百三十八話 嘘と真
廊下を歩きながら、ジェシカに話していたことを考える。
話した大枠に間違いはないのだが、細部では大きな違いがある。
女神が言ったセリフだ。
あの憎たらしい女神はこう私に言ってのけたのだ。
「やはりあなたが魔王を倒してくれたのね。あなたなら十分人間の脅威になるでしょうから、安心ね」
女神は嬉しそうだった。
どうして嬉しいのか意味が分からないのだが。
「勇者であるあなたは今となっては人類の中での最強の個。そんなあなたが率いてる魔王軍は人が歪み合っている余裕はない。きっとこれから人は今以上に協力的になるでしょうね」
「魔族たちはどうなるんですか?」
「滅ぼしたくなければ、頑張ってね、魔王様」
そう言って消滅しようとしたところで思い出したように留まる。
「あなたが侵攻してきて人が半分位になったタイミングに合わせてか、人々の心が別れた時に勇者が選ばれるので、出来たら前者のタイミングになるようにしてほしいかな」
「どういうことでしょうか」
「人々のピンチにはそれを救う人が必要でしょ?」
言っていることは分かる。
しかし、何が言いたいのか理解しかねる。
「人が望んだタイミングで救世主を世に出してあげるの。それでその救世主に確固たる信仰を与えることが出来るのよ」
女神が浮かべた笑みが邪悪なものに見えてきた。
いや、彼女は一貫して正義だったかと言えば嘘ではないか。
何故なら私が殺した魔王がそうだった。
魔王にはないも罪はない。
この女に勝手に魔王にされてしまい、そのせいで合わなくてもいい悲劇をその目で見ることになった。
「貴方のその行いは正義ではない」
「正義ではない、ね。ええ、私にとっては関係ない事。私はこの世界の人間界が争いもなくもっともっと発展していってほしいと思ってるだけ。そのために人に力を貸してあげてるのよ」
どうして、それで人々の発展ができるのか理解できない。
ただ人々が疲弊しているだけじゃないのか。
「神様というのはその世界を運営するシステムなのよ。正義が悪がとは関係ない。この世界がよりよくなるために進ませるために管理しているの」
この女は女神ではない。
私が信奉していた神ではない。
「私はあなたの手駒ではない。あなたの言う通りに世界をするつもりはない」
「そうは言っても、世界があなたを放っておかないけど?」
「それでも私は世界をまた悲しい戦いに包むわけにはいかない」
「魔族と人の戦いが避けれても、きっと別の戦いが始まるけど?」
ずっと余裕そうな笑みを浮かべて、こちらに問答を寄越してくる目の前の者が不快だ。
「それは人の責任だ。私達人間が勝手に行ったことだから、その支払いも当然する」
私が真剣に訴えているのに、その表情に変化はない。
そして、クスリと笑い、その体から力が消える。
「精々やってみなさい、人の子よ。ただ、あなたが死ねば、魔王が生まれるし、人々の間で大きな戦いがおきそうなら勇者が生まれ、世の救済に向かうことを忘れないようにね」
そうして、女神と名乗るものは姿を消した。
残った私は、魔王の城で力尽きた仲間たちの死体と武器を集めて回った。
その間に魔族と出会うことはあったが、私に手を出すものはいない。
魔王であると同時に、力量差もはっきりしていたから。
仲間たちの死体を焼き、残った骨は細かく砕きながら麻袋に詰める。
武器は全て背負い、人間界に帰ったというのが顛末である。
必要がないと思った。
勝手にそう思い、実行した。
それに私が勇者に倒されてはいけない理由でもある。
私が魔王であり続ける限り、新たな魔王は生まれない。
それはジェシカには関係ない事。
彼女は彼女の役目にだけ集中していて欲しい。
そう思いながら、私は執務室にいる二人の下に向かった。
▼
馬車に乗って王都に着く。
小窓から覗くと王都の人たちが私達の馬車に視線を寄越している。
珍しいものが付いているからかもしれない。
馬車の後方には三人の人間が引きずられている。
全員生きて捕らえたのだが、残念ながら全員を吊るすスペースもない。
