百一話 不調、不穏
「防御なら任せてよ!」
真咲が鎖を伸ばしながら、手を前に突き出す。
彼女以上にそれが出来るのはこの場にいない。
「モーリッツさん、私たちを使ってください。大体のことは私の異能で行えます」
「ユリナ嬢、あなたたちは道具ではない」
真咲が神様からの授かりものによって銃弾を弾いてくれているし、こちら側への侵入を防いでくれている。
「あんた、影の出入りはどうしたの」
「なんか精霊さんたちが不安定で、上手く扱えないの」
「大事な時に仕えないわね。モーリッツさん、では指揮を。私たちはこんな戦い初めてですので」
「では、水で銃を使えなくしたいのですが、いけますか?」
いけるが、効果はあるのだろうか。
映画とかだと雨の中での撃ち合いなんかよくあるから、効果が薄いように思える。
確かに私たちの世界よりも銃の技術は劣っている。
この世界の銃が私たちの世界よりも遥かに前のタイプの小銃を使っているのだが、知識がないから分からない。
火が着かないから、撃てないとかそういう仕組みなのかな。
「銃弾が水に弱かったりするの?」
「ええ、王国製ではないですが、帝国の物は湿気ってしまって使い物にならんのですよ」
モーリッツさんがそういうのであれば、そうだろう。
私たちはまだこの世界のことを全く知らない。
ここは年長者の言葉を聞くべきだ。
「分かりました」
息を大きく吸う。
「ここにだけ雨を降らせろ!」
雲はあったが、晴れていた空は曇り出して、パラパラと振り始めた雨は、本降りになっていく。
喉が痛い。
風邪を引いたように喉がイガイガとした痛みを発してくる。
さっきからだ。
神様からの授かりものを使い過ぎるとこうなるのか、いや、真咲も結構使ってるはずなのに、そんなことにならない。
だったら、能力の規模によるのだろうか。
確かに私は今日大きなことをたくさんやっている。
大規模な能力削除に殺害、空間の移動に天候の局地的な操作。
どれをとっても神の御業に等しい行為かも知れない。
能力に使用リスクがあるなら、最初からそう説明しておけってことだ。
アンナさんが女神に文句を言いたくなる気持ちも分かる。
「どう?」
「ええ、上々です。マサキ嬢、敵を迎え入れます」
「え、いいの?」
振り向いて、驚いた顔をこちらに向けてくる。
私だって驚いた。
まさか敵をこちら側に入れてしまうなんて。
「ええ、こちらに攻撃が届かないとすれば、あとは散り散りになってしまって嫌がらせのように各所で破壊や強奪が始まり、こちらは少ない数で探して倒すことになります。なので、ここで戦います」
分かりやすい。
真咲も納得の顔で、頷く。
「壁で阻みながら、数の制限をお願いします」
「オッケー! 任せてよ!」
真咲が壁の操作を始める。
敵側に展開している壁を一度全部無くす。
壁が無くなれば、敵が殺到する。
女に飢えてるのか。
敵の進路、真っ直ぐ来れないように、壁を乱立させていく。
剣を抜く。
「ユリナ嬢、無理をされないように」
「はい、モーリッツさん、お願いします」
頼れる人だ。
怪我はしているが、平然としている。
「少しだけ耐えれれば、ジェシカ嬢が来ますから」
「時間稼ぎに努めます」
「来るよ! ゆりな! モーリッツさん!」
真咲の手から垂れている鎖が踊るように動き出す。
剣の握りが自然と強くなる。
敵が二人こちらに向かってくる。
モーリッツさんが敵の剣を盾で受けて、弾く。
そのまま首筋を薙ぐが、敵もちゃんと鎧を着こんでいるせいで刃が通らない。
しかし、そのまま無理やり力で剣を振り抜けば敵が倒れる。
そのまま盾の下側を思いっきり敵の首に叩きつければ嫌な音がして、敵が動かなくなる。
もう一体の敵がモーリッツさんに近寄るが、私が間に割って入る。
私も盾を剣で受けるが、モーリッツさんのように筋力があるわけではない。
だから、押し負けて倒される前に、盾の上を刃を走らせる。
嫌な金属音が響くが仕方なし。
口を開きかけたところで、モーリッツさんの盾が敵の頭を薙ぐ。
力尽くで薙ぎ払うから、敵が吹っ飛び、ヘルムが転がる。
駆け寄ってしっかりと頭にとどめを刺す。
「ありがとうございます」
「アタシの方も手伝ってよー!」
真咲が鎖を振りまして、二人を相手取りながらも壁の操作も怠らない当たりマルチタスクが出来ている。
モーリッツさんが真咲の援護に行こうと動くので私も付いていく。
一人でどうにかできる、なんて思いあがっているわけではないから。
真咲の鎖はただ振り回しているわけではない。
正確に敵の接近を許さないように鎖の先端を敵にぶつけている。
軽い金属音ではなく、強く殴りつけたように響く重低音。
その衝撃のせいで、敵に接近を許してはないないのだが、仕留めるには至っていない。
モーリッツさんが一人を盾を構えて押し倒す。
