百二十四話 新たな動き
頭が痛くなる。
こっちに戻ってきてからこの方困ったことばかり起きているような気がする。
先日、よく知らない男に襲われたようなこともあるし、この領と私は相性悪い気がする。
そうして、今日だ。
魔族の娘が一人の女の女を連れてきた。
見たことのない娘だ。
少し焼けたような肌、茶色の肩まである髪をした女性。
目尻の下がった優しそうな印象を与えてくるのだが、なんだか暗い雰囲気をしている。
身長は私より低いぐらいなので、女性としては小さいほうかもしれない。
「ここで働かせてほしいの」
私たちにとってはそれを言われてしまうと拒むことが出来ない。
私が返事しない代わりに、レスモンドに返事するように促す。
「俺たちは別に構わん」
「そう言ってくれると思ったわ」
魔族の娘が微笑む。
この娘が優しく微笑んでいるのが怖い。
いつあの邪悪な笑みに変わるのかと思うと、気が気でない。
「あぁ、そうそう、この子もあなたたち同様に契約しているから。ただ、レスモンド、あなたよりも強い制約が付けてあるから、あなたたちが守ってあげなさいね」
それじゃあ、と魔族の娘が出て行った。
私が着ている給仕用の服でしっかりと腰を曲げて礼をする。
「パトリシア・ホーネスと言います。親しい者からはパティと呼ばれておりますので、どうぞそちらでお呼びください」
しっかりと礼儀のある子だ。
レスモンドとは大違いだ。
「制約って、俺よりも。あんた何をしたんだ」
その問いにパトリシアは一度口を噤もうとしたが、突然息苦しくなってきたのか、口を開いた。
「……国を売りました」
「は?」
「え?」
レスモンドと声が重なった。
どういうことだ。
この子が王族とかそういうのだろうかと思って、まじまじと見てみるが、そういう高貴さはどこにもない。
「どういうことだ」
「間諜と暗殺のような仕事をしていました。先日捕まった際に国の情報を売り、こうして命だけは助けてもらいました」
そう言う事。
私も似たようなことをしていたから、少し居心地が悪くなる。
ここにいたのが私じゃなくて、あの屋敷にいる娘二人だったら、どんな反応をしていたのだろうか。
あの魔族の娘がここまでするのも納得するのだろうか。
私はずっと帝国にいた。
そのせいもあって、あの魔族のことに詳しくない。
「それで制約っていうのは?」
「自分から手を出せない、この領から出られない様々の物です。あなた方のいうことを聞いて、聞かれたことには素直に答えるようにも言われてます」
守るという意味が分かった気がしてきた。
文字通り、この子は誰かの暴力にあったとしても自分の身を守ることが出来ない。
だから、誰かが守ってあげないと殺される可能性があるということか。
私はさっきまで拭いていたテーブルの椅子を引いて腰を下ろした。
「座ったら?」
「いえ、私も何か仕事をしないと……」
「じゃあ、私の前の席に座ること。命令」
「……はい」
命令と言えば、彼女はすんなりと席に着いた。
しかし、契約でここまで人の行動を縛れるのだろうか。
いや、私の契約が緩いのかもしれない。
一度も制約に抵触するものがなかったのもあって、忘れてしまいそうになる。
「店が開くまでの準備はあの男に任せておけばいいのよ」
「おい」
「それは……」
「どうせ全部の席が埋まるわけないんだから、近いところをチャチャッとやっておけばいいの」
机に肘をついて、彼女を見る。
居心地が悪そうに見える。
彼女の心境はどういうものなのか分からない。
表情からはとても読み取れない。
「私が言うのも変かもしれないけど、この領って変わった連中が多いからあなたのこともすぐに馴染むわよ」
屋敷の連中を含めて、その周辺は特にだ。
変わった連中が集まってくるのか、あの魔族の娘が変わった連中を集めているのか、どちらか分からない。
けど、王都の方では見ない連中が多い。
この酒場だってそうだ。
ただの山賊だった男が店主をやっているのだ。
「俺たち、この前まで帝国で酒場を開いていたんだ」
「それがどうして?」
「締め出されたんだ。怪しい奴を片っ端から捕まえるっていうネズミ捕りが行われてな」
「上手く逃げ出されているようですが」
「……そうだな」
正直言えば、マサキという子の力は反則だった。
あんな風に移動できるのであれば、どこにでも行ける。
好きなところに移動できる。
あんな特別な力があればと、思ったことはある。
だけど、あのような力が合っても私に扱いきれる気がしないし、あのような娘に目を付けられる可能性は十分にある。
マサキという子のように近くであの娘と過ごすなら、今の何もない私の方が万倍いいだろうと最近考えが変わった。
