百十六話 宴の朝
寝坊しました
朝目覚めると、いつものように元勇者のアンナと稽古が始まる。
それにしても、毎日毎日私がただただひたすらにその木剣を撃ち込まれるだけなのだが。
いくら早く動いても、見切られる。
小細工をしようもなら叩き潰される。
剣の腕はともかく、全てにおいて私は彼女に劣っていることをよくよく思い知らされる日々だ。
しかし、彼女の視線には果たして私が映っているのか。
私を通して別の人を見ているのではないかと思う時がある。
「一つ聞いていいか」
「何でしょう」
構えをお互いに解かない。
相手も私もこうした会話から切りかかるのを分かっているからだ。
「どうしてあんたは私にこんな稽古をつけているんだ」
目的がなくこんな事をするわけがない。
何かあってこうしているのは間違いがない。
同じ勇者だからか。
けど、彼女はもう勇者ではない。
私の敵である魔王なのだ。
討ちに来た相手を鍛えるなど、どうかしている。
「私がしてもらったことを還してるだけです」
意味が分からない。
どうしてそうなるのかも。
「ジェシカ、あなたに分かる必要はありません。実際のところ私の自己満足にすぎないのですから」
剣先が下がる。
終わりということなのだろうか。
「あなたは女神をどう見ています?」
「質問の意味が曖昧だ」
「そうですね。では、女神がいてこの世界は平和になるでしょうか?」
「なるに決まっている」
そんな当たり前のことを聞いてくるとは思ってもなかった。
女神様がいたから、魔王は討たれて平和になったのではないか。
「女神がいて、どうして今人は争っているんです?」
「それは……」
明確な答えを持っていない。
しかし、分かっていることもある。
「人々が女神様への信仰を忘れているからだ」
私だって、勇者のおとぎ話に出てくるだけの存在だと思っていた。
だけど、違った。
こうして勇者に選ばれたときに確かにそこにいたのだ。
あの方はこの世の平和を願っている。
私はそのためにこうして故郷の村を出て、ここまで来たのだ。
「信仰ですか。祈っているではありませんか、食事の際に、有事の際には」
「それも信仰の形の一つだ。しかし、形骸化してしまっていて、祈る神の姿すら思い浮かべていないだろう。それでは、願いは届かない」
実際のところ、教会はあるのだが、足繁く通うものは少ない。
現状教会の勢力というのは立場としてはとても弱い。
奇跡といったものではなく、人の技術で発展を進めていく中で、薄れて行ってしまったせいだとも思える。
教会のない村など珍しくもない。
私の村にもなかった。
あるのは毎日の祈りだけ。
それも誰に願っているのか分からないけど、とりあえず手を組み、目を閉じてお願いするだけの日常の作業の中の一つでしかない。
「あなたは勇者にならずに修道女にでもなるべきですね」
「私が勇者だからこそ、女神様を感じることが出来、分かったことだ」
勇者でなければ、私は一生知ることなく終わっただろう。
知ることが出来たこそ、考え方を広め、女神様が目指す世界を私達で歩まなければいけないのだ。
「勇者だからこそ……ですか」
その目には確かな怒りが宿っている。
勇者に対してなのか、女神様に対してなのか判断が付かない。
「だったら、ジェシカ、あなたに一つ宿題を出しておきましょう」
彼女が剣先が私から外れて、構えも解かれる。
「勇者とは何か、考えておきなさい」
「どういうことだ?」
言葉が足りない。
全然言いたいことが分からない。
「自分の頭で考えなさい。今日は一段と忙しくなりますからね、いずれ答えを聞かせてもらいますよ」
意味深なことを呟いて、屋敷に戻っていってしまった。
勇者とは何か。
魔王に対抗する力を持ち、討伐する者ではないのだろうか。
私はまだ勇者について深く考えていなかったかもしれない。
▼
勇者とは何か考えながら、屋敷の廊下を歩いていた。
