百十七話 祝いの宴
朝から始まった準備は何とか間に合ったようで、今は領民たちを庭に引き入れている最中だ。
「ねぇ、レティ、アタシ変じゃないかな?」
「私に聞かないで、あなたの思い人に聞いた方がいいんじゃない?」
「ゆりなは、何でも似合ってるとかしか言わないんだもん」
「本心をしっかりと伝えてるのに、それを受け止めてくれないなんて心外」
不安そうにマサキは何度も鏡を見ては、落ち着かない様子だ。
それとは対称にユリナは椅子に座って、ゆっくりと紅茶を味わっている。
「思い人の言う事は信じてあげなさい。それにあんまりそう言うことばかり言ってると、言われなくなるわよ?」
私がそう伝えると、ユリナが席を立つ。
そうして、マサキを後ろから抱き締める。
私だって、いつも従者たちには思っていることを素直に伝えるようにしている。
だから、彼らは少なくとも彼らの前では私は本心で話しているということは伝わっているはずだ。
「レティシアの言う通り。私の言う事ぐらい信じて。ここには私達二人しか同郷はいないんだから」
「……分かってるけど、あんまりそういうの慣れてないっていうか、だから」
マサキはここからでも分かるぐらいに耳を真っ赤にしている。
鏡で反射して見える顔も見事に赤いのだが、そこは黙っておこう。
窓の外に視線を移す。
アルフレッドや他の従者たちによって、料理が運ばれ出しているところだった。
もう少ししたら、時間になるだろう。
日も落ちてきた。
良い頃合いだろう。
もう少ししたら闇を照らすために火を灯す必要が出てくる。
「それじゃあ、二人とも行くわよ。マサキ、明かりの方、任せてもいいかしら?」
「うん、任せてよ」
私は二人を伴い、部屋を出た。
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「みんな、集まってくれて嬉しいわ!」
庭、と呼んでいるけど、色々な能力の実験に使ったりして色々と使った結果切り開かれた庭はそこそこの大きさになっていて、今は何とか領民たちを受け入れられるスペースになっている。
捕虜となった子たちも連れてきたかったけど、さすがにあの人数の椅子に、それを補助する人員を確保するのは困難だと判断して、今も地下室にいてもらっている。
皆よりも一段高いに壇上に登り、声を上げたので人々の注目を浴びている。
「先日、この領は帝国に襲われたわ」
子供たちはキョトンした顔をしているのに対して、大人たちは顔には影が差す。
「家は壊され、作物にも被害が出たわ。私の屋敷も、今もまだ穴だらけよ」
屋敷の方に手を向けると、銃弾の痕がしっかりある外壁にガラスのない窓と壊れたままの姿がありありと残っている。
「けど、誰も傷ついていないわね」
皆の方に向き直り、ゆっくりと時間をかけて見渡す。
誰一人としてかけた人はいない。
「私たちは帝国に勝利して、今ここにいる。今日はそんな勝利の宴よ! 色々と思うところはあるでしょうが、今はそれを忘れましょう! 今この時は、ただただ食べ、そして、飲み、何もかも忘れて楽しみましょう!」
そして、歓声が上がった。
恥ずかしがるものもいれば、喜び手を上げている者もいる。
色々な人たちがいて、私は思わず目を細めてしまう。
「その前に私から二つ皆に話しておきたいことがあるわ。上がってらっしゃい」
私が段下を向けば、視線も自然とそちらに集まる。
硬い表情のユリナが上がってきた。
さっきまではあんなにも余裕な表情をしていたのに、今になって緊張しているのかと笑みが顔に浮かんでしまう。
それならさっきまでマサキとの行為はただ単に自分の緊張を誤魔化すために合っただけかもしれない。
可愛げのある子ではないか。
「皆、知っているでしょうけど、私の屋敷に住んでいるサイトウユリナよ。彼女は少々事情があって、半魔半人となり、我がスカーレット家の末席に加わることになったわ」
私の隣に立つユリナは私に似た真っ黒なドレスを着ている。
髪は下ろしている。
綺麗な黒髪はよくあっている。
ユリナは私がしたようにスカートの裾を持ち上げて、柔らかくお辞儀をした。
