百二十二話 聖女からただの子へ
時間は少し巻き戻る。
王都に向かう前日のことだ。
私たちは血を吸い、干乾びた死体たちが積み上げられていた。
私の指示で、従者たちに集めさせたものだ。
「レティシア様、それでこの死体をどうしましょうか」
放っておけば、腐り、そこから病を発生させる。
燃やすのがいいだろうが、それよりももっといい使い方がある。
「そうね、嫌がらせに使うのよ」
ただの八つ当たりともいうがそんなことまで言わなくてもいい。
あのアルドラン帝国軍司令官ガエリア・ジグス・レインフォールという男の言い分は尤もだが、ただやられて損をするのは私の性分に合わない。
彼らは言った。
帝国の物を身に着けていないから、帝国軍人ではない。
そして、それが証明できないのであれば名前を騙った盗賊である、と。
だから、私もそのアイデアを使わせてもらおう。
マサキのような精霊を使った大規模な魔法は扱うことが出来ないが、得意なこともある。
「それじゃあ、始めましょうか」
骨粉が入った布袋を取り出す。
それを死体に向かって振り撒いていく。
マサキならこんな事をしないでいいのだけど、絶対にこれは協力してもらえないだろうから自分でやらないといけない。
骨粉に釣られて、闇の精霊たちが集まり出す。
精霊たちは嬉々として、死体の中に入り込んでいく。
そうすると、ゆっくりと干乾びた死体たちが立ち上がり、動き出した。
「死人ですか」
「ええ、さすがにアンナでも知ってるわね」
そうして、干乾びた死体たち全部が起き上がった。
ある意味壮観だ。
剣で切ったとしても止まらず、肉体を滅ぼすことをしないと死なない不死の軍団。
帝都の方を指差す。
「ここから真っ直ぐに行きなさい。目に見える村があれば襲い、殺して、あなたたちの好きな生気をその肉体が満たされるまで存分に吸いなさい」
彼らは近くに合った武器を持ち上げる。
声が出せるのなら、鬨の声でも上げていただろうが、残念ながらその死体では無理だ。
私が命じれば、我先にと示した方角の方へと、鎧を鳴らしてかけて行ってしまった。
夜の闇に紛れて、死体たちが帝国の村々を襲う。
無関係だった人たちが大勢死ぬことになるかもしれない。
その人たちの命を持って、私へ喧嘩を売った代金として受け取っておこう。
「行ってしまいましたね」
「ええ、私達も屋敷に戻るわよ」
疲れも知らない、休みも必要ない死者たち。
例え、夜の闇の中以外でも動いていられる。
どこまで彼らが行くのか、楽しみでならない。
▼
死体の集団たちがどこまで進んでいったのか分からない。
突然現れた帝国軍の鎧を着た死体たち。
村々を襲い、どんどん帝都に近づきつつある集団。
詳しい場所まで分からないが、軍が動いているという情報しか得ることが出来ていない。
それに付きっ切りで、他に手が回らないのだろう。
それならそれで私の気が晴れるというものだ。
そんなことを考えていると、ユリナがフィオリを連れて執務室に入ってきた。
「言われた通り、連れてきたから」
「ええ、ありがとう、ユリナ」
連れてこられたフィオリは、汚れ一つない白いロープを身に着けていた。
さすがにそのままの格好で外に出すわけにもいかない。
「いらっしゃい、フィオリ」
「え、ええ、はい……お邪魔してます」
一応礼をするのだが、まだ状況が飲み込めてないようだ。
自分でベルを鳴らして、マサキと入れ替わったのにだ。
二回目だから、そろそろ慣れてほしいのもある。
彼女の瞳をジッと見つめる。
一瞬だけ、彼女の瞳から光を失われるが、すぐに元に戻った。
「その服で村の中に行くのはさすがに目立つわね」
私が指を鳴らせば、すぐにアンナとマリアが執務室に入ってきた。
「御用でしょうか、お嬢様」
「ええ、フィオリの服を見繕ってあげて頂戴」
「どのようなものがよろしいでしょうか?」
「そうね、平民よりはいい物程度で」
あまり豪華なものを着ていっては混ざって遊ぶことなど不可能だろうから、それぐらいで十分だろう。
フィオリがそう言ったものを着たことがないのかどうかは知らない。