そのままヘルムと鎧の間に盾が振り下ろされた。
私はヘルムと鎧の間に剣を入れて、ヘルムを吹き飛ばした。
そして、モーリッツさんが顔に剣を突き刺す。
「さて、まだ敵が来ます」
「ええ、けど、良い時間です」
先程よりも大人数で敵が向かってくる。
しかし、屋敷の二階ガラスが割れる音がすると同時に、槍が降ってきて、先頭の敵の頭から突き刺さり、地面に立つ。
敵の動き、こちらの動きも止まった。
そして、二階の窓から純白の鎧を着た少女が飛んだ。
「レーデヴァイン!」
彼女が叫べば、地面に突き刺さっていたはずの槍がいつの間にかジェシカの手にあった。
「力を貸して!」
槍が増えた。
ジェシカの持つ槍が空中に出現して、打ち下ろせるように穂先が敵の方に向く。
「私が守りたいものを守るために!」
手に持つ槍を投げ、足元に出現した槍に足をのせて滑らせるように飛ばす。
ジェシカが飛ばしたまま、空中で一回転して上の槍を手で掴む。
なんか空中でジェシカおかしい動きしてるけど、これも勇者の防具の影響なのか。
あんな風に跳ねたり、飛んだりできるのだろうか。
そして、空中から降る槍は正確に敵を射抜いていく。
こちらに来ている敵が止まったタイミングでジェシカが空中から落ちてきた。
「お待たせ」
「すごいね、それ」
「私の力じゃない。レーデヴァインたちが私の思いに答えて、力を貸してくれるだけだから」
前のジェシカと大違いだ。
あの時はレーデヴァインとかいう勇者の武器を自分の力だと思って、頭でっかちになっていた。
それがこんな考え方になるなんて、成長するもんだと思ってしまう。
「敵はまだ来る。どうする?」
「とりあえず、防衛でしょう」
モーリッツさんが構える。
ジェシカも構えるが、真咲だけは敵の奥で何かしているのを注視していた。
「真咲?」
「あれだ」
何だろう。
真咲に釣られて注視してみれば、何か器に入れていたりする。
「あれが苦しめてるんだ……!」
次の瞬間、真咲の姿が影に消えた。
「バカ! バカ、何してんのよ!」
何に反応したのかは分からない。
けど、敵の陣地の最奥なんていったら、囲まれてやられるだけなのに、本当にこんな時に何を考えているんだ。
「どうした?」
「あのバカ、真咲が敵の奥まで行った!」
行かなきゃ。
あいつは殺させない。
私が生き残るだけじゃだめだ。
あいつも生き残らなきゃダメなんだから。
「落ち着け、ユリナ」
「落ち着いてる!」
敵がこちらに向かってくる。
「邪魔するな! 向かってくる敵の首を刎ね飛ばせ!」
向かってきた敵の首が一斉に空を飛ぶ。
また喉が痛い。
ズキズキした痛みがして、咳が止まらなくなった。
一際大きな咳が出た時に、口を手で抑えると、血が付いていた。
吐血とか笑えないんだけど。
あと体が熱くなってきたし、なんだか心臓が早鐘を打ち始めてきた。
意味不明な状況に自分の体、真咲の特攻のせいでもう最悪だ。
「ジェシカ嬢、どれだけいけます?」
「雑魚は任せて」
「任せる」
私が短く伝えれば、ジェシカがこちらを見てきていた。
「何?」
「神様からの授かりものは使うな。体が壊れ始めてる」
私は黙って、その言葉を聞く。
自分が一番分かっていることだ。
私の体が付いてこれていないことなど。
必要な場面では使うけど。
「私が前に出る。モーリッツ、ユリナ、援護を」
「……分かった」
「頼みましたよ、ジェシカ嬢」
ジェシカが一人、前へ進んでいく。
彼女には雨が当たっていないのか、その鎧には雨粒一つ付いていない。
「私の名は、ジェシカ、ジェシカ・フィール・フォード! 女神様に選ばれし勇者だ! 心優しきフィリーツ領の住人たちを脅かす野蛮な輩よ、女神様を畏れぬのならかかってこい! 私が女神様にに代わり、罰を下そう!」
勇者らしいご高説だ。
勇者、その言葉で敵に動揺が生まれる。
少し前にあんたたちの国まで勇者は行っていたのに、気づきもしていないだろう。
敵陣の後方では激しい金属音がここまで届いていている。
早くいきたい気持ちは抑えないといけない。
顔にも出すな。
「狼狽えるな! こんなところに勇者がいるわけないだろうが! ガキが女神を騙り、こちらに隙を作ろうとしているだけだ!」
ジェシカは変わった。
けど、変わっていない部分もある。
槍を握る手は強く握りしめているのか白くなってしまっているし、口は強く噛んでいるせいで歪んでしまっている。
今がまさにそれだ。
「女神様を愚弄したな、貴様! 貴様らも同罪だ、私が女神様に代わって罰を下してやる!」
一人で敵陣に突っ走るジェシカを見て、根本はまだ全然変わっていないのだと確信した。
活動報告に依頼して書いてもらったイラストを公開しました
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