百十二話 交渉前の駆け引き
ポートリフィア領にアンナとガレオンを向かわせる。
要件としては足りないものが多々あるために、それの買い出しと発注だ。
自分が蒔いた種ではあるが、人が急に増えたせいで、物が本当に足りない。
食料、薬、衣服、住居。
どれも足りない。
貯めていた分はあるのだが、そんな物すぐに吐き出してしまうだろう。
お金はとりあえず、ないが、無いなら作るしかない。
マリアにはあとで、山の方に行き、地竜を狩ってきてもらうことにした。
彼女の装備なら、数体を相手もしても問題ないはずだ。
今の季節なら、私の調べだと地竜しかいない。
鯨は兎が発生する氷の季節しか来ないから、残念ではあるが。
マサキとユリナは今日も村の手伝いだ。
二人で仲睦まじく歩いていく姿を見かけた。
さて、私もゆっくりとはしていられない。
マリアに頼み、地下室から一人の女性を連れてくるように言ってあるために、執務室で到着を待っている。
アルフレッドが淹れてくれた紅茶に口を付けて、頭を抱えそうになる書類に目を落としていると、扉がノックされた。
「入っていいわよ」
そう扉の向こうに伝えるとマリアが、一人の女性を荷物のように担いで入ってきた。
「お嬢様、連れてきました!」
ちゃんとした服がなく、肌着でいてもらっている。
地下室で風邪をひかないようにマサキにお願いして、火の精霊の力で過ごしやすい温度にはしてもらっているため、その恰好でもとりあえずは過ごせると思っている。
捕虜なのだから、もう少し丁重に扱った方がいいのだが、何せあらゆる物資が足りない状況なので、この扱いを我慢してもらいたい。
片足と片手はアンナが折ってしまったので、添え木はしてあるし、しっかりと縛ってはあるが、痛々しさは出てしまう。
それに格好もあまり良くない。
これから大事な話をするのに、肌着に添え木とはさすがに見栄えが悪い。
よく知らない女性ではあるが、深紅の髪は平時ならしっかりと整えられて艶があったのだろうが、今はそれも失われてしまっている。目付きも鋭く、睨みつけてきている今、男性でも怯ませられるほどの目力はあるし、それなりの地位にある女性だと思うが、全体的の容姿は整い、綺麗である。
しかし、今は汚れてしまっていて、見ずぼらしさを感じてしまう。
全員を温泉に入れるのは、物理的に不可能だから仕方ない。
これでもちゃんと毎日、体を拭けるように水と布は配っているというのは報告を受けている。
手を折られているものもいるから、上手く拭けないのかもしれない。
どっちにせよ、この格好はいけない。
交渉のテーブルに乗せるにはあまりにも良くない。
アルフレッドを見る。
「何でございましょうか、レティシアお嬢様」
「二人でこの子を交渉の場に相応しい格好にしてきて頂戴」
アルフレッドはもちろん、マリアも文句を言わず、礼をした。
そして、再びマリアが女性を連れて出て行った。
確認しておかないといけなかったと、反省する。
それに二度手間になったことをマリアに謝ろうと思った。
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私たちの世界よりもユリナやマサキの世界の方が医療は進んでいることを思い出した。
後で、二人の世界のことを聞いておこうかなと思っていると、再びノックがしたので、許可を出せば、アルフレッドが女性を横向きにして抱きかかえるようにして入ってきた。
髪は整えられ、汚れもしっかり拭われて、ドレスを着ていると様になる。
ようやく始められる。
「狭いところに押し込んでしまっていて、悪かったわね」
「それは構わない……しかし、我々を捕らえてどうするつもりだ」
「そこに話が行く前に挨拶を済ませましょう。私は聖リザレイション王国りフィリーツ領領主レティシア・ヴァリアス・アドガルド・フォン・スカーレット。階位は男爵。あなたは?」
「アルドラン帝国第五騎士団所属、ミルセリア侯爵の一人娘、イーラ・リール・ミルセリアだ」
思ったよりも大物だった。
しかも、一人娘。
値段を吹っかけても問題はないかもしれない。
手と足を折ってしまったのは良くない印象を持たれるかもしれないが、戦場でこれだけの怪我で済んだのだから、良かったと思って欲しい。
「それで、捕らえてどうするかだったわね?」
「そうだ」
「もちろん、賠償金と捕虜の返還で金銭を要求するつもりよ」
悪びれるつもりはない。
こちらは一方的に被害を被ったのだ。
当然の権利である。
「今の私たちは一銭もないのだぞ? これから帝国に出向いて交渉をするのか?」
「そんなことはしないわ。あなたにこれの使い方を教えてもらって、帝国とコンタクトを取るつもりよ」