ただ、ここではこれからそう言ったものを着てもらうということだけだ。
私とマリアを交互に見ていたフィオリだったが、マリアに促されるとそれに付いて部屋を出ていった。
「あれが例の聖女様?」
「ええ、そうよ」
「歩夢の子供、あれが」
「ええ、彼女の忘れ形見ね」
それにしてもアユムとは随分と違う。
いや、もしかしたらアユムも若い頃はこういう可愛らしい性格だったのかもしれない。
彼女の過去は知らない。
聞いたこともないし、調べたこともない。
あまり興味を惹かれるものでもなかったから、放置していたことだ。
人の人生は私達魔族と比べて、短く儚い。
その中で、人一人を調べていくのは骨が折れるというもの。
有名な人間であるから、自叙伝とか他者がその功績を書き示してるのかもしれないから、レザードに頼めば探してもらえるかもしれない。
だけど、後者の場合は著者が他人であるために脚色が激しそうだから、読むのは辟易しそうである。
「神様からの授かりものは持ってるんだっけ?」
「ええ、あるらしいわね。ただ、どうやら完全な形で継承はされていないみたいだけど」
「そうなんだ」
ユリナがどんな事を考えているか分からない。
ユリナはマサキと契りを結んでいるのだが、女性同士で子を産むことはない。
「子供が欲しくなったのかしら?」
「いらないわよ。上手く育てられる自信ないし」
「誰もが最初はそういうものではないのかしら?」
最初から子供を完璧に育てられてる自信があって、生む親はいまい。
どうやっても失敗はするし、多くのことに悩んでいくことだろう。
私が笑いかけながら、ユリナが挑発的な笑みを私に向けてくる。
「お義母様だって、子供を産んだことがないのだから一緒ではないのかしら?」
ユリナに母と言われるのは、まだ慣れない。
けど、事あるごとにそう呼んでくるから、きっとそのうちに慣れることだろう。
私もユリナも人よりも長く生きるのだから。
それからフィオリを待つこと、数刻。
ユリナはユリナでこちらの文字を学ぶためと言って、最近では私の持つ本を読み始めた。
元々、学習する姿勢があり、知恵も知識もある。
だから、きっと私がいなくなっても大丈夫なようにすぐになってくれると思っている。
そんな風に過ごしていると、執務室の扉が開かれてアンナとマリアが入ってきた。
「レティシア様、お待たせしました」
「フィオリの準備が整いました」
扉から入ってきたフィオリは、落ち着いた色のワンピースドレスだった。
火の季節も近く、暑い日が続くので村でも同じような恰好の娘たちをよく見る。
服に慣れていないのかフィオリは服を掴んで俯いているのだが、もじもじとして落ち着きがない。
「どうでしょうか?」
アンナが聞いてきたので、私は笑みを浮かべる。
「ええ、これなら問題なさそうね。村の子供たちに混じっていても違和感はないわ」
アユムに似た髪色をしている彼女はそれでもなお浮くのだけど、この村には私を筆頭に変わり者は多い。
だから、他の村に比べたら受け入れてもらえる土壌というのはあるはずだ。
戸惑うフィオリに私は笑みを向ける。
「フィオリ、今日からここを第二の故郷とでも思っていいわよ。この村はあなたがいつ訪れても、きっと拒むことはないでしょう。もちろん、私達はいつでもあなたが来てくれるのを心から歓迎しているのだけど」
フィオリが顔を上げるが、その顔にはまだ困惑が濃く浮かんでいる。
この一回でこれ以降着てもらえないとこちらとしても困ってしまう。
「ここではあなたの身分を明かすことは出来ない。だから、身分で縛られることもないわ」
聖女の椅子は彼女にとって縛りでしかない。
彼女をただの子供に戻すには、その縛りは私にとっても邪魔だ。
ならば、取っ払ってしまえばいい。
「ようこそ、フィオリ。フィリーツ領当主としてあなたを歓迎するわ」
夏コミの作業が終わりましたので、今日から更新していきます
遅くなりまして申し訳ございません
またこれからよろしくお願いします
謝辞
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