「ジェシカ、またなんか悩んでるの?」
呼ばれて初めて、自分が俯いていたことに気が付いた。
顔を上げると、廊下の先からユリナとマサキが下着姿で歩いてきていた。
色々と思うところはあるが、一番に言わないといけないことを言う。
「何でそんな、恥ずかしくないのか?」
「やっぱり、普通そう思うよ! ゆりな、やっぱり、これヤバいって!」
「堂々としていればいいのよ。それにこの屋敷にいる人たちが私達のこの格好見て、変な目で見ると思う?」
「ジェシカに変な目で見られてるじゃん! ゆりなのと意味は違うけど!」
騒ぐマサキをユリナがなだめているのだが、マサキも本気で嫌がっているというわけでもないのが表情から分かる。
日の当たる場所で彼女たちの素肌をこれほど見たのは初めてかもしれない。
いつもは夜とか、あとはあの革鎧を着ているせいで見るタイミングがなかった。
マサキはユリナの後ろに隠れてしまって見えないが、ユリナはよく見える。
日に当たってないために白い肌をしている。
けど、注視しなくても分かるぐらい、その肌には傷の痕が残されている。
腕や足にも多くあるが、胸元から足の付け根にかけては酷い。
どれほど痛めつけられたら、こんなにも怪我を負うことが出来るのかというぐらいに傷つけられている。
「私の体に何かついてる?」
「……何も」
「嘘。私たちの体についてるでしょ、傷」
それを言われてしまうと、こちらからの言葉が無くなる。
「可哀そうとか思わないなら、気にしないからいい」
「……分かった。そういう模様ぐらいに思っておく」
嬉しそうにユリナが口角を上げる。
ユリナが笑っているところを見るのは珍しい。
いつもはムスッとした怒っているような顔をしているからかもしれない。
本当は全然怒ってもないのは知っているけど。
「よろしい」
「あ、ゆりな、ジェシカも連れて行かない?」
「いいね、そうしよう」
そうして、二人が私のところまで来ると、両脇を固めてきた。
「どこに行くんだ?」
「付いてくれば分かるから」
二人に挟まれたまま、来た道を引き返すことになった。
そうして、二階の端の部屋。
私の来たことがないところでもある。
扉を開けると、無数の衣装がそこに並べられていた。
「あら、早かったのね、二人とも……ジェシカもきたのね?」
衣装に手をかけたままレティシアがこちらを振り向いた。
「これは?」
「ユリナとマサキはマリアにやってもらってきなさい」
「はーい」
マサキがユリナを押しながら、衣装の中に消えていく。
「私の服よ」
私が聞いた内容に対しての言葉だろう。
こんなにも大量の服、何に使うのだろうかと純粋に思ってしまう。
「どうして二人が?」
「二人が結婚するから……じゃないわね。したから、その報告も今夜してしまおうと思ってね」
二人が結婚する。
聞いてはいた。
女性同士の結婚、そんなものがあるのかと。
結婚と言えば、男女でするものだ。
夫婦になり、子供を作ってというのが当たり前だし、それ以外のありかたがあるとは思ってもなかった。
「勇者とは何かと聞かれた」
「アンナからね。それで?」
「どういう意味なんだ?」
「あなたに与えられた問なのよ? 私が答えられるわけないでしょう?」
それもそうだ。
私が間違っていた。
聞けば何でも答えてくれる。
「ただ、答えにはたどり着けないから、ヒントを上げるわ」
私を指差してきた。
「あなたにも、魔王にも、王様にも、他にも様々な人にも役割が存在するわ。あとはよく考えなさい」
元勇者がよく分からないことを言うなら、それの飼い主も似たような性格をしているのだなと呆れていると、レティシアが微笑んでいた。
「せっかくなら、あなたも着てみない? ドレス」
着いてこなけれ良かったと後悔した。
謝辞
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