百十四話 隠し事してないよね?
執務室の中は沈黙に包まれていた。
口を開いたのはイーラだった。
「私を差し出せばよかったのに、なぜ差し出さなかったんだ?」
その通りだ。
そうしたら、彼女や彼女の家が潰されたのちに処刑の流れになるが、私としては多額の賠償金を請求して少しは今の状況を改善できたかもしれない。
だけど、私はしなかった。
タイミングならいくらでもあったのだが、そのカードを切らなかった。
その時点でこの交渉は終わっていた。
「あなたを差し出したのがあなたの部下たちに知られたら、いつ寝首を掻かれるか、四六時中警戒していなければいけないでしょ? 私はそんな生活したくないわね」
知らせないように情報統制してもいいのだが、どこから入ってくるか分からない以上、下手を打つわけにはいかない。
イーラも他の者たちからの報告では、部下たちに慕われているようだし、だったら、そちらを利用した方が帰ってくるものが多そうではある。
将来的なものばかり望んでいても仕方のないことなのは分かっている。
大変なのが今なことも。
だけど、短期ばかり追い求めていて、ツケを払うことになるのは避けたいだけなのだ。
「私が死んだことなど伏せておけばいいだろう? ここは王国領だ、帝国の情報が入ってくるルートなど限られているのだから」
「そうはいっても商人たちは流れていくものよ。どこで噂を耳にするか分からないわ。それを逐一警戒するだけの人もいない。私が信頼して動かせる人数は両手で数えられるほどしかいないのよ?」
開拓は進み、大分大きくはなってきているが、他に比べてまだまだ発展途上。
入ってくる人も多く、私には拒む選択肢がほぼない。
「あなたの方こそ、あの司令官の言葉によく何も言わないでいてくれたわね」
「思うところはあるし、自覚はしていた。私達第五騎士団は帝国にとっては邪魔でしかなかったからな」
イーラの表情は沈み込み、自嘲気味の笑みを浮かべた。
「新設されたと聞いているのだけど?」
「あぁ、私の実家の力で、だ。私の力ではない」
家の力が、自分の力ではないという考え方は私には分からない。
魔族にとっては力こそが全て。
自分の血族を増やすには力がないと不可能。
例え、自分の親が血族を多く増やし、名前を轟かせていたとしても、それは誇りに思うし、有効に使う。
親の名を借りているとだけと言われようと、だったら、力を示してみろと、突っぱねられるだけだ。
「帝国では女が政治の舞台に立つのは困難だ。だから、私達は騎士団として活躍して、多くの人たちに私たちの女性のありかたを見せ、皇帝に私たち女性が政治の舞台に立つことを認めてほしかったのだ」
素晴らしい思想だ。
私には分からないことだけど。
考え方が違うせいで、彼女の言っていることは理解できても、共感してあげることが出来ない。
私達であれば、そんな回りくどいことをしないで、力でねじ伏せて、自分で席を用意しに行くか、座っていた他人を蹴落として温めておいた椅子に当然の顔をして座るだけだからだ。
「それは男性主体の帝国には邪魔な存在ね」
「あぁ、おかげでこうして厄介払いのついでに戦争の火種にならないかと使われるわけだ」
貴族の娘だけあって、イーラの容姿はいい。
それに今は一応あの男の前に出すつもりでしっかりとアルフレッドとマリアに髪や服などを整えてもらっている。
憂いを浮かべた笑みが良く似合う。
「怪我が治ったら、あなたたち第五騎士団にも仕事を与えるし、動けなくても出来ることがあるから任せることになるわ。食べていくためには働くこと、今このフィリーツ領では仕事をしない人を食べさせる余裕はないのだから」
「私たちは虜囚だ。そちらのルールに従おう」
「マリア、服を戻してから地下に連れて行きなさい。その後、アルフレッドと共に山へお願いね」
「私一人ではなく?」
「ええ、思ったよりも必要になりそうな気がするから、いいわよね?」
「はい、お嬢様。それでは、アルフレッド、先にこちらの用事を済ませてきます」
マリアがイーラのところまで歩いていくと、また担ぎ上げた。
この子に人に対して気遣えというのが難しいし、女性だからとか男性だからとかの配慮もまた分からないだろうから、私は放置している。
「ええ、お待ちしておりますよ、マリア」
マリアがイーラを担いだまま、礼をして、執務室を出て行った。
アルフレッドが紅茶のおかわりを入れてくれる。
「レティシアお嬢様、例え、あの者を差し出したことが知られることになったとしても、良かったのではないですかな?」
「ええ、そうね。私たちの寝首を掻く前に、皆殺しにするわ」
「はい、私達に、レティシアお嬢様にはそれだけの力がありますからな」
