十三話 勇者の冒険譚
アユムから返事をもらってからは平和な日々だった。
ポートリフィア領の人たちには屋敷のことを断り、フィリーツ領から南に位置するイアルラ領にいる職人たちに頼むことで工事は再開した。どちらもお金はアユムに頼んで、払ってもらうことにしたけど。
そして、子供たちとともに、サリーとソーニャの勉強が始まった。
家の仕事が終わって、昼頃に子供たちと一緒に教えようと思ったけど、彼女たちは一応文字は読めたので、書きとともに簡単な計算から始めることにした。
四則演算が出来るようになれば、取引の席に座らせてもいいかもしれない。
授業開始から三日目。
サリーとソーニャにはそれぞれ書き取りと計算問題を出して、子供達にはとある物語を読んであげることにした。
勉強だけではどうにも飽きてきてしまうようだから。
「貴方たち、この世界の勇者のお話は知ってるかしら?」
「なにそれー?」
王都の方だと吟遊詩人が詩にしていたから、一般的な物語になっているのかと思っていたが、そうでもないのだろうか。
ここが田舎過ぎて、伝わってない可能性もあるのだけど。
「とっても昔、そうね、みんなのお父さんやお母さんが生まれるよりももっと前の話よ」
そう前置きをして語り始める。
子供たちも少しは興味を持ってくれたみたいで、私の方を向いてその無垢な瞳をこちらに向けてきていた。
「ここのような村からある日、みんなよりもちょっとだけお姉さんが神様に選ばれたの。『貴方には魔王を討伐する力の素質があります。私の剣を授けましょう』という風にね」
そう言って、近くの棒切れを拾って、子供たちに先端を向ける。
「神様に選ばれた子は神様からもらった剣、聖剣を手に魔王討伐の旅に出たの。西に東にこの世界を様々な場所をね。そして、山に谷に、海と色々な冒険を繰り返した」
子供たちに語りながら、その場で回り剣舞に興じたりすれば、子供たちから歓声が上がる。
ただ聞くだけよりもやはりこうしたちょっとした派手な動きがあった方がいいのだろうか。
子供のことはあまり分からない。
「そして、冒険のさなか、勇者の女の子は仲間にも出会った。カッコいい騎士、頭のいい魔法使い、神様にお祈りしていろんな奇跡を起こす神官、他にも色々な仲間がいたわ。そんな素敵な仲間と一緒にとうとう魔王の住処のある魔界への入り口を発見したの」
アンナはアルフレッドと一緒に村人の手伝いをしてくれている。
「魔界を神様に選ばれた子、勇者と仲間で冒険した。とても寒い凍り付いた森、その反対に燃えている海や、棘だらけの山。この世界では到底見ることが出来ない変わったところばかりで、危険しかない世界。けど、勇者の女の子たちはそんな危険を乗り越えて、ついに魔王が住んでいるお城に辿り着いたわ」
そこで一区切り。
長い棒切れに持ち替えて、棒術のように振り回す。
「勇者たちは頑張ったわ。魔王の住んでいるお城にはたくさんの魔物たちがいた。それをどんどん倒して奥に進んでいく。奥に進んでいくにつれて、一人また一人と仲間たちは倒れて行った。けど、悲しんではいられない。倒れていった仲間のために魔王を倒さないといけないから、進むしかなかったの」
最初はどうなるかと思っていたが、子供たちは聞き入ってくれていた。
中には口を開けて間抜けな顔を晒している子もいるが。
「そして、勇者はついに魔王の前に立つ」
棒切れを地面に突き刺す。
子供たちの視線が集まった。
「切っては切られ、魔王と勇者は激しい戦いを繰り広げたわ。そして、長い、とても長い時間の攻防の末、ついに決着を迎えた」
子供たちが固唾を飲んだ。
「勇者の聖剣は魔王の体を貫いていた。けど、魔王の持つ魔剣もまた勇者の体を貫いていたの」
声のトーンを落として、語る。
語られるは王都に伝わる勇者の冒険譚。
「勇者と魔王、二人は倒れた。勝者はいない。誰も立ち上がっている者はいなかった。勇者の冒険はここで終わったわ」
そう言って話を締めると、子供たちは呆然としていた。
それもそうだろう。
勧善懲悪な物語でもない、最後に物語の盛り上がりはない。
吟遊詩人の詩だと結末は華やかなに装飾されているが、私が語るものにはそれは出来ない。
「はい、物語はここで終わりよ」
そう言うと、「えー!」と子供たちから不満が噴出した。
「終わりなものは終わりなの。明日からはまたお勉強だからね、ちゃんと出来たらまたお話してあげるわ」
そう言って、手を叩くと終わりの合図。
子供たちは打ち出した弾丸のように、私の前から走り出していった。
そんな子供たちを見送って、サリーとソーニャの勉強を見に行くことにした。