百二十七話 二年目の始まり
氷の季節も終わりを迎え、新たな年を迎えつつある早朝。
窓から差し込んでくる朝日で目を覚ました。
帝国軍からの襲撃から二年が経とうとしている。
もう屋敷の方も完全に修復されていて、隙間風も入ってこない。
一時期は様々なところに穴が開いていて、そこから風が入ってきたり、虫が入ってきたりすることもあった。
カーテンというか、窓を布で覆っているだけなのだが、しっかりと閉めていなかったせいで朝日が入ってきたみたいだ。
横を向けば、真咲が穏やかな寝息を立てて、幸せそうに眠っていた。
布団を少しだけ剥がして、彼女の裸体を見る。
昨日の夜もずいぶん味合わせてもらった。
彼女の体は決して綺麗とは言えない。
しかし、私にとっては魅力的だ。
私の体は今、どんどん魔族に近いものになってきている。
どうしてそうなっているのか分からない。
レティシアが知らないので私が知るわけがない。
私が思っている魔族の特徴、二つがドンドンと表に現れてきた。
その一つとして、翼だ。
蝙蝠のような黒い羽をレティシアは持っていた。
空が飛べるのかと思っていたが、どうやら出来ないみたいでとても残念だったが、私にも出せるようになってきた。
しかし、大きさとしてはコスプレ衣装の小悪魔タイプのとても小さなものだ。
可愛いのは可愛いのだが、さすがになんだかコスプレ感もあって私にももっとレティシアサイズの大きな羽が欲しくなる。
そして、もう一つの特徴は牙だ。
前までは犬歯が少し鋭い程度だったのだが、今では明らかに他の歯よりも一回り大きくなり、強く噛めば血が滲むかもしれない程度のものになった。
後はレティシアの種である、吸血種の特徴も最近は発現しつつある。
吸血衝動。
これが私にも発現した。
そして、これが思ったよりも抗いがたい物だった。
最初は二週間ほどの感覚だったのだが、それからどんどん間隔が短くなってきて、今では三日ほどで衝動に襲われて、我慢できなくなる。
初めて吸血衝動に襲われたとき、レティシアにも相談した。
「血、なんて飲めないわよ」
「体液でもいいわよ。混血の者たちで牙が大きくならなかった者たちは、そうやって抑えていたと思うから」
それしかないのであればそうするしかないかと考えていると、レティシアがこちらを見てきていた。
「何?」
「体液では効果は薄いわ。もって数日かしらね。ユリナ、あなたは混血に近いのだから、スプーン一杯分飲めばしばらくは落ち着くはずよ」
「飲めってこと?」
「ええ、その方が楽になるわ。それに慣れておくのも大事よ」
そんなものに慣れたくない。
真咲に相談して今のスタイルに落ち着いた。
私が吸血衝動でおかしくなりそうなら、こうして真咲を求めてその体液を頂く。
その時の私はどうやらすごいらしい。
自分ではよく分からないのだが、真咲曰く、
「すっごいエッチな顔で積極的」
だそうだ。
イラっとしたので、言われた通りに積極的にしてあげたけど。
この吸血衝動は純血であるレティシアの方が強いはずなのに、よく耐えているものだとこの体になって初めて尊敬した。
「毎日ちゃんと血は入れているから平気よ」
レティシアはそう言っていたが、朝昼晩と生肉のような一口か二口サイズのステーキを食べているだけ。
それにただでさえ、飢餓に近い状態を作っているのに、あれだけでやりくりしているのはレティシアの精神的な強さがあっての物だろう。
私には真似できそうにない。
まだ寝ている真咲を見ていると、外では金属音が響き、ここまで聞こえてきた。
ジェシカとアンナさんは今日も外で稽古をしているらしい。
鯨の雪もまだ解け切っておらず、寒いのに毎日毎日精が出る。
ジェシカはどんどん動きが良くなっているらしく、アンナさんが剣を抜かないといけないと不満そうに言っていた。
外から音がしていても真咲はまだ寝ている。
