百二十三話 二年目 拷問少女
屋敷まで連れて来られた私たちは、地下室に連れていかれた。
私以外の物は担がれたりしていて、軽度ではあるが負傷しているみたいだ。
そうして、服を脱がされて磔にされる。
拘束は強固なもので、ちょっとやそっとでは解けないどころか、緩む気配すらない。
そして、頭に水桶のようなものを被せられると、ネジのようなものを差し込んできて、どんどん頭を圧迫していく。
左右に顔を背ける事すら不可能な状態だ。
もちろん抵抗しようとした。
しかし、それすら許さない相手の筋力。
こちらの抵抗を物ともせず着々と準備を済ませていく。
一通りの準備が終わると、階段を下りてくる小さな足音が聞こえた。
息を呑む。
最初は少女のように思えたその人は今や悪魔にすら見える。
レティシア・ヴァリアス・アドガルド・フォン・スカーレット男爵。
笑みを浮かべながら、降りてきた。
無邪気に見えるその笑みは、邪悪にしか見えない。
「ごきげんよう、私の物へ手を出そうとした不埒な方々」
私たちの前に来ると、銀髪の女性が椅子を用意する。
男爵は腰を掛けて、私達の顔を一瞥した。
「帝国の諜報の方かと思っていたのだけど、暗殺を生業とする方々だったのかしら?」
誰も答えない。
答えるはずがない。
「いいわ。そうよね、そういう態度を取るわよね」
男爵の笑みがいっそう深くなる。
「決まったわ。あなたたちの処遇」
それはもう楽しそうだ。
どうして少女がこんなにも邪悪な笑みが浮かべられるのか、空寒さを覚える。
「拷問でもして、少しでも情報を吐かせようかと思ったのだけど、止めたわ。これからあなたたちを解剖して、私の知的好奇心を満たすことにするわね」
「は?」
誰が声を発したのか分からない。
私かも知れない。
いや、一体何を言い出したのか。
解剖する?
殺される。
殺される未来が確定したようなものだ。
「こういう仕事をしているのなら、拷問を受けた際の訓練とかやっているのでしょう? それならあなたたちの心を折るのが面倒って思ったのよね。だから、あぁ、ちょうどいい。帝国の人たちは精霊に呪われているのなら、その身を解剖してどんな影響を受けているのか知りたいって思ったのよ。素敵じゃない?」
言っている意味が分からない。
目の前にいる少女が怖かった。
本当に彼女は少女なのか。
少女の形をした化け物ではないのだろうか。
確かに訓練は受けている。
対尋問訓練。
あれは酷いものだった。
女の私に対しても容赦のない物だったが耐えられ、こうして今いる。
だけど、今回が初めての任務だった。
王国の端にある小さな村で情報源になりそうなものの拉致や嫌がらせのように有能な人材を消去するのが目標だった。
王都から目が届きにくい小さな村だから、気軽にやれると部隊員全員が言っていた。
けど、どうだ。
私たちの班はこの有様だ。
明らかに貧乏くじを引かされた。
「男はこんなにもいらないわね。そっちの若いのと……偉そうなのは後ね。ええ、そっちのおじ様にしようかしら」
男爵が選んだのは私と同じようにまだ入ったばかりでこれが初めての任務だと言っていた男とこの班の副長だ。
班長とは長い付き合いであるため、多くを話さないでも息がぴったりだった。
副長と同期の男の拘束が解かれる。
もちろん、解かれた瞬間に逃げようと抵抗するのだがすぐに短髪の女性と高齢の男性によって抑えつけられた。
「四肢は必要ないから砕いておいていいわよ」
少女は椅子に座ってその様子を眺めている。
「アンナ、私がやります」
「アルフレッドのおっさん、俺がやるよ」
銀髪の女性の手には大きな槌を持っていた。
銀髪の女性は容赦なく槌を振り下ろし、藍色の髪の男は思いっきり踏みつける。
藍色の男の方は大したことのないように見えたのだが、二人同時に
「ぐうううぎいいっ!」
必死に悲鳴を我慢するような声が漏れた。
副長の方は槌によって潰されて、膝から下が片方だけ潰れている。
同期の男の方は、こちらも片方の膝から下が折れ曲がってしまっていた。
目を逸らしたい。
こんなの見たくないと思っても、頭の駆動域は制御されてしまっている。
目を逸らそうとしても嫌でも、視界の隅に引っかかる。
彼らが終わったら、私達だろうか。
気が狂いそうだ。
