百四十話 戻る日常
久しぶりに帰ってきた我が屋敷。
ずっと家の中にいると辟易するものだけど、長い間出掛けていて帰ってくると落ち着くのはやはり自分の屋敷なのだと認識させられる。
まだここに数年しか経っていない。
最初はただの拠点にするつもりだったのに、今ではこうしてこの屋敷を自分の物だという認識になっている。
その認識の変化に笑みが浮かんでしまう。
さて、そんな物思いに更けている場合ではない。
一応、私がいない間にユリナが代わりにやってくれたものもあるが、やり切れていないものもある。
それをやり切らないといけない。
後は私がいない間に何があったかの報告も聞かないといけない。
やることは多いというのはいつも通りだ。
書類を見つめると、私とは違うまとめ方をしているが、ユリナのまとめ方も読みやすくしてくれている。
何枚か確認していくが、問題はなさそうだ。
これなら、またユリナに任せても大丈夫そうだ。
助かる。
一応、彼女は私の娘として公表した。
だから、この領を任せてしまっても大丈夫だろう。
「今日は出かけないのかしら?」
執務室にはマサキもユリナも気軽に入ってくるが、その二人しか来ない。
屋敷に入ってくる人間も限られているのだけど。
私自身が屋敷から出て行くことが多いので、他の子たちには会う機会はあるが、それも仕事の一環だ。
不自由なく過ごせているのかどうか確認することは大事な私の仕事である。
今珍しく、朝方の執務室のソファに座っているのはマサキだった。
この時間は大体畑の方に行っているはずなのに、こうしてここにいるのはどうしてだろうか。
「出かけるよー……」
全くやる気がない。
こんなにやる気がないマサキも珍しい。
「出かけるけどさー……」
マサキがソファに体を預けるようにして、もたれてしまう。
いつもと違う。
「何かあったのかしら?」
「いんや、なーんもないんだけどさ、フォオリの部屋飽きちゃってね」
フィオリの部屋。
つまりは聖櫃だ。
確かにあの部屋は何もない。
一応、生活できる空間であるのだが、それだけで殺風景。
私でも嫌になりそうな部屋だ。
それをこの子たちに押し付けている。
「ユリナと一緒に行ったら?」
「え、いいの!?」
マサキが飛び起きた。
押し付けてしまっている分、多少は融通してあげないといけない。
というか、最初からユリナと行くことになるのも許可してあげてたつもりだけど、忘れてしまったのか。
それもそれでマサキらしいが。
「ええ、入れ替わってるのがバレないように気を付けてくれるのならだけどね」
「もっち、もち、気を付けるから」
ニコニコと笑みを浮かべるマサキに許可を出せば、彼女は執務室から駆けだしていく。
そんな背中を見送りながら、今日もいつもと変わらない日々が続けばいいと思う。
目標はある。
ここに根差した目的もあるのだが、私の物を傷つけることが起きないのは大事だ。
そんな日々が続いて欲しいと願いながら、私は目の前の書類に集中した。
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庭で久しぶりに稽古を受けていた。
アンナさんについてもらう予定だったのだが、気が付いたらジェシカが相手に代わっていた。
まぁ、どちらでもいいのだけど。
そもそも変化してから動く機会がなかったから、試してみたいこともある。
自分の体がどれだけ変わってしまったのかも。
ジェシカが構えるのは普通の槍だ。
いつものレーデヴァインではない。
そちらでもいいと言ったのだけど、アンナさんが魔族の血が流れているのであれば、あれは効きすぎるということでやめることになった。
「いいのか?」
「いつでも」
お互いに構えている。
開始の合図はない。
ないのだが、それでもジェシカは待っている。
私が一歩踏み出したのを合図にジェシカも動き出した。
防具はいつものように勇者の装備を着ている。
そのため、あの消えるような移動。
実際に消えてはいない。
私が目で追えないだけ。
けど、今の私にはその姿がはっきりと見える。
目がようやく追いついたのだ。
背後に回ったジェシカが、槍を付きだすのに合わせて、振り向きながら剣の腹で槍を受けた。
一瞬だけ驚いた顔のジェシカが見えたが、すぐに真面目な顔に戻った。
「今ので終わりかと思ってた」
「まだダンスの音楽もなってないのに終われないでしょ」
