百七話 目覚め
意識がゆっくりと浮上してくる。
もやがかかったように思考が濁っている。
私は一体、どうしたのだろうか。
何があったのか、思い出さないといけない。
確か、戦いがあった。
フィリーツ領に帝国が攻めてきた。
そうだ。
そこまで思い出せれれば、あとは芋ずる式に出来事が頭の中を駆け巡る。
目を開けるが、思わぬ眩しさに目を細めた。
明るさになれてようやく焦点が合ってくれば、私を覗き込む二人の人物が像を結ぶ。
「おはようございます、レティシア様」
「ったく、いつまで寝ているつもりだ、吸血鬼」
二人は異なる対応をしてきたが、それもまた懐かしく感じた。
腹部に痛みを感じて、手を伸ばせば、血の感触がした。
けど、触っていないもう片方の手も血の感触がする。
どういうことなのかと思っていれば、鼻につくむせ返るほどの血の匂い。
頬を横に向ければ、より濃く感じる。
どうやら、私は自分が吐き出した血の海の中にいるようだ。
「おはよう、アンナ、ジェシカ」
アンナが剣を鞘に戻した。
なるほど、この痛みはアンナの聖剣によるものか。
腹部の痛みと、脱力感で立ち上がれない。
「大丈夫ですか、レティシア様」
「ええ、もう少ししたら回復すると思うから心配はいらないわ」
手を顔の前に持ってくる。
小さな手。
血は吐き出し終わったみたいだ。
顔を上げて、体を見る。
細く小さな体。
それに低くなった背丈。
そればかりはちょっとだけ残念だ。
「迷惑かけたわね」
「いえ、私たちは血を抜いただけですので」
「それだけでも二日かかったんだが」
そうか、二日も経過しているのか。
戦後の処理をしないといけないのに、そんなにも寝ていたのか。
「状況は?」
「領民たちの家や畑に被害は出ていますが、誰一人欠けてはいません。レティシア様を止める時にガレオンが手や体に傷を負いましたがもう完治しています。マサキ、ユリナは怪我をしていますが、軽微です。モーリッツは腹部を切られていましたが、今はもう治療を終えているみたいです。大人しくしていれば大丈夫でしょう」
領民への被害は無し。
それを聞いて安心したが、畑をやられたのは痛い。
これからの季節だというのに。
嫌な時期に来たものだ。
家の修復もやらないといけない。
どれだけお金がかかるのかと思えば、頭を悩ます。
「それと、レティシア様が欲しいと言っていた騎士団ですが、下の階に捕らえております」
「……」
そんなことを言っていた気がする。
騎士団というから人数はいるだろう。
食べるものが必要になってくる。
今この領にそんな大量に養えるだけの食べ物はあるだろうか。
結論から言って、無い。
他所から買ってくる必要がある。
またお金がかかる。
起きて早々頭痛がしてきそうだ。
「全員かしら?」
「はい」
頭が回転し始めてきた。
彼女たちは帝国の騎士たちだ。
そして、今は捕虜として扱えばいい。
その捕虜の返還として、帝国からもらえるだけもらうというのはどうだろうか。
それがいい。
血を吸った後なのかその前なのか分からないが、大事なことが合ったはず。
何か大事な者を目撃したような気がするが血を吸って、本能のまま暴れている間の記憶の混濁が激し過ぎて、思い出せない。
腹部の痛みは大分引いてきた。
手足を動かしてみる。
ゆっくりと曲げたり、指を開いたりと確認していく。
もう大丈夫そうだ。
両手で体を支えて、起き上がる。
「もういつまでも寝ていられないわね」
ドレスはボロ布のようになっているし、体中血や泥で汚れてしまっている。
「先に体を清めてきた方がいいですね」
アンナに体を支えてもらいながら、立ち上がり、地下室から出た。
▼
アンナに連れて行ってもらい、温泉で体を流す。
そこに行く道中で領民に会い、挨拶はしたが、アンナやユリナたちには出会えなかった。
綺麗に洗い流してもらい、拭き取ってもらう。
マリアが新しいドレスを持ってきてくれたので、着せてもらう。
アンナとマリアを伴って、屋敷に戻るとガレオンとアルフレッドがいた。
