百二十九話 二年目 行動開始
屋敷に着て、いつものように服を着替えさせてもらう。
そして、言われているように吸血鬼に挨拶に行こうと執務室の扉を開けると、そこには知らない男性と吸血鬼とユリナさんがいた。
そして、何かを話していたみんな真剣な顔をしていて、あたしが入ってきたのが完全に場違いに見える。
いや、場違いだった。
「入ってきていいわよ、フィオリ」
逃げようとしていたのに、逃げ道をふさがれてしまった。
「どうしたの、いらっしゃい」
もう駄目だと思い、すごすごと執務室に入っていった。
知らない男性の向かい席、ユリナさんの隣の席を勧められ、腰を下ろす。
これがどういう集まりなのか、全く分かっていないのだが、いてもいいのだろうか。
「そこの男の人は、レザード。レザード・ジーニアス・ロジックよ」
レザード。
そちらも聞き覚えがあるのだが、ロジックだ。
こちらは覚えがある。
ロジック商会。
母様が使っていた商会の一つだったはず。
私がそこまで思い出したところで、レザードが席を立ち、私の横で膝を付いた。
「いつかの生誕祭以来でございます。聖女フィオリ・レイエル・ナカハラ様、ロジック商会の代表を務めているレザード・ジーニアス・ロジックでございます」
胸に手を当てて、頭を深く下げる。
久しぶりに聖女扱いされたような気がする。
いや、王城で過ごしているときはいつもしっかりとその待遇に合った扱いを受けているのだが、このフィリーツ領ではそういう扱いではないから新鮮だ。
「はい、存じております。母様がロジック商会の物は質がいいと言っていましたので」
「ありがたきお言葉。これからもどうぞ、ロジック商会をご贔屓にお願いします」
そうしてあたしにまた一段と深く頭を下げて、先ほどの席に帰っていく。
それで、何を今まで話し合っていたのか尋ねると、吸血鬼が答えた。
「どうやら、帝国でネズミ捕りが始まったみたいなのよ」
ネズミ捕り、とは。
疑問に思って首を捻っていると、吸血鬼が詳しく言ってくれた。
「王国から帝国に入り込んで情報を盗んでいる人を捕まえているってことよ」
なるほどと納得した。
そして、何故それが問題なのか理解は出来ない。
「王国から入り込んで人間以外にも帝国に入り込んでいる人間はいるわ。私のところからも、それにそこのレザードのところからもね」
レザードさんがここにいる理由ははっきりした。
けど、この吸血鬼に頼るよりも、王国に頼った方がいいのではないか。
王国なら逃走のための経路など複数用意してあるはずだ。
その中の一つを使わせてもらえれば大丈夫なのではないだろうか。
「えっと、レザード様はなぜここに……?」
「レティシア様は不思議な力をお持ちのようで。それをどうか今回は私たちの同士救出に力添えをしてもらえればと思いまして」
「買いかぶり過ぎよ。それに私の力ではないわ」
吸血鬼がユリナさんを見た。
ユリナさんは腕を組んで、ふんぞり返るように座っている。
機嫌が悪いのだろうか。
「決行は四日後。文の方は大丈夫かしら、レザード」
「ええ、お任せを」
「お互いに捕まっていないのを願うばかりね」
吸血鬼が微笑みかける。
それにしてもこんなやり取りをあたしに見せてよかったのだろうか。
万が一、王城内の誰かに報告したら事だというのに。
それをしたら、あたしがどこで知ったかということになる。
あたしの神様からの授かりものは知識を得ることだけ。
それも万能ではない。
こんな王城から遠い地の出来事を知るような術を持たない。
下手に誤解を与えて、あたしの力に遠くの地のことを知る術があるなんて思われても困る。
「ユリナもいいわね?」
「私が拒んでも真咲はやるからね。あとでちゃんと打合せするわよ、レティシア」
その言葉に吸血鬼は満足したがこちらに視線を向けてきた。
「今日も挨拶だったわね、こちらにいらっしゃい、フィオリ」