私が笑みを作れば、ジェシカも笑みを返してくる。
槍を構えなおしたと思ったら、また背後に飛ぶ。
突きで来るのかと思えば、空中の何かを蹴って、さらに加速していく。
まだ速くなるのか。
異世界人は人を辞めてるな。
まぁ、私も人間じゃなくなってるけど。
移動先が見えている。
彼女の攻撃で突きは珍しい。
彼女がその速度を保ったままこちらに突っ込んでくる。
槍の振り下ろしを避けるが、そのまま回転させて、横薙ぎへと繋げてきた。
剣で受けるが、重たい。
レティシアの血がなければ、吹き飛ばされてそうなぐらい力強い。
槍を払い、剣で切りかかるが身を反るだけで避けられてしまう。
いつもアンナさんの剣を受けているんだ。
本格的な剣術を前に私のような俄か剣術など役には立たないということだ。
だったら、と別の手段を思い浮かべる。
これは殺し合いじゃない。
ルールのある試合だ。
だったら、勝ち筋はあるというもの。
ジェシカが下段から切り上げてくる。
それに合わせて、少し身を浮かせて、背で受ける。
そして、槍を柄をしっかりと両肘でロックした。
「な!?」
引き抜こうとジェシカがもう遅い。
「ふんぬっ!!」
ロックした柄を力の限り、振り抜く。
すると、槍は折れて、ジェシカの腕には柄の手元部分しか残っていなかった。
「勝負ありですね」
ジャッジをしていたアンナさんが私達の勝負を止めた。
私は肘の力を抜いて、ロックしていた槍を落とした。
ジェシカは折れた槍と、手元に残っている柄を見比べている。
「引き分けです」
「は?」
アンナさんの判定に声を上げてしまった。
おかしい。
アンナさんは武器を無くした方の負けとも言っていた。
だから、こうしてジェシカの武器を奪ったというのになぜ引き分けになるのか分からない。
アンナさんが私の足元を指差す。
「ユリナ、剣落としてます」
「あ、あー……」
気が付いたら、手から剣がなかった。
自分の手元と剣を見て、そして、アンナさんを見返す。
「これでも負け?」
「当たり前です。勝負の途中で武器を捨てるとは何事ですか。これが試合じゃなかったらその後に殺されていてもおかしくありませんよ」
アンナさんが剣を拾い上げて、私に使を向けて渡してくるので受け取った。
剣を鞘に納めるとジェシカが槍の柄をこちらに向けてきた。
「やはり魔族になってしまっていたんだな」
「最初に私を魔族の子だって言ったのはジェシカじゃない」
「そうですね、最初に言ったのは貴方です、ジェシカ」
ジェシカが唇を噛む。
悔しそうな表情を浮かべているが、事実なので言い返せないようだ。
「それにしても、さすがレティシア様の血ですね。ごく少量でこれだけの力があるとは」
アンナさんが感心するように私を見つめてきた後に、私の二の腕や太ももなんかを確かめるように触る。
特別そこに筋肉が付いたということはないはずだ。
これでもマサキに見せるために自分の肉体のチェックは怠ってない。
恥ずかしい姿を見せたくないのもあるけど。
「さすが純血の魔族ですね」
「だったら、もっとレティシアの血を飲めば私もそうなりそう?」
「なれるかと思いますが、どんどん人から離れていくだけですよ」
その瞳には複雑な色が混じっていたせいで、どんな感情で言っているのか私には理解出来ない。
ただ、力が欲しいなら、やはりもっとレティシアの血をこの体に受けるしかないということ。
それだけは理解出来る。
「誰か来たぞ」
豪華な馬車が入り口の方に向かっているのが見える。
ここに貴族が来ること自体が珍しい。
こちらとしても王国の目が届いていないので好き勝手出来るので来てほしくないわけだが。
それを横目に見ながら、私達は片付け始める。
そして、ジェシカと二人で軽く汗を流して帰ってくる頃には馬車はいなくなっていた。
何だったのだろうかと思ってると、廊下を歩くレティシアが見える。
「ユリナ、帰ってきたら話があるから」
それだけ告げて、さっさと歩いてしまった。
一体何なのだろうかと思っていると、マサキが階上から笑顔で私の名前を大きな声で読んでいた。
現在108-110話までの改稿中です
近日中に改稿したものを上げようと思います
よろしくお願いします
謝辞
いつも読んでいただきありがとうございます。
いいね、評価、ブクマ、誤字報告もありがとうございます
これからもどうか、本作「美少女吸血鬼の領地経営」をよろしくお願いします