「そろそろ二人とも仕事をしろ」
はいはいと適当に返事をして、立ち上がる。
パトリシアも同じように立ち上がった。
「あんた軍人だろ? ここにも元帝国の軍人が来る。来た時に話を聞いてみるといい」
レスモンドがまともなことを言っている気がする。
なんだかこの男が私以外の女性に気を使っているのがなんだか面白くない。
「お優しいのね」
「何怒ってるんだよ」
「何も? 怒っていませんがー?」
「面倒な女だ」
レスモンドがため息を吐いて、カウンターを拭き始める。
この男はもう少し女心を学んだ方がいい。
顔は悪くないのに、気を使えないのだから女性に相手されないのだ。
この男が女性に囲まれている光景は想像したくないのだけど。
それはそれで不快で仕方ないことだった。
▼
私がこの酒場に連れて来られたその日の夜。
カウンター席に何人かのお客さんが座り、レスモンドという男が相手していた。
マリューネという女性はカウンターにしか人がいないので、暇そうに適当な席について爪を研いだりしている。
私は手持無沙汰だ。
壁にもたれかかるようにして、その様子を眺めている。
生き残った。
けど、これで良かったのだろうか。
いや、いいはずだ。
もう私は選んだのだから、今更後悔しても遅いのだ。
カランカランと鐘の音が鳴った。
誰かがやってきたようだ。
「いらっしゃいませ、お好きな席にどうぞ」
「あぁ、ありがとう」
入ってきたのは女性だった。
赤色の髪にその吊り上がった眉。
この人は知っている。
イーラ・リール・ミルセリア。
第五騎士団は全滅したって、言われていたのに。
なぜ。
私がそんなことを考えていると、いつの間にか私の隣にマリューネが来ていた。
「私が相手するから、知り合い? なんでしょ。話してきなさいよ」
そう言って、背中を押される。
イーラが座った席の前に立つ。
なんて話せばいいのか分からず、立ちすくんでいると、イーラの前にグラスに入ったお酒が運ばれてきた。
「座ったらどうだ」
「……はい、失礼します」
疑問は多い。
ただ、どれから聞いたらいいか分からない。
それにこの人の肌はもっと黒かったように思うのだが、どうしてだろうか。
「お前も帝国を抜けた身なんだろ?」
「……私は帝国を売って、逃げただけです。こうして生きているのが不思議なぐらいです」
帝国に忠誠を誓い、騎士団を作り、男性の中で戦い続けた彼女は私に対してどう思うのか分からない。
だから、恐る恐る下がっていた視線を上げて、イーラを見た。
しかし、彼女は呵々と笑っていた。
「末端まで教育が行き届いていないとなれば、いよいよだな」
どうして愉快そうなのだろうか。
思うところがないのだろうか。
この人は帝国を思い、戦ってきたはずだ。
「……怒らないのですか?」
「何に対して怒るのだ?」
私が聞き返してしまうところを堪えた。
「帝国に忠誠を誓った私がお前のようなことをする人間に怒ると思ったのか?」
私は首を縦に振る。
まさにそうなると思っていた。
「バカを言え。私も、私達帝国第五騎士団は全員死んだことになっているんだ。帝国第五騎士団団長イーラ・リール・ミルセリアは死んだ。ここにいるのはフィリーツ領に暮らすただのイーラだ」
どうしてそんな清々しい笑みを浮かべられるのか分からない。
何かを吹っ切ることが出来たら、私もいつかそんな笑みを浮かべられるのだろうか。
それから私が帝国の今を話し、イーラにはこれまでどんなことが起きていたのか聞いた。
一通りの話が終わったとにふと疑問に思っていたことを尋ねた。
「その肌はどうしたんですか?」
「ん? あぁ、これか、会って話を聞いてもらった方が早いのだけど、ざっくりとした説明だが、帝国の街に使われているのはどうやら呪われているらしくて、それの影響で肌が焼けているらしい」
初耳だった。
今までそんな事発表されていない。
いや、そんな損になる情報発表されるわけがないか。
「マサキっていう子が、帝国から離れてこの場所いたら、いずれ綺麗な肌に戻るって。根拠がないから信じていなかったが、これだからな、結果として信じざる得ないことになったな」
どういうことだ。
どうしてそんなことが分かるのか。
色々と可能性も考えてみたが、全く何もしっくりとしたものがない。
「マサキが誰か一目で分かるさ、七色に輝いているからね」
それからしばらく話していたが、イーラは遅くならないうちに帰っていた。
私は会わないといけない。
そのマサキという女性に。
謝辞
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