十二話 主への手紙
自室に戻って、ローブを脱いで壁に掛けた。
腰まで伸びた黒髪を広げて、肩の力を抜く。
ここには私の敵は誰もいない。
貴族社会の面倒な派閥争いや、研究者たちの成果の取り合い、足を引っ張るばかりでまともな成果を出さない無能どもの集まり。ただ、彼らを雑に排除しようと思えば、横やりが入ってきて、事態がややこしくなるから、すぐに処理できないのも事実。
本当に面倒事しかない連中だ。
休戦協定が結ばれているため、一時の平和に浸っているせいか、城内では自らの欲望を優先するものが年々増えている。
仮面を外して、壁に取り付けてある額縁に振れると魔術で水鏡が生成された。
鏡に映った顔は、この世界では珍しいブラウンの目の色、幼く見える小さな顔。
どの身体的特徴もこの世界の人たちとは違っている。
奇異な目で見られることにはさすがに慣れた。
それでも、わずらわしさを感じて仮面をつけるようにしたが、言う人間はどんな顔していても言うから効果は薄かったわけだが。
壁にかけてあるローブを見つめる。
前に身に着けていたものとは、柄も生地も似せているが、今目の前にあるものは私に永久の命をくれない。
けど、あの吸血鬼に渡した神造兵装で私の残りの時間は決まった。
いや、もう私が決めて渡した。
今、身に着けているのは私が作った神造兵装を模して作った劣化品。
その性能の一部も引きだせていない失敗作だ。
知識しか取り柄がない私では、ここまでの模倣が精一杯だった。
疲れた。
ベッドに倒れ込んで、腕で視界を塞ぐ。
今日やるべき仕事はもう終わり、あとは寝るだけだと思っていると、コンコンと窓を叩く音が聞こえた。
顔を上げると一匹の鳥が窓枠に足をかけて、こちらを見てきていた。
普通の鳥ではない。
真っ黒の体躯に、金色に光る瞳。そして、三本ある足。
嘴に咥えられているのは、丸められた上質な羊皮紙。
あの忌々しい吸血鬼からの物だろう。
私が近づくと、その鳥は嘴から丸められた羊皮紙を落としたので、それを拾う。
そこには綺麗な文字で文が認められていた。
『ごきげんよう、私のご主人様
そちらの調子はどうかしら?
こちらはとても楽しい事態になってるわよ
ポートリフィア領領主から嫌がらせを受けていて、まだ屋敷も出来ていなかったのよ。貴方知ってたかしら?』
思わず、そこで手紙を破いてしまってしまいそうになった。
貴族共の嫌がらせはあると思っていたが、仮にもこれは国王から命だというのに、私利私欲のためにそれすら無視するとは思ってもいなかった。
目の前にいなくてもあの吸血鬼に笑われているような気がして、不愉快極まりない。
『自分たちの犬たちにも手綱が付けれないのかしら?
躾が必要なら私が躾けてあげてもよくてよ?
あぁ、躾けられていない犬の話をしたくてこうして言葉を綴っているのではなかったわね
先日、ポートリフィア領に私の従者たちに使いを頼んだところ、ポートリフィア領領主の差し金で命を狙われたみたいなの
その一人を捕まえて聞きだしたから、こうして貴方に報告してるわけなのだけど
ねぇ、アユム
貴方分かっているのかしら?
もし、もしよ、私の所有物に傷一つ付けてみなさいよ
ポートリフィア領ぐらい一晩で血で染めて見せるわよ?』
あの吸血鬼の力ならそれが可能だ。
私と隷属の契約がなされているのも、ある意味では奇跡に近いことなのだ。
彼女が同意してくれなければこの契約には至れなかった。
この世界でも頂に近いその力をこの王国に留めるにしても、私の神からの授かりものをもってしても彼女からの意思がなければ無理だった。
『だから、許可を
ポートリフィア領領主が私の所有物に手を出してきたときにそれ相応の報いを与える許可を私に
それが出来ないなら、しっかりと犬の躾はしておくことね
あと、屋敷の件
貴方が動かないでいいわ、いえ、正確には何もしないで
貴方が動くと色々な人に伝播する
きっと犬たちにもそれは知られてしまうわ
だから、そこにいて私に許可を与えるか躾をするか選びなさい
返事は使いの子に』
私はその羊皮紙に付け足すように筆を走らせ、使い魔に咥えさせる。
使い魔は影に沈んでいってしまった。
「忌々しい吸血鬼だ……しかし、もう少しだ。もう少しで私の願いは叶う」
豪華なベッドに倒れ込んで、身を預ける。
自室での一時の休み。
ここがこの国で、この城内で唯一私が心休める場所なのだ。