百三十一話 二年目 客人
二年目も終わりを迎えようとした、氷の季節。
職人たちの頑張りにより、酒場の方は何とか完成を迎えることが出来た。
一階に吹き抜けになっている二階。
三階は二人の部屋を作っておいた。
その方が便利だろうと思ったからだ。
利用客は今のところ商人ばかりだが、季節が悪かった。
氷の季節で、ここに来るまでの道のりが雪で埋まる。
それにここは鯨もいるし、山に近づけば兎まで出てくる。
レザードのロジック商会がぽつぽつと訪れるぐらいしかいない。
売上自体は悪い。
悪いのだが、利用した客から評判聞けば悪くないというものだったので、氷の季節が終われば少しは改善されるだろう。
そんな収支報告を見終わり、次の書類に手を伸ばしていると、アンナが執務室に入ってきた。
ノックもしないで入ってくるのは珍しいので、思わず見てしまう。
「どうしたのかしら?」
「マリアが帝国方面から来る馬車が兎に襲われているということで、どう対処したらいいか判断を仰ぎに来ました」
「帝国から?」
「はい、帝国方面からです」
「助けてあげなさい」
「了解しました」
アンナが一礼して、執務室を出て行った。
私の仕事を手伝っていたユリナは何も言わない。
「妙な話ね」
「何が?」
ユリナには分からない話だったのか。
「兎ってどうしてこの季節に発生するのか覚えてるかしら?」
「……鯨の雪を食べるためでしょ」
「ええ、じゃあ、鯨は何を食べるの?」
「兎でしょ」
鯨が雪を降らすところに兎が出る。
兎が雪を食べ、繁殖というよりも増殖したところに鯨が来る。
「兎に襲われるというなら、数は多いわね。だったら、鯨もそれに釣られて一頭ぐらいは着ててもおかしくないはずだわ」
マサキだともっと詳しく解説してあげないと分かってもらえないが、ユリナだったらもう大体察してくれるから助かる。
「……帝国のスパイ?」
「すぱい?」
酸っぱい、とはまた違う言葉なのは分かる。
「こっちの言葉だと、多分諜報員とかそういう感じ」
「なるほどね、それならそうかもしれないわね」
私の言葉に引っかかったのかユリナが考え込むが、すぐに分からないので、どうしてか問いかけてきた。
「自分の国からネズミを追い出した後よ。もちろん、王国にはもう帝国のネズミはごまんといるはずよ。その状況でこんな分かりやすい形で送ってくるかしら」
私だったらやらない。
それよりも帝都方面の商人も締め出している始末。
どうやって物資を調達しているやら分からないが、もしかしたら何かしらの神造兵装や、神様からの授かりもので賄っているのかもしれない。
それは一先ず置いておこう。
ただ、締め出したのにそこから馬車が来るのはおかしな話だ。
亡命という線はなくはない。
ただの亡命者なら、兎に襲われるなんてことしないだろう。
不可解な行動だ。
「それじゃあ、何なのよ」
「私に聞いても分からないわ」
「なら、分かった風な雰囲気作るのやめて」
全く手厳しい娘だ。
マサキじゃなかったら、この子をもらってくれる子はいなかったんじゃないかしら。
「どっちにしても、すぐにわかることよ」
「何でよ」
「そいつらが事を起こした後に自分たちで歌ってもらえば済むことでしょ?」
相手が手を出して来るまで待たないといけない。
けど、ただ待つだけじゃない。
今回はもう以前のようなへまはしない。
「それはそうだけど、趣味が悪い」
「手早く解決するのに一番いい方法じゃない」
後はマリアたちが帰ってくるまで待てばいい。
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「助けていただきありがとうございました」
そう言って、一人の男性が私に膝を付き頭を下げている。
マリアが助けた馬車は男性が三人、女性が一人という構成だった。
武器の類は一応あったらしいが、大きな家財が積んであった様子はない。
年齢で見れば今頭を下げている男性が一番年上で、同年代ぐらいの男性、若い男女と言ったところか。
これで兎を出来なかったわけか。
「国王陛下から領地を任されている身として、ここに向かってくる者が命に危機に瀕しているのであれば助けるのは当然なまでよ」
「私どものような平民にもそのような慈悲を……感謝の念が堪えません」
男たちはいっそう頭を深く下げる。
このまま感謝され続けるのもいいのだけど、それよりもここに来た目的を知る方が先だ。
「どうしてこんな季節にここに向かってきたのかしら?」
「……それは、積んできたものを王国で売ろうと思いまして」
積んできた物。
人は王国じゃあ売れない。
これはもう法で決められていることだ。
法を破ってもいいのだが、また私が粛清に向かわされるかもしれない。
「荷物は少なかったと記憶しているのだけど?」
「ご尤もです。最初は多くの武器を積み込んでいましたが、しかし、雪兎に追いかけられ、少しでも馬車の速度を上げるために車外に捨て、必要な武器のみ残して何とかここまで逃げ切ることが出来ました」
裏付けをする必要はない。
マリアに任せてもいいのだけど、それはしなくてもいいだろう。
嘘か真実か。
暴く必要のないことだって存在する。
今回なら特に、だ。
「それは災難ね」
憐れむような目で男たちを見た。
「ええ、本当に」
「武器の回収、私達の方でしてあげましょうか?」
「いえ、いえ! そんな滅相もない。領主さまにそんなお手を煩わせるようなことを……!」
慌てて言うことでもないだろうに。
回収されて困る物でもまるであるみたいじゃないか。
「そう? まぁ、あなたたちがそういうのであれば、ね。気が変わったらいつでも言ってくるといいわよ」
「ありがとうございます、ご領主様」
氷の季節が終わってもまだどうせ、ここに来る道を使うのはいない。
色々済んだ後にゆっくり探してみるのもいいだろう。
「それであなたたちはこれからどうするのかしら? ここから隣のポートリフィア領に行くにもまだ雪は積もっているわ。兎が出てくる可能性は十分にあるわよ?」
「それは……」
男の目が泳ぎ、言い淀む。
だったら、私が都合のいい答えを提示してあげよう。
「しばらくこの領に泊まっていったら? 雪も降って、宿も閑古鳥が鳴いているから部屋なら空いてるわ。それにちょっと値引きするように私が言っておいてあげるわよ?」
「お心遣いありがとうございます。それではお言葉に甘えさせてもらう形で、しばらくお世話になろうと思います」
「ええ、そうするといいわ」
そして、男たちは退室していった。
控えていた従者たちが前に出る。
「レティシア様」
「分かってるわ、マリア」
マリアはきっと彼が嘘を吐いているのを見抜いている。
私が回収しようとしていた物はないのだろう。
「普段の仕事は一旦いいわ。彼らにずっとついていなさい」
「四六時中か?」
「ええ、私達だから出来る方法でしょ?」
「それもそうだな」
一々睡眠をしないでいいのは私たちの利点だ。
「誰が誰を見るのかはそちらに任せるわ。ただ、条件があるわ」
「何でしょう、レティシアお嬢様」
アルフレッドが聞いてきた。
「あいつらが狙った相手は必ず守りなさい。傷一つ許さないわ。いいわね?」
「分かりました、レティシアお嬢様」
従者たちがアルフレッドに倣って、膝を付いて首を垂れる。
そう、もう同じことを繰り返すつもりはない。
人攫いだろうが、暗殺だろうが、私の領では許さない。
やってみなさい、帝国。
私が全部叩き潰してやるわ。
謝辞
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