それにそういう集団と一緒に車内にはいたくないので、吊るしていた。
いたのだが、全員吊るせなかったので、大けがをしている者は引きずってくることにした。
もう息はないのだろうが、私の馬車を襲撃した者として、見せしめの効果はあるだろう。
王城の方に向かい、門番の人に吊るした者たちを引き渡す。
変な目で見られたりしたのだが、それは無視する。
そして、聖女であるフィオリに会う約束が取り付けてあるので、可能か問いかけるとそのまま通してもらうことが出来た。
そして、久しぶりに聖櫃にいるフィオリと対面することになった。
「あなたは何をしにきたんですか」
相変わらず私には、怒った顔ばかり向けてくる。
そういうところも可愛らしいところではあるのだけど。
「陛下に会いにきたのよ? 謁見出来るように手配はしてくれたのかしら?」
「……それはしてあります」
今回はちゃんと私の言うことが聞けたみたい。
この邪魔な聖櫃の壁がないのであれば、頭を撫でてあげたいのだけど、マサキではないのでそれは不可能。
「明日の日の一番高いときに可能です。ただ、あたしは貴方が連れてくるのは捕虜一名だと聞いていましたがどういうことか説明してください」
なんだ、そんな些細な問題かとフィオリの顔を見れば不満でいっぱいそうだ。
「王都に来る途中で馬車が襲撃されたのよ。それで調べてみたら、どうやら捕虜の男に吐かれたら不味い情報があるみたいだとか、捕まること自体が不利益を被る輩が襲ってきたみたいなのよね」
頬に手を付いて、困り顔を浮かべて、私が被害者だというところもアピールしておく。
これは実際に被害者であるから間違ってはいないのだけど、それをフィオリが分かってくれるのかが問題だ。
分かりました、とフィオリが言って、ようやく私の思いが通じたのだと思ったが、そうでもなかったみたいだ。
「あなたが来る途中で何か挑発的な行為をして引き入れたのでしょう。いいえ、そうに違いありません」
間違ってはないない。
いないのだが、私が悪いわけではないと一応アピールしてみよう。
「そんな事ないわ。私はただ行く町々でこの男を引き連れて、歩いていただけよ?」
「それが挑発行為です! なんであなたはもっと平和的な方法が取れないんですか!」
フィオリの眉や目が吊り上がって、本気で怒っている。
平和的な方法か。
そんなものを求めるのなら私の種族から変えないといけないのはこの子分かって言っているのかしら。
「こちらにはそれをするだけの力があるのよ。それにあなたたちを頼るよりも、手っ取り早くて時間もかからないのだから、やらない手はないでしょ?」
フィオリが唇を噛む。
分かっていることだ。
彼女とて、国として動くのであればそれがどれだけ重たいのかを。
そして、私にそれだけの力があることもよく分かっている。
別に私が法を犯しているわけでもない。
ただ、先んじて裁くべき者たちを捕らえてしまっただけ。
問題はないはずなのだが、きっと面子の問題なのだろう。
いくら私が活躍しても私は魔族だ。
これ以上目立ってほしくはないと思っているに違いない。
それは重々承知している。
だが、目の前に虫が飛んでいるなら、潰してしまうのは仕方のない事だ。
私はそこまで寛容でもなければ、心が広いわけでもない。
歩く先を邪魔するのは許すことが到底出来ない。
「それでフィオリ、あなたの方は準備が進んでいるのかしら?」
「マサキさんにもらった糸で、聖衣で縫いあがっています」
仕事が早いのは大事だ。
それだけことが早く進めることが出来るからだ。
「それじゃあ、それも陛下に報告が出来るわね」
「そうですね」
不満そうにするフィオリを見ていると、時間を告げられて、部屋の外に案内される。
まだまだ子供らしいところはある。
だが、前よりは聖女として見込みは出来てきた。
彼女は私からの評価など不満にしか思わないのだろうけど。
謝辞
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