危険な部隊だというのは分かっていた。
だけど、まだ戦時中でもない。
油断したところに漬け込むだけで、楽に帰れると思っていた。
そして、それを思っていたのは私だけじゃないはず。
この班の全員そう思っていたはずだ。
なのに、何でこんなことになってしまったのか。
二人とも両足を潰されてもう動くことも出来ない。
「あら、そっちの若い子。骨が飛び出ちゃって可哀そうね、もう少し綺麗に折ってあげたら?」
男爵は楽しむようにその様子を眺めている。
「そうですよ、筋肉頭。私のように綺麗にやりなさい」
「おめーのは叩き潰してるだけだろ。骨どころか身も出てんじゃねーか」
銀髪の女と藍色の男は残酷なことをしているのに顔色を変えず、あまつさえ夕飯のことでもめる夫婦なようなやり取りをしている。
どうなってるんだ、ここは。
そして、腕を潰したため二人の悲鳴がさらに地下室に響いた。
両手足を砕かれた二人はそれだけで虫の息だ。
酷い。
こんなのただ苦しめているだけだ。
もう一思いに殺してあげればいいのに、それすらしてもらえない。
高齢の男と短髪の女が、二人を壁際に連れて行く。
鎖で吊るされるが、二人とも抵抗することなくぐったりとしている。
ここから確認できるのは、二人ともまだ呼吸はしていることだけだ。
「じゃあ、まずはお腹を開いて見てみましょうか」
男爵が席を立ち、二人の前に立つ。
彼女が手を振ると、副長の腹が裂ける。
「マリア、裂いたところを広げて壁に固定して」
そういうと同期の男にも同じように手を振ると腹が裂けた。
しかし、皮だけ割いているようで、広げられた皮膚を固定しても内臓が出てきていない。
「精霊の呪い、魂にだけ影響があると思っていたけど、体の方にも影響があるみたいね」
目を逸らしたい光景だけど、それが出来ない。
私もあのような格好になってしまうのか。
嫌だ。
怖い。
怖い。怖い怖い、怖い。
「どういうことでしょうか、レティシア様」
「マサキが言っていたと思うけど、精霊の呪い、肌、体、魂を焼いているって。大げさな表現だとは思っていたけど、そうでもないかもしれないわね。こっちの男とそっちの若いのを比べてみたら、分かると思うけど、こっちの男は皮膚の下まで変色してしまっている」
班長がどう言う顔をして見ているのか分からない。
私はもう逃げ出したい。
どうにか助かりたいことしかもう頭にない。
帝国がどうこうではない。
こんな異常な空間から早く逃げ出したい。
たったそれだけだ。
「もう少し中を見てみましょうか」
男爵が手を振るえば、皮は破れて、中が見える。
「マリア固定よろしくね」
そうして、銀髪の女の手によって二人の解剖標本が出来上がった。
「やっぱりこっちの男は臓器まで変色しているみたいね。けど、病気とかそういうのはなさそうね」
男爵だけが興味深そうに血で汚れるのも構わず、臓器を触ったりして確認している。
まだ二人とも生きている。
なのでその臓器ももちろんまだ機能していることになる。
「大体変色しているのに、病気とか異常があるように見えないわね。これは確かに呪いというほかないかもしれないわね。中身も変色するのかしら?」
ここから男爵が何をやっているのか詳しくは見えない。
しかし、副長の腹に手を伸ばして動かしているとそのうちに、副長が血を噴き出す。
副長を呼ぼうとした、呼ぼうとしたが、声が出なかった。
男爵の鋭い目がこちらを向いていたからだ。
恐怖で動けなかった。
幾ばくかしないうちに副長の体が震えだし、その動きを止めた。
「中身まで変色しているのね。それにしてもこの死体でも呪いを振り撒くのかしら?」
「マサキを呼んできましょうか?」
「後にしましょう。あの子にはここは少し刺激的過ぎるわ」
そう言いながら、私達の方に振り向いた。
「待たせたわね。あなたたちの番よ」
目の前が真っ暗になったのかと思った。
もう助からない。
ここまでの命だったと諦めそうになる。
「す、スカーレット男爵様!」
「何かしら?」
裏切りだ。
けど、けど、これしかもうない。
私はあんな風に死にたくない。
「何でも話します。私の知っている情報なら、何でも言います。だから、命だけはどうか!」
「おいっ!」
「黙ってなさい。私が今そこの女と話してるのよ」
班長が黙る。
