百二十五話 一年目 その二
その日の夜。
夕食を終えた後にマサキとユリナが私の執務室を訪れた。
仕事をしているわけではなく、ただ書類を整理していただけだったので、手を止めた。
マサキに頼んでいたことの方が優先事項が高いからだ。
「おかえりなさい、マサキ。どうだったかしら?」
「ただいまー……んー……ちょいミスったかも」
私の言葉にユリナは素早く反応していた。
睨みつけるような目でわたしの方を見てきている。
「また真咲に危険なことさせてるの?」
「危険じゃないわよ」
「危険なことはなかったんだけどねー」
私の言葉だけでは納得していなかったユリナだが、マサキの言葉で少しだけ身を引いてくれた。
番になってから、いっそう過保護になった気がする。
前もマサキのことになればムキになっていたのだが、最近はより一層感じる。
それをマサキが嫌と思ってないところも原因の一つだとは思う。
「あんまり束縛すると逃げられるわよ」
「束縛じゃない。私は真咲に何かあってほしくないから、心配して当然だから」
彼女たちは一般的とは逸している。
生い立ちから全てだ。
それを理解しているから私はユリナにはそれ以上何も言わなかった。
「そんでちょいミスったなーって思ったのは……多分、他の神様からの授かりもの持ちに見られたかも」
「どういうことかしら?」
彼女の精霊を使った移動というのは極めて特殊なものだ。
現状これが出来るのは彼女しかないない。
地面や壁、それと遠く離れた土地に瞬時に移動することが出来る。
どれもこの世界で彼女しか出来ない事であり、私でも彼女が移動しているところを知覚することは不可能に近い。
それを行えるとしたら、彼女の言うように神の権能の一つを与えられる神様からの授かりものしかないと結論付けるのはあり得ることだ。
私だってそう考える。
「魔力の流れっていうのは全然今でも分かんないけど、精霊さんたちの動きが活発なところを調べてみたの」
私達からしたら、精霊の動きとかの方が意味不明なのだが、彼女には見えているのだから口を挟まない。
「玉座とか王室とかあったけど、二カ所ほど地下にあって、そこを見に行ったんだけど、片方はさ、入り口がないんだよね」
「マサキ、言葉を短くし過ぎて、どういうことか理解が追い付かないわ」
「レティシアに同意」
えー、とマサキだけ不満そうな声を上げている。
理解は出来なくはないが、どういうことが起きたのか分からない。
「入り口がないってどういうことかしら?」
「んーと、最初はね、精霊さんたちの道から入らないで正面から行こうとしたら、鍵が付いてたんだけど、普通の錠前? じゃなくて、特殊な奴で全然開けれなくて、諦めたんだよね」
話だけ聞けば、特別な部屋がそこにあったのだろう。
そこまで特別なことを施してある部屋というのは私が探している異世界人を召喚する装置か、異世界人がいるスペースだと思う。
「壁に精霊さんたちの道があったから、そこから行こうとしたら、通れないの。びっくりだよ、頭ぶつけたし」
「どうやって、頭ぶつけるのよ」
「いや、分かんないって! 通ろうとしたら、通れなくてさ頭ぶつけたの、ほら!」
マサキは前髪を上げて、額を晒す。
確かにちょっと赤くなっている気がする。
どうやってぶつけたのか気になるところだ。
「確かに。けど、あんたその何とかの道ってどうやって遮るの?」
「えーアタシに言われてもそんなん分かんないしーあれじゃない? 超厚い鉄板とかで覆ってるとか」
「厚い鉄板とかは無理なんだ」
「多分?」
私の影への収納と同じなら鉄板で覆っていようが、抜けられるはず。
抜けられるはずなのだが、ぶつかるということはもっと他の理由があるのだろう。
例えば、魔力を遮断するもので覆っているとか。
それだとどうやって異世界人を召喚する装置への魔力への供給はどうするのかっていうのもあるのだが、私自身が潜れないのだからそこら辺の調査は行えない。
「それで見られたっていうのは何かしら?」
「あーそうそう、そっちね。そんで、そこを諦めたの。無理だし」