彼女の体についている怪我を指でなぞる。
皮膚が膨れ上がっている。
鞭で裂けたときの物だろうか、それとも切られたときの物だろうか。
一つ一つ彼女の体についた怪我に指を這わせていると、彼女が身もだえた。
「んん……」
くすぐったいのか体を丸められて、寝返りまでうたれてしまった。
背中にも、いや、背中の方が遥かに傷跡が多い。
彼女の背中に体をくっつける。
彼女の鼓動を聞いているとなんだか落ち着く。
真咲は自分がもう人間ではないと思っているし、そう見える特徴が体に出来てしまっている。
だけど、こうして心臓の鼓動がしているってことはまだ真咲は人間である証拠だ。
私がそう思いたいだけなのかもしれないけど。
「……ぁ」
真咲の声がした。
起きたのだろうか。
これだけ好き勝手やっていたのだ起きてもおかしくないのだが。
真咲の体が伸びをしようとしているので離れた。
ゆっくりと体を伸ばした後にこちらにまたごろりと寝返りを打ってきた。
まだ眠たいのか半分しか開いてない瞳と目が合った。
「おはよう、真咲」
「……おはよ、ゆりな」
真咲が目を閉じたので、私から唇を合わせに行った。
一瞬だけ触れて、すぐに離した。
真咲は意外と求めてくる。
色々として欲しがる。
自分から言葉としては言ってこないのだが、私にしてほしそうに体を差し出す。
真咲がしてほしいのならとそれに乗っかってしまう私も私なのだが。
「……朝?」
「ジェシカとアンナさんたちしかまだ起きてないからまだ寝ててもいいよ」
私が伝えると、真咲の方から私に手を伸ばして、抱きしめてきた。
「あったかーい……」
氷の季節は終わりを迎えているが、それでもまだ地球でいうところ春には遠い。
「服着る?」
私が聞けば、真咲は首を横に振るような感触がした。
真咲に完全に身を任せてしまう。
されるがまま抱かれることにした。
ただ、何もしないというわけではない。
目の前にある彼女の肌に舌を這わせる。
驚いたように少し真咲は身を固くするのだが、すぐに力が抜ける。
「もう」
怒っているような言い方だけど、喜びの感情が隠しきれていない声音だ。
「朝食よ、朝食」
「アタシの体はご飯なの?」
「ええ、私にとっては最上級のご馳走よ」
顔を上げると、真咲と目が合う。
どちからともなくくすくすと笑い合う。
私たちの体は人から、人ではないものに変わってしまった。
もう元に戻ることは出来ない。
そして、それは私たちにここで生きていくしかないことを思い知らされる。
例え、レティシアが壊したがっている召喚する装置を使って、日本に戻れたとする。
しかし、人間ではなくなってしまった私たちは皆に受け入れてもらえるだろうか。
受け入れてもらえるかどうか分からない。
受け入れてもらえなかったら、耐えられない。
拒絶させられるかもしれない。
そう思えば、地球に変えるという選択肢は二人の間で消えて行った。
未練はある。
はっきりと言っておこう。
私も真咲も未練はある。
けど、それでも私たちはここで生きていくともう決めてしまった。
「起きる?」
「まだ誰も起きてないわ」
レティシアならまだ自分の寝室に籠っているだろう。
寝ているのかどうかは知らない。
必要なさそうではある。
「そろそろフィオリのところにまた行くようにするんだったっけ?」
「あーうんうん。なんかフィオリが上手い具合にしてくれてるはずだからってレティが言ってたからね」
「不安ね」
こういう時はどうしたらいいのか決まっている。
私は一つ決断した。
ベッドの中で裸の二人。
寒さに体を寄せあっているが、外の寒さは変わらない。
まだまだ遠く感じる風の季節。
しかし、氷の季節も終わりは確実に近づいている。
新しい年はもう目と鼻の先まで迫っていた。
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