百二十四話 一年目 その一
アルドラン帝国帝都ディーリッド。
謎の騎士団騒ぎで一時期騒がしかったが、今は落ち着いている。
帝都はそれこそ静かすぎるせいでもあるが。
それもそうだろう。
帝都では一つの噂が民の間で流れ始めていた。
「外を歩くと精霊の呪いで早死にする」
そんな噂がどこからか流れてきた。
早死にするということ自体は割と本当の話だった。
帝都には老人が極端に少ない。
その前に墓に移動するからというように言われている。
誰がそんな噂を流したのかもわかったものじゃない。
テーブルを拭きながら、そんなことを思っていた。
「真面目に仕事をやってくれ、そろそろ開店時間だ」
「分かってますよー。それに真面目にやってますー」
ここの仕事は一時期大変だったが、ここ最近はずっと落ち着いている。
あの魔族の娘からの報告によれば、どうやらフィリーツ領が襲われたとかなんとか。
あっちにいた子たちは災難だっただろう。
私はそんなことがあったと知らずにいつも通り、この流行ってない酒場で給仕をしていた。
流行らせる気はないらしい。
ただ、人が入ってきて話が聞けたらそれで十分。
おかげで楽で楽で仕方ない。
厨房は全て、このレスモンドに任せてるのもある。
着た時には痩せこけていて、死んだような目をしていた。
今は肉が付いて、前よりも健康的な肌になったと思う。
窓を拭きながら、偶然外を歩く女性を見かけた。
いや、女性というのは自信がないかもしれない。
まず、肌の露出が全くない。
顔も目以外はしっかりと覆ってしまっている。
体の凹凸も見られないために多分女性だと思われる人を見かけたということにしておこう。
「全身身を包んでいるのって意味あるの?」
「俺に聞いても分からんよ」
グラスを拭きながらレスモンドが応えた。
それもそうだ。
「あの魔族の娘からは聞いてないの?」
「俺はやらんからな」
「私だってやりたくないわ」
自ら怪物の尾を踏みに行くほど愚かではない。
そういう馬鹿なことをして、屋敷を去らざる得ない人間は見たことあるわけだし。
それにしてもあの対策は意味がないように見える。
私は屋外に出ることがほぼない。
なぜなら、レスモンドが代わりに食品を仕入れに行ってくれるし、たまに商会の人たちが持ってきてくれたりしてくれる。
おかげ様で私の肌はまだ白いままだ。
ま、これも私の手間が合ってこうして綺麗なままなのだが。
「まだ向こうから連絡はない?」
「ない」
そうかと答えて、窓を拭くのに戻る。
何もないのであればそれで構わない。
ただ、何か起こって急にと言われても困る。
この酒場は一応健全であり、やましいことは何もないことになっているのだから。
「帰りたいのか?」
「どこに?」
「向こうに」
「絶対に嫌! あんなところに戻りたくない!」
まだここの方が万倍マシだ。
監視はされているだろうが、まだ私に注意されていないことから私の働き方は是ということになっているに違いないからだ。
「そうは言ってもいつか帰らないといけないだろ」
「どうして?」
「帝都でのあの噂、流してるのお前だろ」
レスモンドに言われて、私は何も答えなかった。
それは真実だからだ。
私だって、別に自分からそういうことをしていたわけではない。
そういう噂を流すように指示があったからそれをしたまでだ。
「噂なんて流してないわ。私は、『この光に浴びると肌が焼けちゃうっていうから外に出れない』『年中、日に焼けるって大変』ってそういうことをちょっと話した程度」
それを拡大解釈していったのはここに住む住人達だ。
私に非はあるのだろうか。
全くないと思う。
「まぁ、酔っていたやつにしか言ってないから、ちゃんと覚えてないかもしれないからいいけどよ」
「私はあれに指示されただけだし、それに従っただけだし!」
私は悪くない。
私は言われたことをしっかりとこなした。
褒美をもらえるとしても、罰を受ける言われはない。
「それならきっと向こうとしても、どういうことになるか色々と予測は立ててあるだろう」
「そう、そうよ」
多分、そのはずだ。
後ろ盾がないのであれば、私は動かない。
それが私の性格だ。
自分の身が一番大事。
それは今も昔も変わってはいない。
「それなら、荷物だけはまとめておけ。今日になるか一年後になるか分からないがいずれにしてもここから逃げなきゃいけないからな」
「そんなこと言われないでも分かってるわ」
なぜならば、持ってきた荷物は未だに広げていない。
最低限の衣服だけは着やすいようにしているが、それもここで使うものばかり。
あとはまだケースの中にしまってある。
▼
あれから一年の月日が流れた。
今のところ王国が帝国に宣戦布告を行ったということを聞いていない。
どうして行わないのかという疑問はある。
だけど、私から何か言えることではないので、行わないのであれば、まだまだ色々と工作をしてみることにしてみるだけだ。
荒らされた畑はこの一年で元通りになり、壊された住居も何とか元に戻りつつある。
全部がすぐに戻せないのは、単純にお金がないからだ。
全てを直すのに少しばかり足りない。
村の住人たちが、今まで貯蓄していたものから少しばかり出し合ってくれたりしたが、それでも足りない。
だから、応急措置だけして何とか耐えてもらっている。
村人たちも笑って答えてくれてはいたけど、そろそろ限界なはずだ。
早く終わらせないといけない。
少しだけ丘になっている場所にテーブルを置き、お茶をしながら村を見下ろす。
私がこうしているのも村の人たちにとってはある意味、一つの光景に思われているようで、近くを通っていく者には挨拶してもらえるようになった。
私がこうして村に出ているときというのは村人たちにとってはある意味で平和の象徴ということらしく、気が抜けているような笑みをしている人が多く見受けられる。
安心感を与える行為であるならば、それで構わない。
こちらとしても無駄に威圧したいわけでもないのだから。
一時期に比べて随分平和になった。
こうしてゆったりとお茶をする時間を得られるというのはありがたいことだ。
遊んでいる子供たちを眺める。
そこにはすっかりとフィオリが混じっている。
村の子たちとは打ち解けているし、私が連れてきたということで警戒していた親たちも時間が経つにつれてようやく警戒を解いてくれた。
「フィオリも打ち解けたようね」
「そうですな、ここから見たら貴族の娘に見えます」
アルフレッドが柔和な笑みを浮かべて答えた。
子供をあんな空間に閉じ込めておく方がどうかしている。
全くアユムというのは酷い母親だ。
「あの娘、最近では積極的にこっちに来ますね」
「そうね」
マリアの言葉には同意しておく。
最初は遠慮しながらだった。
だから、少しずつ少しずつ催眠の力を使って、抑圧されたものを解放していった。
意味があるのかと言われると、意味はある。
彼女は理性と自分にしか出来ない義務感で、自分の子供の部分を抑え込んでいた。
だから、そこを外してあげた。
そこに加えて、この楽しい時間だ。
あの誰もいない壁だらけの世界に比べて、この世界は遥かに広く刺激的だ。
「聖櫃なんてところに比べたら、世界は刺激でしょうね」
ゆっくりと紅茶に口をつける。
「お嬢様、マサキに何か他の役目を与えているのでしょうか?」
マリアが訪ねてきた。
勘がいい。
その通りだ。
「ええ、そろそろその結果が分かる頃合いだとは思うわ」
謝辞
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