百三話 主の帰還
前に出たはいい。
こうして私が敵の視線を集めてしまえば、ユリナたちにかかる負担も少なくなるから。
それに、ユリナも調子がおかしい。
さっきから力を使うたびに咳が止まらない。
あと、自分では気が付いていないかもしれないが、私が来た直後から頬が紅潮していて、息も荒く、目は怪しい輝きをしている。
どうしたんだと聞きに行きたいが、私にはそんなことをしている暇はない。
目の前から来る十数人の敵。
しっかりと鎧を身に着けて、剣と盾を構えている。
銃はユリナによってダメにされたかもしれないが、それでもしっかりと訓練してきた騎士たちだ。
こちらに来る姿もしっかりと様になっており、ユリナだと隙をつくか、モーリッツに手伝ってもらうしかないかもしれない。
「行こう、レーデヴァイン」
軽く駆けたつもりだったが、もう先頭に来る敵の前まで来ていた。
今までは三歩の助走が必須だったのに、それすら必要としない。
それに体が軽い。
ちゃんと地面を踏みしめていないと体が浮いてしまいそうなほどの軽さだ。
これがこの勇者武器の真価なのだろう。
私が使いこなせていないという意味をよく思い知る。
戦闘の騎士の肩に乗ってそのまま宙に飛ぶ。
宙で一回転しながら、レーデヴァインを投擲して、踏み台にした騎士に突き刺す。
戻って、と声をかける必要もない。
私の手にはもうレーデヴァインが戻ってきている。
投げる。
そして、また手元にあるレーデヴァインを投げる。
投げたと思ったと同時にもう、私の手にはレーデヴァインが存在しているから出来る芸当だ。
そもそもこの武器の材質自体が不明だ。
鋼鉄でも金でもない、未知の物質。
相手の鎧を易々と貫通する物がこの世にどれほどあろうか。
私はこの武器たちしか知らない。
投げたレーデヴァインはこちらの意思でも消えるし、敵に取られそうになれば自然と消えてくれる。
そもそも私や、あの憎たらしい元勇者以外では手に取ろうとしても扱えないわけだけど。
六人の命を奪って、地面に着地する。
そのまま左右から来る騎士だが、待ってるほど暇はない。
左の騎士に近づき、レーデヴァインで普通に突きを出そうとすると、騎士は盾を構えてくれた。だから、突きを繰り出して盾ごと鎧まで貫通させる。
レーデヴァインを手の中で一回転させて、そのまま引き抜けば、騎士の体から血が大量に噴き出して倒れ込んだ。
倒した敵に興味は無し。
引き抜いたところで右の敵の相手をするべく、レーデヴァインをしっかりと脇に挟んで駆ける。
さっきと同じように相手は盾を構えるが、盾を密着させていないように見える。
そのまま飛び上がり、側宙しながら、後ろに回した穂先で相手の頭を切り裂きながら着地した。
一人ずつ相手をするのは効率が悪い。
しかし、私の力では一体一体相手をするしかない。
ユリナやマサキみたいに広範囲や大群相手に仕える特別な力はないのが歯がゆい。
「ジェシカ、もっと先に行ってなさい……!」
ユリナの立っているのがやっとのようだけど、それでも必死に戦っている。
そんなことは分かってる。
「そんな状態の人を放っておけるわけないだろ!」
そうだ。
マサキも大事だけど、ユリナも私にとって大事なのだ。
どちらかなんて選べない。
「私は私の大事な人を守りたいんだ!」
手の中のレーデヴァインが震えたような気がする。
「レーデヴァイン、もっと力を貸して! 私の大好きな、大事な人たちを守れる力を、私に貸して!」
レーデヴァインの穂先が光を発する。
今なら分かる。
レーデヴァインたちは私のこういう思いに力を貸してくれていたいんだ、と。
私は忘れていたのかもしれない。
いや、ここに来る頃には忘れていた。
自分本位で、誰かのために戦う。
女神様を理由にして、守るべき人たちを見ていなかった。
だから、きっとレーデヴァインたちに見捨てられたんだろう。
まだ私はレーデヴァインたちを使いこなせていない。
あの似非勇者が言うようにこの子たちが何を訴えているのか分かっていない。
