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百三十二話 二年目 迫る凶刃

 ▼


「まずは情報収集を」

「決行は?」

「七日後、ただし、ターゲットが来ない可能性もあるので前後する」


 ▼


 氷の季節のフィリーツ領。

 目の前に広がる雪。

 王都では見たことのない景色だ。

 何回見てもこの景色だけでわくわくして、走り出してしまいそうになる気持ちにブレーキをかけるのに大変だ。

 いつものようにマサキさんに送ってもらうのだが、送ってもらった部屋の窓から見える外の景色。

 一面雪で覆われたフィリーツ領。

 毎回それを見るだけで心躍る。

 ただ、そのままの姿で出て行くわけにもいかないし、出て行ったら体調を悪くしてしまう可能性もあるので、いつも温かい格好に着替えさせてもらって遊びに出かける。

 吸血鬼には過剰だと思えるほどの防寒具を付けさせられる。

 ただ、ここで着るものは王都で見たことのない物ばかり。

 耳当てに毛皮のコート、手袋にブーツ。

 あたしがあまり城下に降りることがないから知識がなかっただけかもしれない。

 それにしても、これだけ着ていて、走り回れば、いくら外が寒くても体は熱くなる。

 脱ぎたくなるのだが、吸血鬼に、「それで風邪でも引いたら、氷の季節の間は二度とここに来ることを禁止するから」と言われているので、体調には細心の注意をしている。

 それにしても、氷の季節は時間の経過が分かりにくい。

 ずっと空は鯨の潮の影響で、白く覆われていて陽の光が少ない。

 暗くなってくるのも突然で、急いで帰ると言ったことがしばしばあった。


「あの、聖女様でしょうか?」

「え?」


 後ろから声をかけられて、思わず後ろを振り返ってしまった。

 そこには一人の女性が立っていた。

 黒い防寒具を着ている女性は肌は少しだけ黒い。

 それに髪は茶色で、目尻が垂れているところから優しそうな雰囲気がする。


「違いましたか?」

「ち、違います!」


 吸血鬼と相談していた。

 聖女だと聞かれたら、否定するように、と。

 そして、名前を聞かれたらこう答える。


「フィオリ様ではないのでしょうか?」

「違います、私はリーフィアです」

「……そうですか」

「はいっ!」


 そうして歩き出そうとすると、また声をかけてくる。


「リーフィア様」


 早く帰らないとまた吸血鬼に怒られるのに。


「様はいいですけど、なんですか?」

「レティシア男爵の屋敷に帰るのですよね? ご一緒いいですか?」

「別にいいですけど……」


 それぐらいなら構わないだろう。

 あたしは前を向き直り、歩き出す。

 横や後ろを向いて、歩いていると雪に足を取られて転んでしまうからだ。

 遊んでいるときによくやったことだ。

 だから、あたしはしっかりと前を向いて歩き出した。


 私が防寒着の袖から黒塗りのナイフを取り出した。


 ▼


 レティシア様に呼ばれて、屋敷で少しお話をして帰路を急いでいた。

 少しだけと思っていたのに、気が付けば空はどんどん暗くなっていくところだったからだ。

 息子も夫も待っているだろうから、急いで帰らないといけない。

 雪に気を付けて早足で家に向かう。

 しかし、レティシア様に呼ばれるのも久しぶりのことだ。

 今も私達への授業は続いているのだが、以前のように毎日というわけにもいかないらしく、時々というようになった。

 レティシア様の都合がいいときだ。

 それもそうだ。

 レティシア様はここの領主をやっている人。

 私たちが見当もつかないようなことをやっているから、きっととっても忙しいのだろう。

 簡単な契約とか、交渉というのも私やソーニャに頼ったりすることもある。

 今回もそれ関係の話だった。

 レティシア様の屋敷から時々出てくる子供が着ていたような立派なコートは私の家にはない。

 買えるかもしれない貯え自体はあるのだが、それだけのために使うわけにはいかない。

 だから、ずっと着ているコートを着てしっかりと前を閉じている。


