百二話 精霊女王
敵を包囲している自軍の兵たちが騒いでいるのが聞こえるが、こちらはこちらで作業がある。
「おい、まだかかりそうなのかよ」
「ま、まだ、待ってくれよ! 今、始めたばっかりじゃないか」
そう言って、精霊を捕まえるための長い筒を地面に刺している、メガネをかけた単発の優男風な男はレイモンド・レイラ―。
帝国で召喚した異世界転移者なのだが、普通ならすぐに洗脳のための処置が行われるのだが、この男はすぐに恭順を示した。
死にたくないのとただの兵士になったところで、自分は頭脳労働者だから役に立たないだろうと、売り込み付きだ。
実際使ってみて、使えないのであればすぐに切り捨てたのだが、こいつは結果を残した。
精霊を使った新たな資源を帝国にもたらした。
「すごい……! こんなにも多くの精霊がこの土地にいるなんて!」
興奮しているみたいだが、さっぱり理解が出来ない。
まだ戦っている奴らは倒せないのかと、イライラいしながら目を向けると、突然女が現れた。
「それを止めろおおおおおおおおおおおおおお!!」
左目から虹色の輝きを放ちながら、鎖が意志を持ったかのように宙を舞っている。
手で動かしている様子はない。
手足の延長のように、動き、装置に巻き付いて締め上げる。
「アラガルド団長!」
泣きそうな声で俺の名前を呼ぶレイモンドについつい笑みを向けてしまった。
「分かってる。面白いことになってきたじゃねぇか」
神造兵装の斧を持ち上げる。
効果は精霊を喰い、それに対応した力を斧に宿して放つことが出来る。
振りかぶった一撃は確実に女に当たる。
そう思っていた。
「邪魔をするなああああああああ!!」
鎖が二本、横から飛んできて、斧の刃の腹を弾く。
鎖の先端に火薬でも混じっているかの衝撃の強さで斧の軌道がズレて地面を抉るだけになった。
面白い女が出てきたが、どこから湧いたんだ。
「お前、何者だ」
「アタシは精霊さんたちの王だ」
装置を締めあげていた鎖がいっそう強く巻き付けば、装置から嫌な音がしだす。
「それのせいで帝国のみんなは苦しんでいるのに、どうして!」
一体何を言っているんだ。
意味不明な行動に、意味不明な言葉。
「ハッ! そんなの関係ないね! 帝国の少ない資源にはこれしかねぇんだよ!」
装置が完全に鎖によって締め上げられて、割れてしまった。
「アタシはそれでも認められない! 精霊さんたちが苦しんでいるのにそれを無視するなんてことは出来ない」
斧を振るうが、鎖がはじく。
目の輝きはいっそう強くなる。
虹色の輝きは目だけに収まらない。
前髪も一房虹色に輝きだす。
目の前にいる女が精霊の王であるはずなら、使役している力は精霊のはずだ。
それなら俺の斧がこいつの力を喰っているはずなのだが、全くそれを感じない。
何も奪えていないのが腑に落ちない。
それになんだこの力。
鎖は普通の鎖だ。
先端が赤や青と様々光を宿している。
「あんたの斧には喰わせないよ」
それがどういう意味なのか分かると同時に笑えてしまう。
あいつはこの斧のことを理解している。
どうして分かったのかは知らないが、こいつが理解していることだけが分かればいい。
宿した精霊が喰えない理屈も分からない。
この斧自体、分かってて使っていたわけじゃないし、それでもいい。
それにそんな力なくても十分だ。
斧を構えて、距離を詰める。
もちろん相手もそれを阻止してこようと鎖を操るのだが、素人の戦い方だ。
少しフェイントを入れれば、それに釣られる。
逃げようと後ろに飛ぶが、飛ぶのも想定済み。
むしろそちらが逃げの一手を選択するのを選ばせたんだ。
あと一歩で完全にこちらの攻撃の範囲だ。
そう思って、斧を握り直して近づきながら構える。
鎖が左右前後とバラバラなタイミングで来るが、全て避け切る。
もう鎖を戻している時間もないだろう。
これで詰みだ。
そう思って斧を振るう。
完全に決まった。
「アタシは、アタシの力はそんなものじゃない……!」
