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百二十八話 二年目の私達はどこに向かう

 味気ない部屋だと思った。

 外に出ることも、外を見ることも出来ないこの部屋には時間の概念も希薄だ。

 今、外が晴れなのか雨なのか、朝か夜なのかも分からない。

 とても退屈な部屋。

 ここで私は何もしていない。

 いや、ここにいる事だけで仕事をしていると言ってもいい。

 ここにいるだけで王城の守りは強固なものになる。

 それもこれも母様が残してくれたサークレット『一粒の雫』のおかげである。

 私の少ない魔力であってもこのサークレットは増幅して、無限に近い魔力にしてくれる。

 効力は話していない。

 母様はこう言っていた。


「秘密を漏らしてはいけない。特に神造兵装の効果を他人には話してはいけないよ」


 何度も寝たきりになってからも私にそう言ってくれていた。

 だから、私もこのことを誰かに話していない。

 誰かに話すわけにもいかない。

 私を聖女の座から引きずり下ろして、誰かがすり替わる。

 そうなってしまえば、私には何もなくなる。

 私がここに座っていられるのも母様の功績であり、私に価値があるわけではない。

 母様の持つ神様からの授かりもの(ギフト)の一部を引き継ぎ、このサークレットの効果が分かっているからこそだからだ。

 石造りの天井を眺める。

 ここの空はとても狭い。

 一人で生活するうえで不便なものは何もない聖櫃だ。

 だけど、不便がないからと言って満足しているかといえば、何も満たされるものはない。

 今、いつなのだろう。

 どの季節になったのだろうか。

 私が聖櫃に閉じ込められているのは、マサキさんが何か失敗して見つかったからと言っていた。

 そのせいなのかは分からないが、私の世話係の人と、知らない男の人がここを訪れるようになっていた。

 猫背で目が飛び出てきているようにギョロギョロしている。それが顔を隠すほどの長い髪の隙間から見えているのだから、余計に怖い。

 世話係の人は彼のことを、「城内に不審者が現れたので、探知する力を持つ彼がしばらくここを訪れるかもしれません」と紹介していた。

 私はこの人のせいで遊びに行けない。

 フィリーツ領に行けなくなった直後は頻繁に見かけたが、今となっては見かけなくなってしばらく経つように感じる。

 これなら、もしかしたら遊びに行けるのではないか?

