百十九話 お飾り聖女様
二人の結婚式を兼ねた宴が終わって、数日が経過した。
状況の報告とお飾りの聖女様に一言言ってあげたいために、私達は王都に向かった。
ただ馬車で向かったのなら、何日もかかってしまうので、マサキの力を借りたいとユリナに言ってみたら、
「絶対に嫌」
と、断れた。
マサキの影を渡る精霊を使った術は、どうしても必要だから、頼んでみたところ十分な護衛を付けるのならという条件が提示された。
ガレオンを護衛につけるというのでとりあえず、納得してもらったが、最後まで不満そうだった。
普段なら長い道のりを七日近くかけて馬車で移動しないといけないのだが、マサキの力を使えば、影から影を渡って、半分以下にすることが可能だった。
素晴らしい力だ。
私にここまで出来る力があれば、ぜひ使いたい。
私に出来るのは影の中に物を入れる程度で、場所の移動は不可能だ。
王都に入れば、真っ直ぐと王城を目指す。
マサキは目を輝かせて、興味深そうに車窓から見ているが、あまり露出はしてほしくないから注意はしておいた。
マサキがいなくなったら、ユリナに殺されかねない。
あの子は人を傷つけることは躊躇う。
けど、殺すことに躊躇いはない。
ユリナの力なら、傷ついた相手からの悲鳴を聞く暇もなく、殺せるからちぐはぐなことになっている。
それがいいのか悪いのかは私の知ったことではない。
だが、今私が知る限りでは確実に私を殺せる一人がユリナだということだ。
王城に辿り着けば、私の名前を出し、聖女様にお目通しをお願いする。
到着したその日は無理だった。
さすがに何も言わずに来たのはまずかったらしい。
分かっていたけど。
ちょっと驚かせようとしたけど、無駄になってしまった。
王城の人に宿を紹介してもらって、私達一行はそこに厄介になることにした。
宿は王城からの紹介だということで、豪華な仕様で、たったの四人しかいない私達では部屋は余るし、広すぎる。
「レティシアお嬢様どうぞ」
アルフレッドが紅茶を淹れてくれたが、屋敷で飲む素朴な感じとはまた違っていい。
「さすがに無理だったわね」
「当たり前だ。アユム様がそうだったように、聖女であるフィオリ様も忙しいのだろう」
勇者であるジェシカも交渉の材料として連れて行こうとしたら、ジェシカの方から私がフィオリにおかしなことをしないのかお目付け役として付いていくと言い出した。
酷い物言いだ。
私がそんな酷い事をするわけがないのに。
信用がないのは悲しく思う。
「レティ、街見てきていい!?」
さっきから大人しいとは思っていたけど、もう我慢の限界のようだ。
今まで頑張ってきてくれたのだ。
そのために護衛になるガレオンまで連れてきたんだ。
目を輝かせて、うずうずと待ちきれない様子のマサキに許可を出す。
「ええ、行ってきていいわよ。ただし、ガレオンから離れないようにね」
「分かってるって! 子供じゃないんだし!」
「子供だろうが」
ガレオンがめんどくさそうにマサキに付いて行ってしまった。
部屋には私とジェシカとアルフレッドだけ。
「それでどうするんだ」
「そうね――――」
▼
聖櫃。
ここは私守るための大事な殻。
そして、私を閉じ込める殻。
私はもうここから出ることは叶わない。
母様が私のために作ってくれたもの。
だから、私はここで一生を終えるだろう。
その覚悟もした。
その覚悟も出来ている。
空はもう二度見ない。
外との接触は私と、私の世話係が持つ認証鍵が二つ揃った時。
その時だけは小さな隙間が、部屋の下部が空き、食事をこちらに送ってもらえる。
それだけが唯一の外との接点。
そんな聖櫃の前にあの吸血鬼が椅子を持ってきて、座っていた。
「良い暮らしをしているようで何よりね、聖女様」
口の端を上げた笑みは明らかにこちらをバカにしている。
この女の挑発に乗ってはいけないと母様からよく言われている。
落ち着かなきゃ。
「……要件を聞きます」
「つれないことを言うのね。私とあなたの仲じゃない」
「私は貴方と友人になったつもりはありません」
入口の近くの壁際には勇者様がいた。
もし、何かあったらこの吸血鬼を止めてくれるだろうと思えば、心強く感じる。
「私はね、文句を言いに来たのよ。何の文句か分かるかしら?」
「……何のでしょう」
「私の文、届いてたわよね? 助けてほしいと。軍を派遣してほしいと言ったのに、返事は何か覚えてる?」
口元には笑みを浮かべているが、全く目が笑っていない。
「私はちゃんと言いました。早く軍を向かわせるべきだって」
「そう、いい子ね。頭を撫でてあげようかしら?」
目をわざと細めて、子供をあやすような声音で私に言ってきた。
怒ってはいけない。
怒っては吸血鬼のペースだ。
