百三十七話 勇者のその後
「魔王を倒したところ、と言っても魔王を倒した直後からでしょうか」
アンナの目が細くなる。
どこか遠くを見つめる瞳には何が映っているのか。
今はないのかもしれない。
過去を見つめているのだろう。
「魔王、は元々は私と同じような村の娘だったみたいですね」
「は?」
魔王だぞ。
どうして魔王が人間の娘なのだ。
魔王なのだから、魔族の者に決まっているだろう。
「魔王は元々私と同じような村の娘だったそうですよ」
「魔王なら魔族じゃないのか?」
「いいえ、魔王本人から聞きましたから」
意味が分からない。
「私たちの戦いが今どのように伝わっているか知りませんが、私を魔王と戦わせるために仲間たちは全員犠牲になりました」
私が昔から聞いている勇者の話では、仲間たちと協力して魔王に挑んだというものだ。
そして、仲間たちは次々に倒れていくが、最後には勇者がその命を賭して魔王に致命の一撃を加えるというものだった。
どうしてこんなにも伝わっている話と事実が違うのか。
今聞きたい気持ちもあるが、今はそこではない。
「仲間たちの思いを背負い、最後には魔王と刺し違えた。死ぬ覚悟は出来ていたのですが、私は死なず、魔王の体だけ崩れて行った」
その声音はあそこで死んでればよかったと聞こえる。
「そこで魔王から聞きました。消滅する間際まで、ですが」
「何を」
「女神に選ばれて、魔王になった、と。体が魔族の物になり、村では呪われた子扱いを受け、悪魔祓いと称して、両親はそれはそれは惨い殺された方をされて、自身も一度は錘を付けられて、海に沈められたそうです」
魔族はそんな事では死なない。
海に沈めたとしても生きている。
彼らは魔石によって生かされているのだから。
「彼女は錘を破壊して、海から這い出て、村を血祭り上げたそうですよ。そして、魔界に行き、私を待っていた、と。唯一自分を殺せる勇者を待っていたそうです」
悲しみなのか憎しみでなのか分からないが、血祭りにあげたのは理解できない。
いや、理解してあげられない。
「そして、彼女は最後にこう言いました。『次はあなたの番。頑張ってね』と」
頑張って、か。
何に対していっているのか。
「魔王の体が消滅した後、私の体が変わっていきました。そして、女神が姿を現した」
どうしても女神と言われるとムッとしてしまうのは仕方のないことだ。
今更変えれるとは思ってもいない。
「女神はこう言った。『次は貴方なのね。魔族が力を取り戻すのに時間はかかると思うけど、人間たちは二百年は厳しいかもしれないけど、百年は結束を保つでしょうから、その間に備えて、また侵攻していってね』」
彼女の表情に怒りが籠る。
「つまり、人間たち、この世界の人たちが戦争し合わないように一致団結させるのが目的で魔王はいる。そして、束ねる旗頭として勇者は存在しているのです」
「……どういうことだ?」
「勇者が人間界を束ね、魔王が魔界を束ねる。それだけのことです」
それだけ、ということでもないだろう。
「それならなぜ戦わないといけないんだ」
「戦うことで多くの命が失わせることが出来ます。そして、お互いに憎しみ合うことで、同族に目を向けるのではなく、相手に向けさせること出来ます」
外に相手を作るか。
一番手っ取り早い方法でもある。
「それでどうして魔王としてお前は魔族を束ねてないんだ」
「私が人間界に帰ったからです。魔族になりながらも、仲間たちの遺体も弔うことも出来ず、ただ這うように故郷に帰りました」
彼女が魔王らしい役割を全うしていたなら、もっと早く勇者が生まれていたのかもしれない。
魔王と勇者は鏡のような存在だから。
ただ、出現は魔王が先で、それが脅威となった時人間界救済のために選ばれるのが勇者だということ。
「帰ってきた故郷では、私を見るだけで石を投げられました。魔族の姿だったからでしょうね。そして、押さえ付けられて、村の人たちの手によって処刑する流れになりましたが、如何せん魔王の体ですからね、ただの鋼の刃が通るわけでもない」
魔王にとって天敵は勇者だ。
その勇者の持つ武器は、神の武器であるから魔王にも傷をつけることが出来る。
「私の両親、そして、妹が先に私の前で殺されました。父親は手足を切りざまれた後、撲殺されました。母と妹は嬲り者にされました。幸いなのは二人とも最後には心を失ったように反応しなくなったということでしょうか。そして、息があるうちに焼き殺されました」
それが人のすることなのか。
