百二十一話 聖女様、外出する
知りたかった真実であり、聞きたくなかった真実であった。
母様がやっていたこと。
母様はずっと私に国のために働いていると言っていた。
ある意味で正しかった。
けど、その方法はまるでその人たちを道具のように扱っているものだ。
それに目の前にいる人。
マサキさん。
彼女もまた母様の被害者の一人だ。
どうやって入ってきたのか不明だけど、母様に恨みを持っていて、私を殺すなら今このタイミングだろう。
逃げ場はない。
私はこの人みたいに出入りできない。
殺されるかもしれない。
ジャラジャラと金属の擦れる音がさっきから聞こえているのも不気味でならない。
殺さないで、と言えば大丈夫だろうか。
話は通じそう。
けど、何を話すのがいいのか。
私はこの人のことを何も知らない。
悪い人ではなさそうだという印象でしか語れない。
困った。
怖いのに、逃げれない。
「ちょっと、手、出してもらえるかな?」
「は、はいっ」
突然のことで声が裏返ってしまい、体は跳ね上がる。
私が恐る恐る右手を差し出すと、マサキさんも右手を伸ばしてきて、私の手と重ねた。
彼女が瞳を閉じる。
何をするのかとみていると、彼女の服の裾から鎖が勝手に出てくる。
生き物みたいに動いて地面に突き刺さる。
「え、え、これは」
私が声を上げても彼女は止まらない。
鎖の先端が最初は赤く光、黄色、緑と変わり、青く発光したところで消えた。
「うん、これで聖女様がここを離れても大丈夫だよ」
「……え?」
どういうことなの。
あまりにも突然のことで理解出来なかった。
私の神様からの授かりものにはない。
こんな事、私は知らない。
「アタシ、この世界では貴重な精霊使いなの。聖櫃は聖女様の魔力を糧に精霊さんたちが動いてくれてるんだけど、アタシ魔力はないけど、精霊さんたちを動かせちゃうから、扱えちゃうの」
そんな事ってあるのだろうか。
いや、目の前にあることを信じた方がいい。
だって、実際にやっている。
なら、今はもう私の制御から離れてしまっているのか。
どうなっているんだろう。
「外、行ってみたくない?」
マサキさんが私にそう囁く。
それはとても魅力的な誘い。
もう結構な日数、私はここにいる。
陽の光も浴びないでどれだけ経過しているのか不明。
朝か夜かは食事を運んでくる人を見て判断しているぐらいだ。
覚悟があったはずなのに、目の前で入ってきた人を見て揺らいでしまう自分は弱い。
この人なら私を連れていけてしまう。
それが分かっているから余計に揺らいでしまう。
「アタシがここに残ってれば、聖櫃はちゃんと働いてる。だから、ちょっとぐらい外に行ってもばれないよ」
魅力的過ぎる誘いの言葉。
これはきっと悪魔の誘いに違いない。
乗ってはいけない。
乗ってはいけないんだ。
「本当に……大丈夫?」
「もち。アタシ以上に精霊さんを扱える人がいるなら、連れてきてよってぐらいにね」
歯を見せて笑うマサキさんを見て、私は確信する。
この人は本当に出来る人なんだ。
「それでどうやって……?」
マサキさんに聞けば、そのまま手を引かれて連れていかれる。
さっきマサキさんが出てきた付近だ。
振り替えり、首を傾げる。
どこにも穴がないのだが。
「それじゃあ、いってらっしゃい」
背中を押されると、二三歩よろめいたところで足元の感覚がなくなった。
「え?」
そして、そのまま落ちた。
「いやあああああああああああああああああああああああ!!」
目を閉じるけど、浮遊感は消えない。
どこまで落ちるのか分からない。
とにかくずっと落ちている感覚がある。
どこに繋がっているのかちゃんと説明してほしかった。
無限に落ち続けるのかと思っていると、突然浮遊感よりも投げ出された感じに変わる。
「来たわね」
その声は聞き覚えがあるものだ。
誰かに抱きかかえられる感覚がして、ゆっくりと目を開けると目の前に吸血鬼の顔があった。
「ひぃっ!」
「あら、失礼な子ね。せっかく自由にしてあげたのに」
吸血鬼は私から目を離さない。
何故か。
疑問に思っていた。
けど、そんな疑問些細なことのように感じてきた。
だって、ここはもう外なのだ。
「あまり長い時間はいられないけど、久しぶりの外の世界を堪能させてあげるわ」
吸血鬼が微笑み、私の体を下ろす。
久しぶりの地面の感触。
それだけでもう心が弾む。
外! 外に来たんだ!
今にも走り出してしまいそうな気持ちを抑え込むのが大変だ。
「それじゃあ、行きましょうか」
吸血鬼が自然と私の手を握る。
私も握り返して、浮かれた足取りで街の方に向かった。
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「ただいまー」
「おかえりなさい、マサキ」
マサキが外壁の影から出てきた。
彼女の活躍のおかげで私の計画は大きく進めることが出来た。
「レティ、これで良かったの?」
「ええ、良かったわ。マサキ、あなたの力がなかったら私の計画はとん挫していたかもしれないし、もっと時間を要するものになっていたかもしれないわね」
マサキはあまり興味なさそうに、している。
今回のことであまり乗り気じゃなかったのもある。
フィオリに少しずつ催眠をかけて行き、操るというものだった。
だけど、そのためにどうしても至近距離で彼女の目を合わせる必要がある。
それぐらい私達吸血種の催眠は弱いのだ。
「ベルとマーキングは大丈夫かしら?」
「バッチリ。呼ばれたらいつでも繋げられるよ」
それでいい。
マサキには呼ばれたら、彼女の部屋で過ごしてもらうことになるけど。
「悪いわね。マサキ、あなたを拘束することになりそう」
「ベッドあるしいいよ。ゆりなと行ってもいいんでしょ?」
「ええ、見つからないように気を付けてくれるならね」
「んふふ、任せて」
協力的ならそれでいい。
フィオリは自分を抑え付けている。
自分の気持ちを抑え付けているから、年齢に合わないような大人びた態度を取れていた。
だから、その子供の心を少しばかり解放してあげた。
これからは会うたびにちょっとずつ解放してあげよう。
子供をあんなところに閉じ込めておくのは良くないでしょう。
良いことをしているとは思ってない。
あの子を利用しようとしているだけだから。
「ねぇ、レティ」
「何かしら?」
「あの子、楽しそうだった?」
マサキが笑みを浮かべて聞いてきた。
自分に酷い事をしてきた人の娘だというのに、そんなことを聞いてくるとは思ってもなかった。
精霊女王になっても、マサキの本質は変わってないみたいだ。
「ええ、とても」
「なら、良かった」
二人で見つめ合った後、静かに声を出して笑い合った。
活動報告にも書きましたが、コミケの原稿のため二週間ほど休載します
毎日読んでいただいてる皆様にはご迷惑をかけますが、ご了承ください
謝辞
いつも読んでいただきありがとうございます。
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これからもどうか、本作「美少女吸血鬼の領地経営」をよろしくお願いします