「目が覚めたのか、お嬢」
「ええ、ガレオン、あなたにも迷惑かけたわね」
「久しぶりに力比べが出来たんだ、別にいいさ」
ガレオンがそう言って笑う。
「紅茶の準備をしましょう。執務室でよろしいでしょうか?」
「ええ、頼むわ」
アルフレッドが一礼して、屋敷の中に入っていく。
アルフレッドが入っていた入り口のドアも銃弾が当たったのか欠けていたりするし、穴が開いている。
それを見て、二人を伴って屋敷の周りをぐるりと回る。
見て回った感想は、屋敷も酷いありさまだということだ。
窓は割れているし、壁も大小さまざまな穴が開いている。
直さないといけない箇所を調べるだけでも一苦労かも知れない。
「どこもかしこも傷だらけね」
思わず呟いてしまった。
けど、これだけの出費で済んだのであれば良かったのだろう。
屋敷に入れば、階段からマサキとユリナが降りてくるところだった。
「あ、レティ、やっと起きたんだ!」
「ええ、二人とも頑張ってくれたみたいね」
「頑張った、か。まぁ、色々あったけど」
二人とも随分と雰囲気が変わった。
マサキは黒の髪の中に一房、虹色に輝かしている。
瞳も前に比べて、はっきりと光を放っているように見える。
人の匂いとは別種、精霊のような匂いがするような気がした。
ユリナは、黒色だった瞳に赤が濃く混じっている。
それに同種の匂いがはっきりとする。
「悪かったわね、ユリナ」
「気にしてないことはないけど、まだ慣れてないから色々と不便かもね」
「融通するわ。私ができる事なら、だけど」
今はユリナの優しさに甘えさせてもらおう。
「ねぇ、レティ、アタシの髪これ、どうなってんの?」
そう言って摘まんだのは虹色に輝く髪だ。
「瞳の影響かしらね。その時、マサキはどういう状況だったのかしら?」
「んー……」
顎に手を置いて考えだす。
私にとっても彼女は未知の状態だ。
知っておく必要はある。
「精霊を捕まえてる人がいて、その人にキレて、なんか思い浮かんだことを言ったら、こうなった感じかな」
「何を言ったのかしら?」
「精霊の王様……じゃない、精霊女王って思い浮かんで言った、かな」
言葉にする。
それは意味のある行為だ。
ユリナの神様からの授かりものがいい例だろう。
彼女の言葉が発すると、世界がそれに合わせて認め、行使される。
だから、マサキの発した言葉もそれに近いことなのではないか。
マサキに埋め込まれている目の真価を発揮するために必要な行為なのかもしれない。
断定することは出来ないけど。
「それが関係していることは確かでしょうね。切っても駄目なの?」
「分かんないけど、切るのはなー……」
悩まし気に髪を摘まむ。
分からないでもない。
だから、それを強要するつもりもない。
「切った後、どうなったかその時になったら教えなさいね?」
「あー……うん、そうするよ」
ユリナとマサキが私たちとすれ違い、屋敷から出て行こうとした。
「どこに行くのかしら?」
「村の方。家とか、柵とか壊れちゃってて、手伝えるか分かんないけど、とりあえず言ってみようかなって」
二人にも聞きたいところだが、後でもいいことだ。
「ありがとう、二人とも、助かるわ」
「役に立てたら、その言葉受け取る」
ユリナがさっさと行ってしまえば、マサキがそれを追いかけて行った。
階段を上がって、久しぶりに執務室の扉を開ける。
入った部屋は依然と変わりない。
窓も割れておらず、荒らされている様子もなし。
執務机の椅子に座れば、アルフレッドが入ってきて、紅茶をカップに注いでくれる。
私が香りを楽しみ、一口口を付けたところで、ガレオンが入ってきた。
コップをソーサーに置く。
さて、仕事を始めましょう。
「被害でもなんでもいいわ、私が寝ている間のことを全部教えなさい」
謝辞
いつも読んでいただきありがとうございます。
いいね、評価、ブクマ、誤字報告もありがとうございます
これからもどうか、本作「美少女吸血鬼の領地経営」をよろしくお願いします