怒りがどうしても湧いてきてしまう。
淡々と話すこの女もそうだ。
年月が経っていたとしてもそう淡々と話せる内容ではないはずだ。
「そして、私も焼かれましたが、そんなものでは死ぬわけもありません。焼かれながら思っていました。どうして世界を救ったのにこんな目に遭わないといけないのだろうか。どうして両親と大切な妹は殺されないといけないのか、と」
尤もなことだ。
例え、魔族になっていたとしてもする仕打ちとしては過激すぎる。
「憎しみでいっぱいになった時、私は、私のみを焼く炎を操り、家を焼き、家畜を焼き、人を全て焼き切りました」
その顔にはもう憎しみはないように思える。
全てやり切ってと言うようにも思える。
「焼け切った村で呆然と座り込んでいるときでした。レティシア様と出会ったのは」
どうしてあの吸血鬼がそこにいるのか気になるところではある。
あれも魔族であるなら勇者との戦いに参加していたのではないのだろうか。
それならば、勇者について人間界に来たのかということになるのだが、そういうわけでもない。
腐っても勇者だ。
いくら気配を消せていたとしても、それぐらい見抜けなくては世界なんて救えないだろう。
「レティシア様に出会ってから、私は名前を変え、魔王であることを隠し、レティシア様の従者としてこれまで過ごしてきました」
「いや、それは無理だろう。いくら何でも勇者として活躍していたんだ。顔も知られている。それに生死に関してその時でも不明だったんだろ? だったら、生きているとか言われたはずだ」
人は勝手に信仰する。
信じたいものを自分で決めてやり始まる。
そして、それは良いときもあるが、悪い時もある。
その流れを知らないこの女ではないはず。
「人のいない地域、耳長たちの地域を中心に私は活動していましたから、目撃はされていなかったでしょうね。生死に関してはレティシア様たちが詩を作り、私が魔王と刺し違えたと、仲間たちも死んだと伝えて歌ってもらった」
「それが今に伝わるのか」
「さぁ、私には興味なかったので知りませんけど」
私が睨みつけても目の前の女は意に介していない。
いくらやってもこの女にはいつもこんな感じで響かない。
少しぐらい響いてくれてもいいのだが。
「これぐらいでしょうか」
「昔話だろう、もっと話してくれてもいいじゃないか」
「いいえ、これ以上は次に私に一撃を加えれたらにしましょうか」
それぐらいならまた同じようなことをしたらいいのだから、簡単だろう。
「また同じような武器を破壊したらいい、などと甘い考えならば切り捨てますよ」
「そんなこと思ってるわけないだろう」
「顔に書いてあります」
彼女のじっとりと睨みつけるような視線から逃げるように顔を背ける。
思っていたことは事実だ。
ただ、何故それがばれてしまったのか。
こちらとしても無表情を貫いていたはずだったのに。
「次からは私の知る使い手たちが使っていた名剣が一振りを使わせてもらいます」
「どういうことだ」
「様々な武器の使い手たちがこの世界の各所にいました。いえ、今もきっとその武芸を極めんとする者たちはいるでしょうが、お嬢様と行動を共にするまでに、他の大陸でそのような者たちと自分の持つ誇りをかけて戦い、殺して、奪ってきたものの一つです」
両者合意の殺し合い。
気が狂っているとしか思えない。
「その中の一つを使います。ただ、あのようなものでは壊せないし、二度と同じ手は通じないと思ってください」
私に念を押すように言うが、そんなことは承知している。
この女は私と比べて、圧倒的な経験もあれば身体能力を持ち合わせている。
そんなの相手に同じ手が何回も通じると思った方がおかしい。
彼女が立ち上がる。
「さて、長話も終わりましたし、そろそろ私も仕事がありますので、失礼します」
「まて、最後に聞きたい」
「何でしょう」
「どこまで鍛えたら、そんな高みを望めるんだ」
彼女が口元に笑みを浮かべて、目を細める。
それはこちらを小馬鹿にしているように取れる。
「四百年鍛えたら、こうにもなりましょう」
それだけ言うと、彼女は部屋を出て行った。
「そんなに長く生きられるわけがないだろ、馬鹿」
私は閉められた扉に向かって言うが、何も返ってこなかった。
更新再開します
謝辞
いつも読んでいただきありがとうございます。
いいね、評価、ブクマ、誤字報告もありがとうございます
これからもどうか、本作「美少女吸血鬼の領地経営」をよろしくお願いします