彼女の場合精霊の道に潜っている限り、誰かに見つかることはないのだが、さすがに聖櫃を長時間無人にしておくのは避けたかったようだ。
いつ誰が来てもおかしくないのだから、それもそうだろう。
「そんでもう一個地下、城の外れの方に施設があったから、そっちに向かって行ってたんだよね。そしたらだよ、視線感じたんだよね」
それは確かに異常だ。
普通は見えないし、マサキからも見えはしない。
それでも見てくるというのであれば、異常というほかない。
「色々と遠回りとかしてみたんだけど、じーっと見られてるの。しかも、移動して追いかけてきそうだったから全力で逃げちゃったんだよね、だから、ちょっとしばらくはそこに近寄れないし、王城内もヤバいかも」
「それは確かにそうね」
しばらくはフィオリとの交換は避けた方がいいかもしれない。
彼女の力が知られるのも厄介であるし、差し出すように仕向けられるのも良くないルートだ。
「レティシア、私はもう手を引くべきだと思う」
「というと?」
「必要な情報は集まった。狙うポイントも定まった。なら、後はアユムのいた研究してるところにでも潜らせてずっと情報集めておいた方がいい」
マサキを送るなと、言われそうだったから安心した。
ここはユリナに従っておいた方がいいだろう。
それに元々無茶をさせるつもりもなかったから。
「そうね、鍵がどんなものか分からない以上それを知る人物が必要ね。次からはそっちを目標に変えるわ」
入口が見つかっても鍵が見つからない。
それは避けたい。
フィオリが何か知ってるかもしれないから、聞きだせばいいかもしれないが、まだそこまで私に心を開いていないだろうから、期待は出来ない。
もう少し時間があれば、深いところまで催眠をかけることが出来るのだが、まだまだ全然足りない。
種族的にそこまで得意なことではないし、何よりも今は血が足りてないので、どうしても出力が弱くなってしまう。
望んでこの姿でいるのだから、力が弱いこと自体には文句はないのだけど。
力以外にこういう特赦な力がもっと強ければよかったと思ってしまう。
ないものねだりだとは分かっているのに、ない物だからこそねだってしまう。
「フィオリはどうするの?」
「今から文を飛ばしても無理だろうし、何よりも今の彼女に文を届けたとしても必ず検閲される。向こうとの通しが出来ていない以上、どうしてもバレるわ」
「それはそうね」
ユリナが頷いた。
それに確実性がない。
握りつぶされたってこちらとしては文句は言えない。
だから、第三者が間に入るのを防ぐしかない。
そして、それが出来る人物がこの場に一人いる。
「マサキ、届けるのだけだったら大丈夫かしら?」
「んー多分? あんまり自信ないよ? 向こうの方がこっち見つけるのすごいから」
「ええ、しばらくは入れ替えできない旨を伝えることが出来ればそれで構わないわ」
もう外には出られないとか、裏切られたとかフィオリに思ってほしくない。
また一から信頼関係を築くというのは、手間がかかるのだから。
「様子見ながら、やってくるよ。いいでしょ、ゆりな」
「危険なことだけはしないでよ」
ユリナが釘を刺すが、マサキは大丈夫大丈夫と楽観的に答えている。
マサキが思いついたように、私の方を向いた。
「そういえば、村の方は大丈夫なの?」
「ええ、もちろん」
「いや、そうじゃなくてさ、ほら、この屋敷に地下にいた人たち、出しても大丈夫だったの? ってこと」
地下でも働いてもらっていたのだが、それ以上に働いてもらう必要があるため、しっかりと元の状態に戻してもらう必要がある。
そのためには広い場所でのストレッチから歩行訓練が必要だ。
そのためにも外に出てもらったのだ。
「ええ、もちろん、大丈夫よ」
心配してくれているマサキに優しく微笑む。
「処置はしてあるわ。それに彼女たちの力はこの村の発展には必要なものだから」
二人にはどうやら理解を得ることが出来なかった。
謝辞
いつも読んでいただきありがとうございます。
いいね、評価、ブクマ、誤字報告もありがとうございます
これからもどうか、本作「美少女吸血鬼の領地経営」をよろしくお願いします