「レティシア様より、ご紹介預かりました斎藤ゆりなです。今日からスカーレット家の末席に加えてもらいます。またそれと同時に私は、ユリナ・スカーレット・サイトウとさせていただきます。以後お見知りおきを」
もう一度同じ礼をして、一歩下がる。
反応は遅れていた。
戸惑いの方が大きいのだろう。
どうして、彼女がそんなことにとか、何がどういうことか全く理解出来てない子もいるような気がする。
仕方のないことだ。
彼女の存在自体はもう皆に知れ渡っているが、彼女について知っているものはそうそういまい。
この領自体がそんな人が多いのもあるのだが。
そのことで諍いや犯罪が起きていないのも、領民たちの意識的な自警のおかげかも知れない。
これからは捕虜にした子たちの一部をそういう組織に組み込んでもいいかもしれないなとアイデアが浮かんだ。
私はそれを満足そうに見届けて、代わりに一歩前に出る。
「これからは私が領から抜けるときは彼女がこのフィリーツ領の領主として仕事をしてもらうわ。またいつもみたいに領の仕事を手伝いに行くこともあるでしょう。その時はまた今までと変わらずにしてあげてね」
拍手が聞こえ、それが止むのを待つ。
そして、止んだ頃を見計らってまた口を開いた。
「もう一つ、この領で新たな家族が出来たことを報告するわ」
そういうと、純白のドレスを着て、ベールを被った女性が壇上に上がってくる。
後ろにはマリアが長いドレスの裾を持って上ってきた。
反対側からアンナが上がってきて、ユリナに黒いベールを付けてあげた。
「セキグチマサキとサイトウユリナが家族になるわ」
女性同士の結婚。
皆驚きで声も上げられない様子だ。
それもそうだ。
男女で行うものを同性で行っているのだ。
この子たちに阻むものはここでは少ない。
この世界の常識もない、家族もいない。
後あるのは自分の気持ちだけ。
それに従ってどうするか決めることだ。
だから、悩む。
悩むが、決めるのは常に自分なのだ。
ユリナとマサキが向かい合い、お互いにベールを捲る。
「感想は後で」
「うん」
私があげた大きな赤水晶の付いた指輪だ。
人間界ではとれない、魔界産の希少な水晶なのだが、いい機会である。
指輪の交換というのに意味があるのかは知らない。
けど、見ていて素敵なものだ。
それが終われば、マサキが目を閉じる。
そして、少し下を向けてユリナに合わせると、二人でゆっくりと口づけを交わす。
マサキの顔は真っ赤になり、離しても変わらない。
「マサキも、マサキ・スカーレット・セキグチになるわ。皆、今一度の祝福を」
初めは疎らだった拍手はどんどん勢いを増して、今では皆が二人の新たな門出を祝ってくれている。
魔族が祝福を願う。
奇妙な光景だ。
けど、世界広しと言えどもここぐらいそんなところがあってもいいかもしれない。
「待たせたわね。それでは、皆、今日は大いに食べ、大いに飲み、騒ぎましょう!」
拍手は消え、歓声が上がる。
この光景が見えただけでも私としては、先の戦の結果としては十分だ。
「遠慮はいらないわ! ここにあるのは全て今まであなたたち領民たちが頑張ってくれた成果に私からささやかながらのお礼なのだから!」
肉にありつき、酒を煽る人々。
それだけで自然と笑みがこぼれる。
私は上手くやれているらしいと、これで実感できた。
後ろにまだいる二人に顔だけ動かして見る。
「二人も着替えていらっしゃい。それでは歩きにくいでしょ?」
「バレた?」
「裾、マリアに持ってもらってるの見れば分かるわ」
マサキは苦笑いをしてごまかす。
「早く行ってらっしゃい、じゃないとみんなが料理を食べ干してしまうわよ?」
「確かに、早く行った方が良さそう」
「うんうん、行ってくる!」
二人と私の従者二人は壇上から消えていく。
その姿を見送った後で私も降りる。
降りた先にはアルフレッドがいて、もうテーブルにはグラスと皿が置いてあった。
椅子に座れば、グラスにお酒が注がれた。
「他にいる物はありますでしょうか?」
「いいえ、十分よ。あなたの仕事に戻ってちょうだい」
アルフレッドは深く頭を下げて、私の下から去っていく。
今日はこれで十分だ。
グラスを掲げる。
私は皆を肴にして、酒を煽った。
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