百二十三話 種火
聖女であり、フィオリがフィリーツ領に来るようになってから数日後、帝国から抗議文が届いたらしいという話を聞いた。
帝国に出現した謎の武装した集団は王国側から出現した。
王国が帝国に対して侵略行為をしたのではないのか、と。
王国としては全く身に覚えがないことだ。
私が勝手に仕返しただけだし、それもそのはず。
それに対して王国は、先に侵略してきたのはそちらではないのか。
先日フィリーツ領に対して、帝国軍が多く入ってきたのを確認している。そちらに対して何も言ってこないのはどういうことだ、と。
私が蒔いた火種は少しばかりであるが、燃え広がり戦争をする雰囲気作りにはなりつつある。
フィオリからはあなたがやったんでしょうと睨まれたのだが、素知らぬふりをした。
戦争になってくれたらうれしいと思うが、まだまだ戦争になるかもしれないという雰囲気でしかなく、そこまでいっていない。
だが、侵略行為があったという噂でも市井に流れたことが大きい。
噂というのは真実でなくてもいい。
それが例え真実でなくても、帝国に対して負の感情が向けられるというのが大事なのだ。
平民が帝国にどう思おうが、王城に住む貴族たちには関係ないかもしれないが、その雰囲気は貴族たちを蝕むだろう。
正義感が強い貴族などはもしかしたら、帝国は休戦協定を反故にしてきた、今すぐに滅ぼしましょうなどと議場で叫んでいるのかもしれない。
私はそもそも王城で行われるものに呼ばれることのがないので分からないのだが。
田舎の男爵程度がそもそも王城に召喚されること自体が、珍しいことなのだが。
そんなことを考えながら、屋敷の地下室に向けて足を延ばす。
今日は元帝国軍騎士団である彼女たちの作業の進捗を確認しないといけない。
あと、医者ではないが怪我の具合も見ておかないと、もし誰かが病気であれば隔離も考えなければいけない。
人間は弱い。
私達であれば、問題ない病気であっても、人間はすぐに死んでしまう。
地下室に到着すると、みんな起きていてそれぞれの作業を開始していた。
入口を開く音で全員がこちらを向く。
「おはよう、今日も精が出るわね」
声をかけるが返事はない。
嫌われているというか、警戒されている。
いい感情を持っていないものが大半だろう。
イーラが説明してくれたと思うのだが、それでもここまで変化がない。
今はまだこれでも仕方のないことだ。
それでもやることはやる。
それぞれを見て回り、しっかりと作業をしているのかどうか、怪我の状態はどうなのか等確認する。
そろそろ良いのかもしれない。
イーラのところまで来たところで、彼女の正面で視線を合わせるために腰を下ろす。
「ねぇ、イーラ」
「団長、こんな奴と話すことはありません!」
副団長だったかな。その子が私とイーラの間に入ってくるように動いてきた。
こんな奴というのは失礼だ。
仮にも私は貴族でここの主人であり、今まさにあなたたちの命を握っている人物でもあるのに。
私が優しくなければ、今すぐに首が飛んでいただろう。
彼女とは何も約束がない。
約束がないはずなのだが、こうして一度手にしてもらったものを易々と手放すのが惜しいと考えてしまうのは私の性なのだろう。
「フェディル、下がっていろ」
「しかし!」
「スカーレット男爵が今我々を生かしてくれているのだ」
イーラはよく分かっている。
私のさじ加減一つだということが。
副団長である、フェディルが身を引いた。
「スカーレット男爵、部下が失礼した。それで用件は?」
「ええ、そうだったわね。あなたたちの骨もそろそろくっつくころだから、歩けるようにしていかないといけないと思ってね」
それからこれからの計画について二人に話した。
ユリナとマサキが言っていたリハビリというもの。
それを行うための器具は用意した。
行うための簡単な設備が付いた場所も用意している旨も伝えた。
あとはそちらで誰がどの順番で行うのか、全員が均一に行えるように順番を決めておくように伝えた。
団長だからと、イーラばかりではなく、きちんと均一にするように、念を押すように伝える。
イーラに言っておけば、とりあえず大丈夫だろうと思う。
あとは私が関与するべき事でもない。
「了解した。こちらで計画は立てておく。報告はした方がよろしいか?」
「いらないわ。あなたが上手くやりなさい」
それだけ伝えると、地下室を出て行くように背を向ける。
「どうして、我々にそこまで気をかけてくれるのか」
その発言が聞こえて、足を止める。
そんなものは決まっている。
それにずっと言っていたではないか。
「あなたたちには働いてもらわないといけないの。この村は今、あらゆるものが足りないのだから」
振り返り、笑みを向ける。
「そのためにはあなたたち第五騎士団には健康な体になってもらわないと困るのよ。そのために必要なことなら私は惜しまず投資するわ」
私の笑みがどんな風に捉えられるか分からない。
優しい聖母のような笑みという風に見られるか。
もしくは、逆に悪魔のような邪悪な笑みに見られるのか。
どちらかは分からない。
どちらでもこちらとしてはいいのだけど。
「それにもうあなたたちは私の物なのだから」
それだけ告げて、地下室を出て行った。
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そのまま屋敷を出て行く。
マリアとアルフレッドが自然と後ろに付いてくる。
屋敷を出て、最初に目に行くのが私の畑だ。
私が管理しているだけで、実作業はこの村の者たちに任せているのだけど。
それでも多くの作物が踏まれてしまったりして、出荷できるような状態になってしまっていた。
一応、村の中で食べる分ぐらいは何とかなるのだけど、外貨を得る手段が減るというのはとてつもない損失である。
今は踏まれていない作物の世話や、柵を直している者たちが見える。
家が壊された者や、穴があけられた者の方はまだまだ時間はかかるのだが、それでも自分のところが終わったものは畑とかに目を向けてきてくれている。
早く復興させないといけない。
私がしなければ多いのだが、時間がかかることも多々ある。
どうしても相手を待たないといけないことが多い。
「まだまだ時間はかかりそうね」
「ええ、帝国というのは意外と野蛮な民族だったようですな」
子供たちは大人たちの邪魔にならないように遊んでいる。
そこでフィオリが混じっているのを見つける。
私と目が合うと、フィオリは恥ずかしそうに顔を逸らしたが、しっかりと頬は朱に染まっていた。
すっかりと子供たちに馴染んでいるようで安心した。
フィオリはどんどん子供らしい表情が増えてきたように思う。
最初に大人に似た態度を取っていたのが嘘のように思えるが、あれも虚勢だったのだろう。
それか頑張って、親であるアユムを真似していたのかもしれない。
私の前ではそんなことをしないでいいのに。
空を眺めた。
雲一つない晴天だ。
「いい天気ね」
「はい、お嬢様」
あとどれくらいで私の願望は叶うのだろうか。
誰も何も答えてくれない。
それに天を願うのは私の主義ではない。
私は私の力で願いをかなえる。
「戦争、起きないかしらね」
「ええ、そうですな」
神は私の敵だ。
ゆっくりと天に手を伸ばす。
「もっと種火を蒔いて、この戦火を広げましょうか」
謝辞
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