 そこまで考えて、いや、と頭を強く振る。

 本来の私の役割を思い出さない、と。

 今までが異常だった。

 そう、異常だったんだ。

 聖女たる私が役割を果たさないで遊んでいちゃいけないんだ。

 だから、しっかりと役割を果たそう。

 強く心に思い、机に向かう。

 私はまだ知らないことが多く、勉強しなければいけない。

 今日もこうして、母様が残してくれた魔術書を使って、将来母様のしていたような研究をするのだと思ってページを捲る。

 捲る、捲る……のだが、全く進まない。

 集中出来ない。

 分かっている。

 私の気持ちが揺れているせいだ。

 そういえば、世話係の人は言っていた。

 そろそろ氷の季節が訪れるのだと。

 氷の季節、フィリーツ領では鯨が訪れ、雪が降るらしい。

 王都では雪が降らない。

 鯨が来ないので当然であるけど。

 だから、見てみたかった。

 雪も鯨も、この目でどんなものか確かめてみたかった。

 きっと、母様は見たことあるんだろうな。

 母様は私が知らない多くのことを知っていた。

 学術書や魔術書はそうした母様の経験や記憶、成果によって作られている。

 なら、何も経験していない私に何か成し遂げられるのだろうか。

 この聖櫃の中しか知らない私に何か作られるのだろうか。

 椅子にもたれかかり、天井を仰ぎ見る。

 母様にだらしないと叱られる体勢だけど、もう母様もいないし、私を叱る人もいない。

 今、フィリーツ領にいる人は何をしているのだろうか。

 私の心はもうこの聖櫃になかった。


 ▼


 一年という時間はとても速かった。

 マサキという子が、


「そーゆーの光陰矢の如しっていうんだよ!」


 と自信満々に言っていた。意味はどうなのかと聞いたら、


「年が過ぎるのは矢のように早い的な感じ!」


 本当かどうかは分からないし、合っているのかも分からない。

 けど、確かにそうかもしれない。

 それほどまでに濃い一年だった。

 私達元第五騎士団に平民はいない。

 貴族の位に上下はあるのだが、それでも貴族だけで構成されていた。

 貴族の中では変わり者だと言われていた女性たちが集まった様な集団だった。

 お茶会や花よりも剣を握っていたのだ。

 変わり者だと言われてもおかしくない。

 中には無理やり、剣の代わりにお花をやらされていた子たちもいた。

 女性としてはそちらの方が正しいのだが。

 それにしても、農作業も馬以外の動物の世話はしたことはなかった。

 最初は怪我の様子を見ながら、無理のない範囲からやっていたわけだが、徐々に筋力も戻り、骨もしっかりとくっついた感じになったのであれば、本格的に領民たちに混じって作業するようになった。

 そして、スカーレット男爵は私たちのための住居を用意してくれていた。

 理由としてはいつまでも地下室暮らしも可哀そうだからというものと、スカーレット男爵の屋敷には私たち全員が住めるだけの部屋がないということで作ったらしい。

 出て行くのは自由。

 結婚でもするのであれば、自由に出て行けばいい、と。

 全員出て行ってしまったらどうするのかと聞けば、宿にでもするし、利用の仕方はいくらでもあると言っていた。

 だからといって、遠慮なく使えるかと言えば、そんなことはない。

 しっかりとルールを決めて、清潔に使うことにした。

 今日もまた一日が始まる。

 早く起きたわけではないのだが、それでもまだ領に朝は訪れていなかった。

 寝直すことも考えたが、ベッドから起き上がる。

 寝巻から作業する服に着替える。

 誰も起こさないようにそっと建物から抜け出る。

 誰も起きていない領内はとても静かだ。

 しかし、耳を傾けているとどこかで剣戟の音が聞こえる。

 どこからだろうかと耳を立てて、出所を探った。

 スカーレット男爵の屋敷の方、だろうか。

 気になり、男爵の屋敷に向け歩き出した。

 近づけば近づくほど、剣戟の音は激しさを増していく。

 ところが私が男爵の屋敷に到達したころにはもうすっかりと消えていた。

 折角来たのだからと、どこでしていたのか出所を探るように男爵の屋敷をぐるりと回る。

 そこに一人の少女が倒れているのを見つけた。

 彼女は勇者。

 今代の勇者だとスカーレット男爵に紹介された。

 名はジェシカ・フィール・フォード。


「大丈夫か?」


 一応声をかけてみる。

 大丈夫だろうと思うのだが、朝から酷く汚れている。


「……あぁ」


 小さな声で返事があった。

 彼女が持つ槍、神槍レーデヴァイン。

 その他にも勇者の装備を身に着けているのに倒れている。


「誰に」

「……元勇者のあいつしかいない」


 アンナ・ネイト・スカーレット。

 スカーレット男爵の従者の一人だ。

 どういう経緯で元勇者が一介の魔族の従者になったのか分からないが、彼女はスカーレット男爵に付き従っている。


「もう起きたのか?」

「心躍る音に釣られてここまで来たんだ」


 騎士団はもうない。

 第五騎士団はあの時消滅した。

 しかし、私達はまだ訓練を続けている。

 スカーレット男爵も訓練することについてこちらに何も言ってきていない。

 好きにしていいとこちらで勝手に解釈をしている。


「手合わせ願えないだろうか?」


 倒れたままジェシカが私に言ってきた。


「勇者の装備なしでなら」


 私はまだその域に立てていない。

 それに英雄になれるほどの剣の才もなし。

 よく理解している。

 だが、道半ばになろうと止めることは出来なかった。

 諦めが悪かったのだ、私は。


「もちろんだ」


 彼女が手早く勇者の装備を外して、私に鞘に収まった剣を投げてきた。


「どこで終わりにする」

「参ったか、剣から手を離した方が負けだ」

「分かった」


 ジェシカが立ち上がり、二人で距離を離すように歩き出した。

 そして、振り向き、相手に向かって駆けだす。

 新たな剣戟がまだ寝ている領内に響いた。

謝辞


いつも読んでいただきありがとうございます。

いいね、評価、ブクマ、誤字報告もありがとうございます

これからもどうか、本作「美少女吸血鬼の領地経営」をよろしくお願いします

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