百三十話 二年目 新たな地での始まり
寝坊しました
久しぶりに会ったマリューネもレスモンドも変わりない様子だった。
いや、レスモンドは若干身綺麗になったように思う。
酒場と言っても、汚い店よりも綺麗なところがいいだろうから、変わったのかもしれない。
彼はそこから離れられないのだから、仕方のないことであるが。
閉じ込めているのは私であるけど。
今、二人は執務室に座っている。
少し前、マサキに頼んで、二人とロジック商会の面々と荷物の回収をしてもらった。
マサキに手伝い入るかと頼んだのだが、一人で大丈夫っしょっと言っていたので、近くにマリアを待機させては置いたが、鎖を巧みに使い一人で終わらせていた。
あの影の道を通る時、二人は腰が引けた様な歩き方をしていたらしい。
それもそうだ。
未知のところを行かないといけないし、その先がどこに繋がっているのか分からないのだから、腰も引けるだろう。
こちらに来た二人を私が迎え、それからこれからのことを話すために執務室に招いたのだ。
しかし、紅茶も出し、簡単な焼き菓子まで出したのに手も付けずに固まったように動かない。
私は構わずカップに口を付けて、二人に問いかける。
「レスモンド、あなたこれからどうするか予定はある?」
マリューネに聞かないのは彼女は元々、ここで働いていた使用人だから。
帝国での仕事が終わったのであれば、戻ってきてもらうのが道理だ。
「……いや、何も」
そうは言っても、ここでは仕事をしないと食べることは叶わない。
また山賊に戻ることも、物取りになることはない。
私との従属の契約をしている関係で、彼にはそのようなことをさせなく出来るし、やったとしたら私ならともかく彼なら死んでしまうだろう。
それは私が魔族だから出来たことだ。
さて、それなら何をどうすればいいか。
いや、せっかくだ。
領民たちや他から来た者たちの金の落としどころを他にも作ろう。
それにいい働ぎ口になるはずだ。
「ここでは働かないと食べることは出来ないわよ」
突然言われてもどうにも考え思いつかないだろう。
「レスモンド、それならここで酒場を開くというのはどうかしら?」
「どういうことだ?」
食堂は完成して利用されている。
貴重なお酒を飲める場としては昨日はあるが、メインは腹を満たすことだ。
それにもっと商人を呼び込みたいのもある。
ポートリフィア領とまではいかないにしろ、それぐらいの盛り上がりをみせたい。
レザードにはいい借りが出来たのもある。
ちょっとぐらい手を広げてもいいだろう。
「新しく酒場を作ろうと思ってるの。商人たちやそれの護衛する者たち、領民たちにも利用してもらう目的もあるわ。帝国で働いてきたあなたにはちょうどいいと思うのだけど、どうかしら?」
「……好きにすればいい。俺はあんたに生殺与奪を握られてんだ」
「そう、それならそこで働いてもらうわ。出来るまでは畑の手伝いをしなさい」
そこで話は終わり。
あとは二人を部屋に帰すだけになったのだが、声を上げる者がいた。
「あ、あの! レティシア様」
意外だと思った。
マリューネは以前ちょっと脅し過ぎていたと思っていたからだ。
彼女は完全に委縮してしまっていて何も言わず、自分の職務に戻ると思っていた。
だから、こうして意見を言われるとは完全に思っていなかったので、それはそれですごい興味をそそられる。
どのような変化があったのだろうか。
「何かしら?」
「わ、私も、その、この男と同じところで働かせてください!」
恋愛感情でも芽生えたのかしら。
それはそれで面白そうな提案である。
しかし、一応理由というものが欲しい。
ただ考えなしにやらせるというのは良くないだろう。
「どうしてマリューネも一緒のところで働く必要があるのかしら?」
「それは……」
少し考え込む仕草をした後に、レスモンドを見る。
「それは、この男の接客態度に問題があるからです」
続けるように、顎で催促する。
「私はずっとこの男と働いておりましたが、この男の接客の態度は粗雑で客からはあまり好意的に見られておりませんでした。なので、この男一人では酒場はすぐに廃れてしまうと思います」
「じゃあ、村の女性から雇うというのはどうかしら?」
別にマリューネでなくてもいい。
私としては他の子でもいい。
そこでなぜ自分でないといけないのか、示してもらわないといけない。
「……私がこの男のことをよく理解しているからです。それに役割分担も出来ております。帝国で長くやってきておりますので、ここの者たちよりも勝手が分かっております」
理由としては弱い。
弱いが、それでもいいだろう。
別に利点が欲しいわけじゃなかった。
何かしらの理由が欲しかっただけなのだから。
「分かったわ。それなら、マリューネ、酒場が出来たらあなたにもそこで働いてもらうわ」
「はい! レティシア様!」
身を乗り出すようにして、今日一番の声の大きさで返ってきた。
そうして、二人を執務室から退室させた。
二人の部屋は今はあるが、酒場には住めるようにした方がいいかもしれない。
やりたいことも、立てたい建物もどんどん増えていく。
お金があっても全然足りそうにない。
まだまだフィリーツ領は未開拓な部分が多い。
長い長い時間を生きる私の楽しみはまだまだ尽きないらしい。
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「なんであんな提案をしたんだ」
私とレスモンドが廊下を歩いているときに、そう問われた。
「私があんたのためにそうしたと思う?」
「いや、全く思ってない」
失礼な男だ。
本当に失礼だ。
私は子爵の娘だというのにこの態度。
「私は魔族の娘から離れたい、たったそれだけの理由よ」
そう、この家で働きゃいけないのであれば、まだこの男が経営する酒場の方が億倍マシだと言える。
この家で働くということは私が苦手な人物に四六時中顔を合わせないといけないということで、精神的にどうにかなってしまいそうだ。
それに苦手なのはあの魔族の娘だけではない。
あの魔族の娘の従者をしている人たちと、マサキという子。
どうにもあのあたりは苦手意識がある。
だから、離れたい。
離れられるなら何でもいい。
他にも志願すれば他の仕事に向かわせてくれるかもしれない。
だけど、あの場では聞けない。
言える自信がなかった。
そこにレスモンドだ。
あの魔族の娘は、レスモンドだけどのような処遇にしようか悩んでいたように思える。
酒場であれば、私も働いていた。
それに夜が主な仕事時間になる。
ここの人間は大体昼が主要な仕事の時間であり、夜になればこの屋敷に戻ってくる。
だから、屋敷の仕事時間とはズレる。
顔を合わせる時間も少なくなるはずだと思った。
「あんたのことは、よく知ってるし、私のことも知ってるからちょうどいいのよ」
全部都合がいいのだ。
「そうか。まぁ、俺もあんたで助かるよ」
初めて言われた。
この数年ずっと一緒にいたのに、初めて言われた言葉だ。
「そ、そう? そうね、私のありがたみを分かればいいのよ」
こんな男であるが、自分が必要とされるのであれば、嬉しく感じる。
こんな男から、見る目がある男ぐらいに格上げしてもいいい。
「まだ先だろうが、そん時はよろしく頼む」
「ええ、こちらこそ」
男が割り振られた部屋に消える。
私はその姿を見送ってから、自分の部屋に入った。
謝辞
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