訴えてきていることだけは分かるのだが、何を言っているのか私には分からない。
そこまで使いこなせていないからだ。
だから、頑張ろう。
私もそこに至れるように。
私の大切を全部守れるように。
「お前らは邪魔なんだよ!!」
地面にレーデヴァインを突き刺す。
前方から駆けてくる三人の騎士たちの足元からレーデヴァインが生えて串刺しにした。
「ユリナ、無茶をしなくてもいい。私に守らせてくれ」
▼
情けない。
本当に情けない。
あれだけ啖呵を切ったのに、今では動くのがやっとだというのが。
体が燃えるように熱い。
突然何が起きたのか自分でも分からない。
喉の痛みは引いたのはいいんだけど。
自分の体なのに、何が起きたのかさっぱり理解できない。
完全に戦力外だ。
「私だって……」
体の中が痛い。
熱い。
何かが変わっているように感じる。
私の中の何かが変わっていっている。
どうして、こんなことになったのか。
拾い食いとかしたことないのに、悪い物など食うはずがない。
ジェシカの凛々しくなった顔を見つめて、羨ましく思う。
私にはない強さが彼女には今宿っている。
いや、手に入れたのかもしれない。
あれが勇者の持つ心の在り方だったとするなら、私には永遠に手に入れる事の出来ないものだ。
「ユリナ嬢、無理をされるな」
「ごめん……なさい……体が、急に……」
泣きそうになる口を噛んで耐える。
泣いていても始まらない。
早く、早く真咲のところに行って助けてあげないといけないのに。
どうして私にはそれだけの力がないの。
「ジェシカ嬢が道を切り開いてくれている」
確かにそうだ。
彼女は勇者で、人のために戦うものだ。
今は大切だと言ってくれた私のために。
けど、私はもう守られるだけなんて嫌なのに。
そのために戦えるように頑張ってきたのに、こんな情けない姿を晒すだけになるなんて。
最悪だ。
「私だって……戦えるのに。友達一人に戦わせなきゃいけないのは、嫌です」
モーリッツさんがどんな顔をしていたのか分からない。
けど、少しだけ肩の力が緩んだような気配だけはした。
「そうですね。私たちも行きましょう」
ジェシカの戦い方はもう普通ではない。
なんで槍が何もないところから生まれて、勝手に消えるのか。
投げたと思った槍が手元にまだあるのか謎がある。
それに移動もほぼ一瞬で行うし、空中での起動もおかしい。
何かを蹴っているというのは分かるのだが、何もない空中で蹴る物なんて存在しないだろうにどうしてそんな軌道になるのか理解が出来ない。
アンナさんとは違う意味ですごい。
勇者ってあんなデタラメな動きが出来るんだなって認識を改める。
「行きます。私も」
そう言って一歩踏み出したところで、世界の空気が変わった。
冷たくて鋭い刃物のような空気。
瞬間的に凍えてしまいそうな空気は戦場に伝わり、皆の手や足を止めてしまった。
「あら、私の屋敷の前が随分賑やかね」
聞き覚えしかない声。
歩いてくる彼女は闇のような漆黒のドレスに身を包んでいた。
「招いてもいないのに、こんなに客人が来ているなんて」
彼女の歩いてくる音だけが世界に響く。
誰も動き出せない。
私も含めて超絶した雰囲気に圧倒されてしまっている。
しかし、彼女は私の知っている姿と大きく違う。
少女のような体型に、あまり大きくない身長だったはずだったはず。
今の彼女は身長は私と同等かそれより高い、顔も少し大人びていて、前よりも妖艶さが増している。
すらりと伸びた四肢の美しさは前よりも艶やハリがあり、そこだけ見れば色気であらゆる男性を魅了で来てしまいそうなほどだ。
「招かれざるお客人様、聖リザレイション王国国王様よりフィリーツ領を任せられたレティシア・ヴァリアス・アドガルド・フォン・スカーレット。爵位は男爵でございます」
スカートを摘まみ、腰を下ろした姿には品がある。
しかし、上げた顔には獰猛な笑みが浮かんでいた。
「死と血のダンスを踊りましょうか」
謝辞
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