母様の教えを思い出して、フィオリ。
「それで、なんで襲撃されるときに、派遣する方向にしか話が決まってないのかしら?」
「それは……私だけでは王国軍を動かす力がなくて……」
「あなたに王国軍を動かす力なんてあるわけないでしょ? フィオリ、あなたに出来るのは訴える事だけ。それだけしか出来ないあなたは何で陛下に訴えてくれなかったのかしらねぇ?」
そんなこと言われても、私はちゃんと役目を果たしたのに、何でそんな非難を受けなくちゃいけないのか分からない。
私だって必死でやってるのに。
気が付いたら、地面を見つめていた。
「あなたは聖女でも、やはりただのお飾りの聖女ね」
その一言で顔を上げた。
我慢できなかった。
母様の言っていたことは守らないといけない。
けど、もう我慢ならない。
「わ、私のどこが、お飾りですか! 私は母様から正式に――――」
「あなたはアユムじゃないわ。あなたにはアユムのような知恵も力もない。ただ、アユムにその場所をもらっただけの子供じゃない」
吸血鬼の目は真っ直ぐに私を見つめてきていた。
そこに私は何も言葉を返せない。
それが悔しくて悔しくて仕方なかった。
だけど、それでも私にだって意地はある。
「子供だから、母様が頑張ってきたから、私がもらって当然じゃない! それに貴方だって母様に私がもらったものです! いつまでも私にそんな口を利いていいと思ってるんですか!」
私が叫ぶと、吸血鬼の体に鎖がはっきりと現れて締め付け始める。
吸血鬼は涼しい顔をして、締め付けられていた。
「勘違いしてるわね。それなら、その身に、魂に教えてあげないといけないわね」
吸血鬼の目が吊り上がり、さっきまで私をからかっていた雰囲気が消えた。
今はただ、ただ冷たくて寒気がするほどの怒りがそこには見えるようだ。
「私はアユムとの契約が都合がいいから乗ってあげただけよ。アユムと私が同等? あまりにも笑えない冗談よ。いいかしら、フィオリ」
吸血鬼が首に巻き付いた鎖に手をかけると、鎖にひびが入る。
嘘だ。
なんで、そんなことが出来るのか。
信じられない光景を目にしている。
「従属の契約をしているから、あなたが上で私が下だと思ってる?」
吸血鬼の小さな手がどんどん鎖にめり込んでいく。
「舐めるなよ、人間風情が」
鎖が砕ける。
反抗的な意思を見せたから、他の鎖たちがいっそうきつく締めあげていく。
そう、締め上げてるはずなのだ。
鎖によって皮膚から血が滲んでいる。
けど、目の前の吸血鬼はそんなもの見えてないように、私に怒りをぶつけてきている。
「私とあなたが同等? それも違うわ」
なんでいうことを聞いてくれないの。
母様はこうしたらいうことを聞くって言ってくれてたのに。
「私が上で、フィオリ、あなたが下よ。それに言っておくけど、私はお願いしてるわけじゃないの、あなたに命令しているの」
聖櫃に守られているとはいえ、恐怖はやってくる。
最初見た時は思ってもいなかった。
目の前にいるやつは間違いなく化け物だ。
人と同じ皮を被っているだけの化け物なんだ。
怖い。
怖い怖い怖い。
化け物の怒りが私に向けられている。
なんで、私が怒られなきゃいけないの。
私だって必死に頑張ったのに。
何で否定するの。
足が竦んで立てない。
目の前にいる吸血鬼から目を離したら殺される。
「今度私の物が危険にさらされたとき、あなたが私の望みを叶えられないのなら」
真っ直ぐに向けられた。
殺気。
そのせいで体の震えは止まらない。
歯がかみ合わず、カチカチと音が聞こえてきた。
「私はあなたを殺すわ」
なんで勇者様は助けてくれないのか。
どうして私がこんな目に遭わないといけないのか。
嫌になる。
怖いし、逃げたいし、悔しいしで全て嫌になる。
「もう一度言うわ」
「もうやめてあげろ」
そう言って話に割り込んできたのは勇者様だった。
「泣いているじゃないか」
そう言われて初めて自分が泣いていることに気が付く。
どうして止めてくれなかったのか。
そう言いたいが口が動かない。
「私にも思うところがあった。だから、止めなかった」
勇者様も私の頑張りを否定するのか。
なんで、私がこんなにも言われないといけないのか。
私は全く悪くないのに。
「聖女様、あなたが信じるかどうかは分からないが、私はあなたの味方だ。いつか、そこから外に出してあげよう」
勇者様はそれだけ言うと、背を向けて、出入り口の扉に向かう。
「二度と間違えないようにね、聖女様」
そう言い残して、吸血鬼は部屋を出て行く。
残された部屋で、私のすすり泣く声だけが響いていた。
謝辞
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