「すみません、少々お話を良いでしょうか?」

「え?」


 前方から現れたのは私の夫と同じぐらいの年齢の男性で、肌はしっかりと焼けているみたいに黒い。

 短く刈り上げた髪と、鋭い目つきからちょっと怖い印象がある。


「失礼、サリー・スタットさんでしょうか?」

「そうですが……なんでしょうか?」

「いえ、確認が取れたので結構、それでは」


 次の瞬間、何が起こったのか私には理解出来なかった。


 ▼


 寒い。

 どうしてこういう時に限って、外に邪魔な木箱の片付けを頼んでくるのか。

 絶対にあの男を許さない。

 後であったら文句の十個や二十個は言ってやろう。

 それにこんな雪の降る中でも店を開ける意味があるのか理解に苦しむ。

 商人たちもこの雪のせいでこの領に寄り付かない。

 領民も決まった人しか来ない。

 これなら、閉めていても一緒じゃないかと思うのだが、あの男は開けると言う。

 ま、私はただの給仕の一人。

 あの男が開けるというのであれば、従おう。

 大人しくはないが。

 木箱の片付けも済んだ。

 ちょっとだけだと思って、給仕用の服に薄い羽織しか着てこなかったのは失敗だった。

 早く店の中に戻ろうと思って、手をこすりながら歩き出した。


「ちょっといいかな?」


 声をかけられて振り返る。

 黒い防寒着を着た男が立っていた。

 肌は浅黒く、身長は私よりも高い。

 長い明るい茶色をした髪に、口元に笑みを浮かべている。

 人によっては好かれる仕草かもしれないが、目が笑っていないせいで気味が悪い。

 こういう客は見たことがある。


「……何でしょうか?」

「君、帝都の酒場で働いてなかった?」


 あの魔族の娘がこの男たちは帝国方面から来たと言っていたか。

 私たちを追ってとは考え難いのだが、それでも警戒してしまう。


「違いますけど」

「そっか、君さ、マリューネ・フォン・モライアだよね?」


 男との距離は十歩以上ある。

 大丈夫だ。


「そうですけど、何か?」

「いや、それだけ確認出来たら十分。ありがとう」


 そうして、彼の姿が消えた。


 ▼


 真咲がいないから暇を持て余していた。

 いや、レティシアの下でやることはある。

 けど、レティシアからお使いを頼まれた。

 領内にあるロジック商会の店に文を届けてほしいというものだ。

 後で真咲に頼めばいいのにといえば、「少しは運動しなさい。体が鈍るわよ」と言われて仕方なく歩いて向かうことにした。

 そして、今は帰路。

 半分魔族だけど、もう半分はまだ人間のはずの私に寒さは堪える。

 出身が雪国でもないから、余計にだと思ってる。

 屋敷にあったコートを勝手に拝借して、完全防寒の姿で外に出てきたはずなのに、それでもまだ寒い。

 外を歩いている領民の姿は周りにない。

 氷の季節だと畑も雪に埋まっているし、家畜は建物内だ。

 歩いている人がいないわけだ。

 早く帰ろう。

 真咲もそろそろ帰ってくる頃だし。

 早足になろうとしたところで後ろから声をかけられる。


「すみません、少々時間いいでしょうか?」

「何?」


 振り返りながら答えた。

 レティシアの屋敷で見た四人の内の一人だ。

 かなり肌が焼けているのか、大分黒い肌になっている。

 短く切り揃えられている髪からは手入れがしっかりとされているようで清潔な感じがする。

 年齢は私のお父さんぐらいだろうか。

 若く見えるから、もっと上かも知れない。


「サイトウユリナさんでしょうか?」


 どうして私のフルネームを知っているのか。

 私は真咲と違って、あまり人にフルネームは言ってなかったはずだ。

 この男にだって言った覚えはない。


「そうだけど、何?」

「いえ、お手数かけました。これで失礼します」


 男が身を屈めてこちらに突撃してくる。

 そして、その手にはナイフが握られていた。


 ▼


「こんなものでしょうか」


 突然聞きなれた声がして、振り返ると女の人の腕を捻り上げているマリアさんがいた。


「は、離せ!」