そう思っていたが、どこからか現れた氷の鎖によって斧が止められてしまっていた。
舌打ちをして、氷の鎖を蹴って砕いて、今度はこちらが距離を取る。
鎖が戻ってきているからだ。
氷はまだ弱い強度だったが、あの鉄の方ではそれが出来ないだろう。
ただの女という評価は改めよう。
そう思っていると、前線の方から声が響いてきた。
「私の名は、ジェシカ、ジェシカ・フィール・フォード! 女神様に選ばれし勇者だ! 心優しきフィリーツ領の住人たちを脅かす野蛮な輩よ、女神様を畏れぬのならかかってこい! 私が女神様にに代わり、罰を下そう!」
よく通る女の声だ。
女神様がいるのならどうして俺たちの国はあんなにも何もないのか。
どうせそんな事には答えてくれやしないだろう。
だが、勇者と言われれば、あの伝説の勇者アンナ・フォルネス・アンドレイオスを思い浮かべて足を止めてしまうだろう。
「狼狽えるな! こんなところに勇者がいるわけないだろうが! ガキが女神を騙り、こちらに隙を作ろうとしているだけだ!」
前線の兵たちから声が上がる。
それでいい。
自分たちを鼓舞するための声だろうが、相手に向かっていく気概が削がれていないなら十分まだやれる。
目の前の女は手を垂らしたままなのに、鎖は蛇のように勝手に動いている。
鎖の先端は顔のように持ち上がり、そちらに近づくものがいれば今すぐにでも噛みつくぞと言わんばかりの動きだ。
ただ、幸いなのが距離に限界があるということだ。
ある程度離れていれば四方から攻められることはない。
警戒するのは前方だけで済む。
そう思っていると、女が影の中に沈んだ。
「んぐぁ!」
レイモンドが苦悶な声を上げていて、そちらを向けば、女がレイモンドの背後に立って、首を鎖で締め上げていた。
「あんた、アタシたちと同じ転移者でしょ? なんでこんな事をするの? この世界を壊しちゃうようなことを何で」
「生き残るためさ。私……は自分が生き残るためだったら、な、何だってするさ」
レイモンドの方に近づこうとすると、後三つの鎖がこちらに向かってくる。
斧で弾いたつもりが、こちらが弾かれるバカみたいな力をしている。
「あんたの神様からの授かりものが何か分からない。けど、その力はこんな戦いのために使うものじゃないはず!」
「神様からの授かりものか。私にとってはどちらかと言えば呪いに近いよ」
帝国ではどんな立場になっているのか理解しているから言える言葉だ。
無能になれば脳を弄られて、思考を弄られて、ただ敵を倒すためだけに存在する兵隊にされ、消費されるだけの存在。
物と同じ扱いだ。
俺たちとは違う世界の人間であり、関わりも薄い。
そのおかげで、特に情が湧きにくい。
だから、使い潰したとしても罪悪感が少ない。
物として消費されるのは同情するがね。
俺たちも戦いの駒として立っている、その一点では同じだからな。
「だったら、アタシがその呪いから解放してあげる」
「願ったりだ」
レイモンドが諦めたように息を吐いたが、その顔にはこれから殺される人間としては全く似合わない穏やかな笑みを浮かべていた。
「これ以上、この世界に呪いを振り撒く前に眠って」
レイモンドの首が一気に締め上げられて、首が折れた。
絶命したことを確認したのか、ゆっくりとレイモンドの体が下ろされる。
大事な人材を殺されてしまった。
斧を下げて、柄の先端を地面に突き刺す。
「俺はアルドラン帝国第四騎士団団長であるアラガルド・リール・ラギアだ。お前の名は?」
虹色の瞳、そして、もう一つ金色の瞳がこちらをしっかりと見つめてきた。
「アタシは関口真咲。この精霊さんたちの王、ううん、アタシは精霊女王。精霊たちを統べ、導くもの」
鎖がいっそう輝きを増す。
「精霊女王として、この子たちを苦しめていたあなたたちを許しはしない」
謝辞
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