしが悪いんだけど。
「ユリナ、これは貴方の案件よ」
「は? なんで?」
吸血鬼があたしにユリナさんに渡すように顎で示す。
吸血鬼には睨んでおいて、ユリナさんに渡した。
訝しむような目つきで見ていたが、ページを捲ると驚き見開いていたがすぐに真剣に読み込んでいく。
じっくりというほどではないが、しっかりと読んで手記を閉じた。
「確かに、これは私か真咲にしか読めないわね」
あたしが首を傾げていると、ユリナさんが説明してくれた。
「これは日本語っていう、私がいたところの言語で書かれたものなの。だから、この世界の人が読めなくて当然」
母様がユリナさんたちと一緒のところ出身なのも驚いているが、それ以上に母様がこの国の人ではなかったことが衝撃だった。
どうしてそのことを今まで隠していたんだろう。
「ちょっと私も知らないことがあるし、レティシアも知らないこともあるぐらい内容は衝撃的なものだったけど」
「それは興味を引かれるわね。ぜひとも聞きたいわ」
「私仕事中なんだけど」
「もう今日だそうが、明日出そうが大した問題でもないじゃない」
二人が何に対して言い合っているか、分からないけど、あたしは知りたい。
やっと手に入った母様の手がかりだ。
母様はあたしに昔のことを全然話してくれなかった。
本当はちゃんと聞きたかったけど、もう母様はいない。
だから、ここで聞いておく必要がある。
「ユリナさん、お願いしますっ!」
ジッと見つめると、ユリナさんが視線を逸らした。
「教えないとは言ってないから」
「照れてるわね」
「て――――」
「吸血鬼!」
ユリナさんの言葉にかぶせるように言ってしまった。
そのせいでユリナさんが言うべき言葉が無くなり、何を言うか迷っている。
「えっと、そうね、フィオリの母親、中原歩夢はこの国が出来る前、帝国と王国が別れる前の王国にいたらしい」
母様の手記は衝撃的な始まりだった。
謝辞
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