もうこれしかない。
情報。
これに勝るものはないはず。
「そうね……あぁ、良いことを思いついたわ」
男爵が同期の男に近づくと、手を振るう。
すると、その手には同期の男の陰茎が握られていた。
それをどこから出したのか銀髪の女が鉄の櫛を男爵に与えれば、串刺しにした。
「アルフレッド、頼むわ」
「はい、ガレオン、よろしいでしょうか?」
「そんぐらいなら、まぁいいぜ」
どこからともなく火が噴き出て、陰茎を焼き始める。
何をしているのか聞かなきゃいけないのに、聞くのが怖い。
聞いたら、それをやらなきゃいけないだろうから、下手に行動を起こせない。
何故かそれに白い粉のようなもの等を振りかけていき、気が付けば、血の匂い溢れる地下室でいい匂いがしていた。
お皿に載せられ、小さく切られる。
「食べなさい」
「……え?」
だって、それは、そう男の人のあれだ。
それを食べるなんて、どうかしている。
無理だ。
無理だけど、やらないとダメなのか。
「簡単に裏切る人間というのを信用するっていうのは無理があるでしょう? だから、試してあげる」
それをそうだけど。
言葉に出来ない。
いや、言葉にしても通じるのだろうか。
「早く口を開けなさい。無理やり開けてもいいのよ? その場合、二度と口が元に戻らないかもしれないけど」
目を閉じて、大きく口を開けた。
そして、舌の上に男の陰茎が置かれた。
それだけで吐き気がする。
けど、ダメだ。
口を閉じて一度噛む。
気持ち悪い。
吐き気が上がってくるけど、必死に抑えて、飲み込んだ。
えずきそうになる。
「吐いたら、その歯全部砕くわよ」
やれるかやれないかで言えば、やれる。
この男爵ならやる。
だから、精神力を振り絞って、なんとか抑え込む。
「……これで信じてもらえるでしょうか?」
「そうね、あなたが勝手に言う分には聞いてあげるから、好きに歌ってみなさい。私の興味を引かれるものがなければ、あなたもあそこに並べてあげるわ」
なんでよ、という気持ちがあったのだが、必死に考える。
何があったか、と。
だから、私は必死に自分が知っている情報を話した。
今回私たちが来た目的、ここ以外で狙っている場所。
ただ、それだけではまだ興味を示さずに、短髪の女に爪を研がせて、銀髪の女にはその顔や腕についている血を拭かせていた。
足りない。
まだもっと出さないといけないのだが、末端の自分では多く持っていない。
ならばと、他の町に潜んでいる諜報員の情報を漏らす。
そこで、男爵の目だけこちらに向けられた。
後はここからの脱出ルートや、王国に潜んでいる諜報員との連絡を取る方法など話したところで男爵がこちらを向いた。
「王都にはどれぐらい潜んでいるのかしら?」
「それは……分かりません」
「誰なら知っているのかしら?」
「……班長。私の隣の人ならきっと」
男爵が考え込んだ後に、私に向き直った。
「私と契約結べるわよね?」
「はい!」
悪魔とでもいい。
今この場で助かるのであれば何でも契約して見せる。
男爵がにやりと笑う。
その笑顔は本当に邪悪で悪魔染みていた。
「あなたのことを解放してあげるわ。ただし、そこの男にも契約を結ぶようにあなたなりに説得しなさい」
男爵が様々な道具を私の前に放り、私の体は自由になった。
▼
裸の女性が、裸の女性に鞭打つさまを遠くで眺めている。
「すごい気迫ね」
なんだかそれが面白くて笑ってしまった。
全員殺すつもりはなかった。
誰かの心を折って、こちら側につかせて情報を聞き出そうとは思っていた。
リーダーの男は殺さない。
若い男女はどちらか。
もう一人の男だけ解剖するのを決めていた。
若い男にしたのは、女の方が恐怖で顔が引きつっていたから。
表情を消し切れていない彼女が悪い。
「戦争のきっかけになりそうなものがようやく手に入ったわ」
彼女があの男に従属の契約をさせられるようなら、それでいい。
そうでなくても、私が無理矢理結ばせるだけ。
彼女のやっていることに意味はない。
意味はないのだが、必死になってやってくれているので終わるの待っている。
「さて、この火種はどこに持っていくのがいいかしらね」
謝辞
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