紅茶のいい匂いが鼻腔を擽る。
交渉で疲れた体を癒してくれるようだ。
「一度手元に置いたものを手放すのが惜しかったのでは?」
「私の本心が?」
「ええ」
笑みを浮かべ、カップに口をつける。
私は強欲で蒐集癖があるのは自覚しているし、蒐集したものは手放そうとしないし、他人が手を付けるのを心の底から忌避している。
第五騎士団はまだ私の物ではないのだが、手元にある。
ある意味ではもう私の物だ。
帝国の偉い人もそう言った。
だから、もう私がもらっていいだろうし、今この時から私の物とした扱っても構わないだろう。
「よく分かってるわね、アルフレッド。イーラには伝わらないように、隠していたのに」
「レティシアお嬢様の性格は熟知しておりますので」
「そうね、もうあなたしかいないでしょうね」
アルフレッドが顔をほころばせて、薄く笑みを浮かべた。
そして、入り口の方に向かって歩き出す。
私の方に向き直り、一礼する。
「それでは、マリアと合流して飛竜を討ち取ってきます」
「ええ、お願いね、頼りにしてるわ」
扉を開けて、アルフレッドが出て行く。
静かに閉められると部屋には私一人。
一人になったがいつまでも私も休憩しているわけにはいかない。
私は書類に向かい合うことにした。
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しばらく、書類を片付けていたのだが、マサキとユリナが執務室に入ってきた。
復興の手伝いは、と聞けば、今日の分はやってきたということらしい。
「そういえば、二人の世界って私達の世界よりも医療が発達してたわよね?」
「そうね、ここよりは遥かに発展していたわね」
それであるならいい。
ただ、二人が詳しいのかという問題があるのだが、ユリナは色々な知識があるのだからもしかしたらという希望的観測を持ち、聞いてみることにした。
「骨が折れた場合ってどれぐらいで治るのかしら?」
「二カ月……ってこっちじゃあ、月の概念なかったんだったね……えっと、六十日ぐらいってイメージかな!」
「場所と折れ方にもよると思う。複雑に折れてたりすると大変なイメージかな、私は」
二人とも割と大雑把な意見だ。
「折れたのがくっつくだけなら、三十日から六十日だけど、その後に立てるようにとか、運動できるようになるには時間かかるわけだし」
三十日から六十日。
一つの季節は満足に動けないと思った方がいいだろう。
「リハビリってめっちゃ大変だって聞くしねー」
「リハ……何かしら?」
「リハビリね。すごく乱暴な言葉でまとめると、怪我とかして動かなくなったところの身体機能を回復させるための訓練ってことかしら」
「それはどうやってやっていたの?」
ユリナが考え込む。
しかし、答えたのはマサキだった。
「やっぱあれじゃん、松葉杖。友達の男の子が折った時もあれで歩いてたし」
「まぁ、それが一番かな……あとはポールみたいなので歩く訓練みたいなのを見たことある気がするけど」
「医療ドラマとかでよく見るやつ!」
彼女たちの言っている意味が全く理解できない。
二人の世界が発展しているせいなのか、言葉も様々なもの生まれているのだろうか。
それなら、この世界は二人からしたら、未発展の世界に映るだろう。
「その、松、何とかっていうのはどういうのかしら?」
「レティシア、紙と書くもの頂戴」
私がユリナに神とペンを渡せば、彼女は一枚の絵を描いていった。
それは杖に見えるのだが、私が知っている杖の形状とは大きく異なる。
杖のように途中から細くなって一本の枝で支えられるようになっているように見えた。
それに途中の構造がよく分からない。
どうして、こんな幅広なものな形になっているのか。
もちろん、分からないところは聞く。
「これは何かしら?」
私が聞けば、マサキとユリナが松葉杖というのものを詳しく教えてくれた。
ただ、木で作るとしても、それだけでどれだけの木を切り落としてこないといけないのかとか、松葉杖のために細工師に頼まないといけないかもしれないなど様々なことが頭の中を駆け巡ってしまう。
「何個か使って使い回してもらうとかじゃダメなの?」
「それが一番現実的よね」
五本ぐらい作って、交代でリハビリというものを行ってもらうのが予算と時間に優しいだろう。
松葉杖のことの運用を考えていると、二人の姿が視界に入る。
マサキの瞳と一房の髪が七色の輝きを放っていた。
「レティ、今ここに帝国製の物、何かあるよね?」
マサキにしては珍しく、真剣な瞳で私のことをしっかりと見つめていた。
謝辞
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