 女の人がマリアさんの拘束から逃れようと暴れるのだが、マリアさんには効果がないようで、全然拘束が解かれる様子がない。

 それに何でこんなことになっているのかあたしには全く理解が出来なかった。


「面倒ですね。今すぐ暴れるのを止めなさい」

「ぐぎぃっ!」


 悲鳴のようなうめき声が女の人から漏れる。


「あなたの拘束方法ですが、お嬢様から指定はありません。これ以上暴れるのなら、四肢を砕いて持っていきますよ」


 マリアさんが淡々と告げると女の人は観念したのか力を抜き、暴れるのを止めた。


「それでは行きましょうか」


 女の人の腕を捻り上げながら、あたしの方をマリアさんが見てきた。


「え?」

「屋敷に向かわないと、お嬢様に怒られますよ」


 それだけ言うと、女の人を引きずるように連れて行く。

 あたしは何が何だか分からなかったのだが、とりあえずマリアさんに付いて行った。


 ▼


「ご婦人にこのような物を向けるなど感心しませんな」


 いつの間にかアルフレッド様が目の前に現れて、男の人との間に立っていた。

 そして、振り向きいつもの柔和な笑みをこちらに向けてくる。


「サリー様、すぐに終わりますので、そのままお待ちください」

「は、はぁ……?」


 何が起きているのか分からない。

 事態が全く掴めない。

 そのせいで生返事をしてしまった。


「失礼」


 アルフレッド様がそう言った直後男が浮き上がる。

 何があったという前に男は力が抜けているのか、浮き上がったまま動かない。


「サリー様、もう何も家路に脅威はありません。どうぞ」

「は……はい?」


 よく分からないせいで疑問形になってしまった。

 アルフレッド様が私に行くように示しているので、家路につく。

 後ろをちらりと振り返れば、アルフレッド様が男を担いで屋敷の方に向かっているところだった。

 一体何があったんだろうか、と不思議で仕方なかった。


 ▼


 「ま、こんなもんか」


 消えたと思った若い男が吹っ飛んでいた。

 何が起きたと思ったら、魔族の娘の従者の一人が蹴り上げたままの体勢でいた。


「怪我、してねーだろうな?」


 怖い顔つきの男だ。

 獣のような怖さのある顔つきだ。


「は、はい……」


 何とかそれだけ答える。


「あーあれはこっちでもらってくから、帰っていいぞ」


 それだけ告げて、吹き飛ばされて動かない男の方に強面の男が歩いていく。

 色々聞きたいことはあるのだが、これ以上関わりたくない。

 もうトラブルに巻き込まれたくないので、飲み込むことにした。

 何もなかった。

 何もなかったんだと自分に言い聞かせて、店に向かった。


 ▼


「反応が遅い。鈍ってますね、ユリナ」


 迎撃しようと構えていると、気が付けば男が雪に叩きつけられていた。

 私にこう言える人は一人だ。

 アンナさんが男と私の間に立っていた。


「反撃しようと思ってました」

「もっと早く迎撃しなさい」


 相変わらずこういうことに関してはとても辛口だ。

 だからこそ、色々と学ぶことが多いのだけど。


「その人、どうするの?」

「レティシア様が使いになるでしょう」


 アンナさんが倒れている男を担ぎ上げる。

 私ではまだ筋力が足りそうにない。


「それでは帰りましょうか」

「無事か、とか、怪我はないかとか聞かないんだ」

「私が間に入ったんです。何もあるわけないでしょ」


 そう言って、人を一人担いでるとは思えない速度でどんどん先に行ってしまう。

 せっかく私の活躍出来る機会だと思ったのに。

 それにしても、レティシアが使う、か。

 きっといいことではないだろう。

 私たちは二人部屋で過ごすことを決めた。

C100に参加いたしますので、それの宣伝のために活動報告を更新しました


謝辞


いつも読んでいただきありがとうございます。

いいね、評価、ブクマ、誤字報告もありがとうございます

これからもどうか、本作「美少女吸血鬼の領地経営」をよろしくお願いします

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