あたしは吸血鬼の元まで行き、いつもの挨拶をした。
▼
「明日、ここを閉めてフィリーツ領に帰還することになった」
突然そう言ったのはレスモンドだった。
「どうしてよ」
「帝国が王国の諜報員を片っ端から捕まえている。怪しいと思った相手を、片っ端にだ」
横暴だ。
いや、今までこんな事なかったのに、どうして急にこんなことになったのか。
何か帝国内で大きな動きがあったのだろうか。
それとも動き出しているのか、私には規模が大き過ぎて想像が付かない。
「明日の日が落ちる頃に迎えが来るそうだ。それまでに荷物をまとめておけと言われた」
「誰に?」
「ロジック商会の奴らだ。どういうやり取りがあったのか分からないが、明日ロジック商会の奴らも荷物をもってここに来るそうだ」
どういうやり取りがあったのかなんて知りたくもないし、これからは探ろうとも思わない。
もうあんな怖い思いは二度としたくない。
荷物、ね。
あまり広げていなくてよかったと思う。
ここでもあまり買い物等行えなかったから増えていないのも幸いしている。
「逃げる手順とかはもう決まっているの?」
「俺は知らん」
「はぁ? 何で知らないの? 私捕まるなんて、絶対に嫌だからね」
「俺だって捕まりたくねぇよ」
だったら尚更知っていないといけない事だろうと、心の中で思う。
「お店の物はどうするの? 持っていくの?」
「高い酒だけは持っていくが、後は置いていく。荷物になるからな」
せっかく揃えたグラスやお皿を置いていくのはいいのだろうかと思ってしまう。
私の持ち物ではないのだけど、中には高価なものとかないだろうかとつい視線を送ってしまった。
「全部替えが効く安物だ。それにここにあるほとんどがロジック商会が用意したもん。俺たちが損をするわけでもねぇし」
それならそれでいいのだけど、愛着は湧くものだ。
レスモンドは全くそんなことはないようだけど。
「荷物早くまとめておけよ、明日は忙しくなるからな」
「はいはーい」
適当に返事をして私は部屋に帰った。
部屋の中は殺風景。
実家にいた時とは全く違う。
実家の私の部屋にはしっかりとした私が好みで選んだ机や椅子や、棚等、私好みの調度品で溢れた素敵なところだった。
しかし、こうして使用人として出されて辿り着いた部屋がこれである。
この部屋は私が志願してきた部屋なのだけど、それでも子爵の娘が住むにはとてもじゃないが不十分だろうと思う。
今でも思っているが、もしここがとても高価なもので溢れていたりしたら、レスモンドが言っていたもので目に付けられて捕まっていたかもしれない。
複雑だ。
フィリーツ領に帰ったら、またあの屋敷で過ごさないといけないのかな。
嫌だな。
あの魔族の娘と四六時中顔を合わせていないといけないのは、辟易する。
向こうは私のことをどう思っているのかどうか知らない。
けど、私が嫌なのだ。
以前のこともあって苦手意識が強い。
それにあの屋敷に入る面々も苦手だ。
どうにか逃げ道を探さないといけない。
それを見つけることが当面の仕事になりそうだ。
翌日。
朝からロジック商会の人たちが大きな荷物を店の中に運んできた。
商品として売り出そうとしていたものや、店の調度品なんかが入っているのが見えた。
全部の物が運び込まれると、さすがに店内が狭く感じる。
こんなにもいろいろなものがあったのかとまじまじと見てしまう。
昼が過ぎたころ、突然、壁の一部が闇のように黒く変色して丸い形に固定される。
何が起こったのかパニックになりそうになった時、一人の女性が顔を出した。
「マリューネさん! お久しぶりです!」
それは随分と雰囲気は変わっていたが、私が苦手な子の一人であるマサキだった。
謝辞
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