そう言って、机の中から取り出したのはレンズが取り付けれた本のような厚みを持った物。それに伸びる棒が着いていて、私の身長ぐらい伸びる。
どうやって使うのかいろいろと試したが、起動しなかったので何か手順があるかもしれないと思って、イーラを呼んだのだが、さて、素直に話してくれるのか。
「……それはどこで?」
「あなたたちの荷物の中に決まってるじゃない」
彼女たちの物資も全部接収した。
しかし、ここまでの長い遠征のせいもあってか、食料は大分なくなっていたし、使える物が少なく
、今は孤児院の一室に押し込めてある。
「私達が教えないと言ったら?」
「その時はそうね、あなたの前であなたの部下たちを一人ずついたぶろうかしら。あぁ、腕に限らず、他の箇所も丁寧に力ずくで折ってあげましょうか?」
私は口元に薄い笑みを浮かべながら言えば、イーラはこちらを忌々しそうに睨んできた。
「それが人のやることか……!」
人がやること。
彼女は確かにそう言った。
思わず、喉を鳴らして笑ってしまった。
「何がおかしい……!」
「ええ、私たちに対して人のやることなんてね。あなたにいいことを教えてあげるわ」
背中に翼を広げる。
消滅の男と戦ったような大きな翼ではなく、私の上半身をかろうじて隠せるほどの可愛いサイズのせいで少々迫力に欠けるが、現実離れしているからか、イーラは驚き固まってしまった。
「あなたたちが攻めてきたのは吸血鬼である私たちが治める魔族の土地よ」
驚いて脳が処理しきれていないのか、イーラは何も言わない。
翼は影に吸われるようにして、背中から消えた。
少し待っていると、ようやくイーラは状況を飲み込めたらしい。
一度閉じた口が動き出す。
「魔族など伝説にしか登場しない者たちのはず。お前たちが、そんなことあっていいはずない」
「そうはいっても、こうして存在しているわよ?」
これ以上、魔族について議論する気はない。
時間は有限であり、交渉が伸びるほど、こちらは苦しむ者たちが出てくるのだ。
「それで、私たちはあなたの仲間をいたぶることに関して心を痛めることはないわ。だから、あなたが沈黙を選ぶなら、今すぐにでもあなたの仲間をここに連れてきてもらうから」
容赦はしない。今は残念ながら待ってあげられる余裕もないのだ。
考える時間も与えられない。
相手からはこちらに余裕がないのが伝わってしまうと思うが、これに関しては問題ないはず。
「どうするの? その沈黙が答えだと思ってもいいわよね?」
答えない。
彼女の中で葛藤があるかもしれないが、それでも答えないのであればやることは変わらない。
「アルフレッド」
「どの子がよろしいでしょうか」
「この子の副官に当たる子にしようかしら」
「…………やめてくれ」
彼女は顔を歪めて、唇を強く噛んで呻くような声で言葉を発した。
この子と副官の子がどういう関係にあるのかは知らないが、その言葉を引き出せたのだから問題はない。
「それじゃあ、素直に使い方を教えてくれるかしら?」
「……教えれば、私の部下達には手を出さないんだな?」
「我がスカーレットの家の名に誓って手を出さないわ」
彼女の体から力が抜けて、息を吐く。
「……分かった。教えよう」
彼女が言うように操作していくと、表紙のようなところが裂けて、扉のように開いた。
そこにボタンがあり、言われた通りに操作する。
問題なく起動したようにレンズが付いた本は奇妙な音を出し始めた。
こちらの姿を送る方法は分かったのだが、向こうの姿を見えるようにするにはどうしたらいいのかと聞けば、もう一台と通信しないとできないとのこと。
それでは、早速と通信を開始するボタンを押した。
幾ばくかの時間が経った後に、一人の男の声が聞こえた。
『第五騎士団か?』
イーラが操作すると、一人の男の姿が壁に映し出された。
『誰だ、貴様は』
男の見た目だけで判断するなら、アルフレッドよりも少しだけ若い。
髪に少しばかり白髪が混じっているが、背はしっかりと伸びているし、服の上からもしっかりと筋肉が分かる。厳つい面相は相手に圧をかけるのはちょうどいいのだろう。
私には意味はないけど。
「あなたたち帝国が攻めてきた地、聖リザレイション王国フィリーツ領の領主レティシア・ヴァリアス・アドガルド・フォン・スカーレットよ」
相手がこう言った交渉ごとに慣れているかも分からない。
練習も確認もしている時間もないのが辛いところだ。
「弁明を聞いてあげに来たの。どうして、わざわざ休戦協定を破り、ここを攻めてきたのかしら?」
謝辞
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